
<寺尾で候>
日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。
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巨人新監督の松井秀喜が「ジャイアンツはV9以降、日本一連覇はおそらくない。本当の意味での黄金時代はV9以来、来てないと思っております」と就任会見でもらした言葉には厳しさがにじんだ。
ついにその座に就いたゴジラは「その間、1980年代の(西武)ライオンズや、ここ十数年のホークスのような時代を全くつくれておりません」と自分に言い聞かすかのように続けるのだった。
日本シリーズまっただ中の10月28日は、V9監督・川上哲治の13回目の命日だ。今年もまた頂上決戦の舞台に巨人の姿はない。指揮をとった通算14シーズンで11度の日本一を遂げた“勝負の鬼”が泣いている。
ソフトバンク球団会長・王貞治は、言わずと知れた川上の門下生。「流通王」だった中内いさおに招請された福岡で常勝チームを築き上げた道は、川上からたたき込まれた厳しい教えと無縁ではないだろう。
9年連続リーグ優勝、9年連続日本一。その象徴が長嶋茂雄と王貞治だったのは世間一般の見方だが、川上は常に「巨人は王と長嶋で勝ったのは間違いです。チームプレーで勝ったのです」と貫いた。
「確かに王と長嶋は素質もあったし、天才と言っていいでしょう。でも天才といっても、努力しなければ“ただの人”です。しかも人一倍、努力をしていると思っていたとしたら、それも間違い。わたしは努力に際限はないと思っています。その意識が消え、唯一心になって初めて努力したと言えるのではないでしょうか」
川上は正力松太郎から岐阜・伊深(いぶか)の里にある正眼寺(しょうげんじ)を紹介され、坐禅と向き合って野球道を究める。その寺の老師・梶浦逸外を人生の“師”と仰ぎ、その出会いが不滅の9連覇につながっていく。
拙者も幾度となく、その禅寺につながる山間の一本道を歩いた。暑い日も、寒い日も、いつ訪れても禅僧を養成する専門道場は静まりかえって、日常では感じることのない厳粛な空気に包まれる異空間と表現しても大げさではない。
監督川上は、長嶋を人前で叱り、王は陰で叱った。宮崎キャンプで同室だった2人。指揮官は独特の感性をもった長嶋を、超一流だからと特別扱いしなかった。わざと周囲が見ている前で叱ってチームを引き締め、そして第三者を通じて褒めるのだった。
一方、頑固だが、繊細な王を厳しくとがめるのは、決まって舞台裏だ。川上はスーパースターの2人の指導術を使い分けながら成長を促したのだった。
「王はいちずなところがありましたからね。初めは“三振王”なんて言われたんです。でもいつだったか『ようやくカーブの縫い目が見えるようになりました』と言ってきたときはうれしかったですね」
長嶋が“1000日計画”で松井を育て上げ、王がホークスを常勝軍団に仕立てた背景には、川上のもとで教え子がたどったストーリーとだぶって仕方がない。だから川上は2000年、ON対決になった日本シリーズを喜んだ。
「何十年と老師から教えていただいたすべてが、後の巨人軍のチームプレー、V9の基盤になった。監督の仕事というものは、いかに勝つかではない。勝つためのチームを作るのに何をすべきかを考えるのがプロ野球の監督だと思っています」
王がかつて盟主といわれた強い巨人の復活を熱望しているのは言うまでもない。「巨人はもっと川上さんを大事にしないといけないよね」。度々本人の口からうかがったのは、師弟関係の固い結びつきを思わせるものだった。
川上の長男で、ノンフィクション作家・貴光(よしてる)は「王さんは人間力を高めないと勝てないと思っているんでしょうね。そのときは勝っても、長くは続かない。企業も同じです。人を育てることに途切れることのない情熱を感じます」という。
最強監督が眠る墓前で手を合わすのは、これが13回目になった。これから“ドン”は天国から新人監督の松井を見守る。空は澄み切って、華麗な花たちが秋風に揺れていた。(敬称略)
