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【特別企画】長嶋茂雄さんが愛した山口・下松市「割烹 升吉」のふぐ刺し 伝説の真偽は…


【写真】長嶋さん来店時に使用した有田焼の大皿とオーナーの河野暢公(のぶまさ)さん(撮影・沢田啓太郎)

ミスタープロ野球、長嶋茂雄さんが89歳で亡くなって早くも1年がたった。食べることが大好きだった長嶋さんは、美味を求めて各地の名店や隠れ家的なお店に足しげく通った。あまたの美食のなかから、周囲の声を総合して長嶋さんが愛した「逸品」を三つ選び、長嶋さんの記憶をたどります。一品目は山口・下松市の「割烹 升吉」のふぐ刺し。【取材・構成=沢田啓太郎】

   ◇   ◇   ◇

薄く切ったフグの刺し身を、皿の端から端までお箸で豪快にすくいあげ、ポン酢につけて口元に運ぶ。一刺し、二刺しで食するのがフグ刺しのセオリーだが、長嶋さんは一気に何十刺しも持っていき、おいしそうにほおばった…。

食に関する長嶋さんの伝説はたくさんあるが、有名な話の一つだ。本当にそうやって食べていたのだろうか?

「ちょっと待っていてください」

升吉のオーナー、河野暢公(のぶまさ)さん(66)は、そう言って店の奥から巨大な有田焼のお皿を持ってきた。直径60センチ。その昔、30万円ほどで購入したものだ。

「長嶋さんがいらっしゃった時は必ずこのお皿でフグ刺しを出していました。7、8人前くらいはあるんじゃないかしら」

答えてくれたのは、長嶋さんと学年は一緒という、女将(おかみ)の吉元浩子さん(90)。長嶋さんが来た時は必ずお世話をした。

「どのようにお食べになっていたかは覚えていませんが、うれしそうなお顔をされていましたね。大人数のお客さまの時にもこのお皿でお出ししていたのですが、大きすぎてフグ刺しに手が届かないということで、長嶋さん専用になりました」

長嶋さんが升吉に足を運ぶようになったのは、浩子さんの兄・清登さん(故人)の存在があった。清登さんは立大野球部で長嶋さんの1学年上。大学卒業後も親しくし、店に連れてきたのが始まりだった。

「前の場所でお店を始めたのが昭和45年(1970年)。いらっしゃるようになってから、長嶋さんはほぼ毎年お見えになりました。多いときには1シーズンに3回はお越しいただきました」

東京と山口・周南地区は直線距離で800キロ近く離れている。清登さんという親友の存在があったとしても、ここまで足しげく通ったのは、よほど升吉のフグがお気に入りだったのだろう。

フグといえば同じ山口でも下関を思い浮かべる人が多いが、実は周南地区もフグ料理で有名。大正時代初期に、徳山湾に浮かぶ粭島(すくもじま)でフグのはえ縄漁が始まり、各地に広がっていったという。ちなみに山口ではフグのことを「ふく」という。

升吉の刺しは天然のトラフグを三枚におろし、サラシに巻いて冷蔵庫で一晩寝かせる。天然フグは養殖フグに比べておなかの白さが際立っており、周南地区では「紋付きはかま」(吉元さん)と呼ばれているという。

ポン酢にもこだわってきた。昆布やカツオだしに、地元・萩から取り寄せたゆずの搾り汁を混ぜ、10日ほど寝かしてからこす。ネギは下関産で、約30センチの束が4000円もする高級品だ。

「うちはポン酢が売りです。何にでも手をかけないとおいしくならない」

半世紀近く店を守ってきた女将の言葉には説得力がある。

オーナーの河野さんは37年前の出来事に驚いたという。1999年(平11)12月、巨人監督だった長嶋さんは、FA宣言していたダイエー工藤公康投手を口説くため、日帰りで東京福岡を往復。夜のニュースを見て「大変だなあ」と独りごちた河野さんは、翌日、升吉に現れた長嶋さんにびっくりした。

「ご予定があったとはいえ、福岡からの帰りに立ち寄るならまだしも、東京にいったん戻られてから、また山口ですからね」

フグが大好きな長嶋さんらしいエピソードだろう。

試合で徳山を訪れた時、食事を終えた長嶋さんが調理場に入っていった。出口を間違えたのかなと思ったら、板前さんや従業員に声をかけた。

「風邪気味でしたけど、フグを食べて元気になりました。ごちそうさま」

調理場にいた人たちは感激し、おろしたてのかっぽう着の裏にサインをもらった人もいた。

「もう、あのお皿を使う機会がなかなかなくて。寂しいですね」と河野さん。

巨大な有田焼のお皿とともに、長嶋さんのフグ愛は本当に伝説となった。(つづく)

◆「割烹 升吉(ますよし)」瀬戸内の新鮮な魚や山口県産の旬野菜などの食材を用い、季節感あふれる和食を提供。山口ゆかりの食を提供する「やまぐち食彩店」にも認定されている。JR山陽線・下松駅から徒歩1分、くだまつステーションホテル内にある。営業時間は午前11時~午後2時、同5時~同10時(同9時オーダーストップ)。火曜日定休。0833・41・1730。

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