
40歳は「不惑」と呼ばれる。
横浜F・マリノスのGK飯倉大樹(ひろき)は、まさに不惑を生きている。
泰然自若。虚心坦懐(たんかい)。あるがままの自分を受け止め、日々を過ごしている。
■主力負傷で巡ってきた今季初出場
2005年にユースからトップ昇格し、プロ22年目。06年にレンタルで当時JFLの熊本でプレーした以外、残る21シーズンはすべてJ1で戦ってきた。
迎えた新シーズン、突然の出番が巡ってきた。9月2日の京都戦、レギュラーだったルベン・ブランコが負傷離脱したことを受け、今季初出場を果たした。その一戦で誰よりも存在感を放ったのが40歳となる飯倉だった。
DFラインのほころびからピンチの連続となった。そんな中でビッグセーブを連発し、最少の1失点にとどめた。結果、FW谷村海那のPKで同点に持ち込み、負け試合をドローとした。殊勲とも言うべき飯倉だが、試合後は事もなげに「やるべき、最低限の仕事をした」。チームを叱咤(しった)することもなければ、自らを誇示するでもなく、常に思い描く美学を口にした。
昨年のことがよみがえった。横浜はかつてない苦境に立たされていた。25年5月21日、神戸に1-2で敗れ、クラブ史上ワーストとなる7連敗を喫した。もちろん最下位だった。
つい数年前まで栄華を誇った名門クラブの泥沼だ。諸行無常とはこのこと。選手たちは誰もが、その事態の重さ、苦しみにもがいていた。そんな中、飯倉が試合後のミックスゾーンで語った言葉は、忘れられないものだった。
「他のチームからも大丈夫? って聞かれるけど、大丈夫じゃないからここにいる。かぜをひいて熱があるのに、熱がないって言い張っているようなもの。俺たちは大丈夫じゃない。一人一人が責任を持って判断し、逃げずにやることが何かを変えるきっかけになる」
メディアからの質問はどれもネガティブなものとなってしまう。痛む傷口に塩をすり込むようなもの。通常であれば、質問に抗うようにムキになり「そんなことはない、まだ大丈夫。ここから頑張れる」と返すようなところだろう。だが、ひと味もふた味も違っていた。
現状を客観視したように「大丈夫じゃない」と、あっけらかんとした物言い。しかも当時の監督が会見で試合内容を肯定的に話していただけに、正反対の反応だった。
加えて「逃げずにやること」というのも、少し掘り下げれば「自分のやれることを日々やり続けていく」という極めて自身にフォーカスしたものだった。
どこか禅の世界観のようだった。プレーヤー飯倉以上に、人間飯倉に興味を覚えた。
人生の酸いも甘いも知るからこそ、その取り組み方は禅であり、日本伝統の茶道の精神に触れた者のようだ。
■「突き詰めようという感覚はない」
今季初出場で存在感を見せた飯倉は、あの時と何ら変わることがない。やはり自分を誇示することもなかった。そんな精神性に話が及ぶと、こう話した。
「自分自身に何ができるか、ということを解いているだけなので。別にこう、人それぞれの感覚があると思います」
すると逆に記者の仕事に問いかけながら、こう見解を述べた。
「記者になりたくてこうライティングの仕事をするって言った時に、文章は書けるければ、どんなふうに構成するかとかって、やっぱり経験があるじゃないですか。読まれている人の感覚もきっと受けながら書くのと同じだと思っていて。自分はこういう書き方が好きだとか、こういう生き方が好きだみたいなものと一緒じゃないかと思います。自分が経験してきたことを練習でトライしてみる、新しいものをトライしてみるとか、そんな具合です。特に突き詰めようとかいう感覚ではないです」
過密日程の折、他の選手は早めに練習を切り上げた中、最後までグラウンドに残り、ロングボールを繰り返し蹴っていたのが飯倉だった。その1本、1本。丹念にインパクトの瞬間を微調整しながら、ボールの軌道に目を凝らしていた。
日々の積み重ね。まさに「自分にできること」を無の境地で重ねている。心に迷いがない。だから夢中になれるのだろうと思う。
40歳という年齢について、どう捉えているのか。
「いや、なんか考えたことないかな。40歳という事実には抗う気もないですけど。ただ、すごく長い年月をこのサッカー界、Jリーグにいさせてもらって、僕の年代(1986年生まれ)は意外にも多いんですけど(J1では福岡MF城後寿、G大阪GK東口順昭、川崎F家長昭博、浦和GK西川周作、東京DF長友佑都)。年齢は年齢として、自分は自分として、なんて言うんだろうな、もう別にあるだけでいいと思っているので。もちろんいいプレーをしてチームを勝たせることが仕事です。でもいつも思うんですけど、僕がここにいさせてもらえるだけで、プレーできるだけで、40歳とかも意識しないし、その時を楽しんでいるというか、楽しみです」
■痛んだグローブが積み重ねの証し
茶道の精神ともいう「一期一会」。今この出会いを大事にし、誠心誠意を尽くすということだが、飯倉もまた、その瞬間瞬間を、たった一度きりの今という時間を大切に生きようという心構えが見て取れる。
京都戦で見せたビッグプレーも、一つ一つの瞬間を楽しみ、誠心誠意を持って自分のプレーを表現することから生まれたものだろう。まさしく一期一会である。時にはうまくいくこともあれば、時にはうまくいかないこともある。だが、すべてをあるがままに受け入れ、悔いなく自分の人生を前に進めようとしている。そこには気負いも衒(てら)いもない。
「ずっとJ1にいさせてもらって本当に幸せだなと思うところはありますし、逆にJ2、J3とかJFL(という厳しい環境)でサッカーをやっている人の方がもっとすごいと僕は思っている。マリノスはいい環境だし、以前にいた神戸もそうでした。その中でも考える機会はたくさんあって、考えれば考えるほど、言葉の重みだったり、行動の重みだったりというのを感じています。この年になってやっと少しずつ“自分が、自分が”じゃなくなってこれたというのか。それもサッカー界のおかげだから、なんか考えることは多いなと思います」
行雲流水のごとし。そこは悟りの境地なのか。GKとはサッカーにあって、シュートを受けるという唯一無二のポジションだ。相手や自然のあるがままを受け入れ、自らも合わせていく「主客一体」という精神が求められる。
「恐れ多いです、悟りとか。そういう世界に行ってみたいですね、精進します」
その手にはめられているキーパーグローブに目が止まった。そのキャッチ面の指先はどれも月面のクレーターのように痛んでいた。
こういう日々の積み重ねがあるからこそ、見る者の心は揺さぶるのだとあらためて感じた。【佐藤隆志】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)
