
<オリックス-ソフトバンク>◇25日◇京セラドーム大阪
オリックス平野佳寿投手(42)が試合前に現役引退会見に臨んだ。日米通算で65勝、87敗、258セーブ、205ホールド。最速155キロ超の速球にフォークなどを絡めて積み上げた。現役引退を決断した理由、思い出、今後の活動など語った。会見後には比嘉コーチや、投手陣らがかけつけ記念写真に収まっていた。
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平野の一問一答
-今朝の心境
平野 特に変わらずいけると思ってたんですけど、ちょっとふわっとした気持ちはありました。
-練習中はみんなが背番号16のTシャツを着ていた
平野 僕がつけてたから、誰かの16番を見たことがなかった。『16番かっこいいな』と思いながら見ていました。その番号を長らく背負わせてもらって、オリックスに感謝しています。
-引退を決断した理由
平野 本当にシンプルに、戦力にならない。けが(右太もも裏肉離れ)も重なったので。すっぱりできたのかなと思います。
-NPBで700試合、メジャーで115試合登板
平野 中継ぎは試合数を投げてナンボだと思ってたので、それだけ積み重ねてこれたのは本当によかった。自分によくやったなと言ってあげたい」
-昨季はNPB通算250セーブもマークした
平野 そこに本当にこだわりない。体が丈夫だったからここまでできたんじゃないかなと思ってます。決して僕の実力だけではないし、皆さんに感謝したい。
-オリックスへの思い
平野 僕がアメリカに行った時も、快く送り出してくれた。3年経って帰ってくるときも快く受け入れてくれた。本当に心から感謝しかありません。
-岡田彰布監督が就任した10年に中継ぎに転向した
平野 それがなかったら21年もできなかった。すんなり受け入れることができたので。あの時がなければ今はなかったと思います。
◆平野佳寿(ひらの・よしひさ)1984年(昭59)3月8日、京都府生まれ。鳥羽-京産大を経て、05年大学・社会人ドラフト希望枠でオリックス入団。1年目に4完封するなど先発で活躍。10年からリリーフに転向し、11年最優秀中継ぎ、14年最多セーブ。17年オフにFAでDバックス移籍。マリナーズを経て、21年オリックス復帰。23年に日米通算で、25年にNPB通算で250セーブ達成。今季は投手コーチを兼任。球宴出場6度。17年WBC日本代表。186センチ、90キロ。右投げ右打ち。
