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【福島良一コラム】日本人初が期待される30発カルテット 歴史紐解くと「ハイタッチ」創始者に


【写真】ドジャース大谷翔平(2026年3月撮影)

ドジャース大谷翔平投手の負傷者リスト入りは残念ですが、その大谷に続き、ホワイトソックス村上宗隆内野手、ブルージェイズ岡本和真内野手が30本塁打に到達しました。さらにカブス鈴木誠也外野手も30号へ射程内にあり、日本人選手4人そろって30本以上、いわゆる史上初となる「日本人30本塁打カルテット」の可能性も出てきました。

メジャーリーグで年間30本塁打と言えば一流スラッガーの証し。過去に日本人選手では2004年ヤンキース松井秀喜外野手をはじめ、21年エンゼルス時代から6年連続で大谷、昨年鈴木と3人が30本塁打以上をマーク。今年は新人の村上、岡本と2人そろって30本塁打クラブに仲間入りしました。

そこでメジャーの歴史をひもとくと、1977年にドジャースが史上初めて同一球団からスティーブ・ガービー、ロン・セイ、レジー・スミス(元巨人)、ダスティ・ベイカーと4人の30本塁打以上打つバッターを輩出。それによって「30本塁打カルテット」という言葉も生まれました。その年10月2日、本拠地ドジャースタジアムでのシーズン最終戦。すでにドジャースは地区優勝が決まっており、本来6番を撃つベイカーが3番打者として先発出場。すると、6回裏2死から中堅後方へチーム4人目となる30号アーチ。その歴史的瞬間を、私は球場の記者席から見ていたので鮮明に覚えています。

ちなみに、そのときベイカーの記念すべきホームランを祝福するため、次打者のグレン・バーク外野手が本塁付近で右手を伸ばして出迎えると、ベイカーが手のひらでピシャリと打ちました。当時メジャー2年目の若いバークは「彼の30号だから思わず手を高く差し上げた」と振り返っていました。

これがホームランのあと選手たちが頭上で手のひらを合わせるハイファイブ、日本で言う「ハイタッチ」の始まりでした。そのパフォーマンスは球界でたちまち広まり、スポーツ界全体にまで流行。しかし、その発明者だったバークは同性愛者で、後にエイズによる合併症のため42歳の若さで亡くなりました。

こうして、ドジャースから30本塁打カルテットの歴史は始まり、95年に球団創設3年目のロッキーズでダンテ・ビシェット、ビニー・カスティーヤ、アンドレス・ガララーガ、ラリー・ウォーカーと4人が30本塁打以上をマーク。以来、同球団から3年連続で30本塁打カルテット誕生という記録を作りました。

その後21世紀になると、19年にツインズでネルソン・クルーズ、ミッチ・バーガー、マックス・ケプラー、エディ・ロザリオ、ミゲル・サノー(中日)の5人が30本塁打以上を放ち、史上初の30本塁打クインテットが誕生。23年にはブレーブスも5人の30本塁打者を輩出し話題となりました。

そして、今年メジャーは日本人スラッガーの時代到来。もうメジャーを50年以上も見続けている者にとって、まさかこんな時代が来るとは夢にも思っていませんでしたが、この際だから鈴木にも頑張ってもらい、夢の日本人30本塁打カルテット誕生に期待したいと思います。【大リーグ研究家・福島良一】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「福島良一の大リーグIt's showtime!」)

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