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思い出に残ったシーンは“ダルビッシュの涙”伊藤史隆アナ、彼の純粋さは今も/寺尾で候


【写真】ABCラジオ「おはようパーソナリティ小縣裕介です」に生出演した伊藤史隆氏(右)と板垣菜津美氏(提供写真)

<寺尾で候>

日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。

   ◇   ◇   ◇

新しい出会いの春は、別れの季節でもある。プロ野球などの実況でおなじみの朝日放送(ABC)テレビの名物アナウンサーだった伊藤史隆が、同社を退社し、フリーに転身することになった。

この日朝、人気ラジオ番組「おはようパーソナリティー小縣裕介です」に代役で出演。今後は上方落語を上演する「神戸新開地・喜楽館」の支配人に専念。一方で、フリーアナウンサーとして、さらにフィールドを広げるという。

拙者が述べるのはおこがましいが、自身の感性を臨場感としてマイクに乗せながら、伝えるべきことを的確に表現し、あくまでも一方的にならず、正統派としての安定感を示し続けた。

神戸大出身で、落語研究会に所属した伊藤は、85年(昭60)に入社し、約40年間のサラリーマン生活でアナウンサーとして“伝え手”であり続けた。先輩アナの道上洋三との出会いが原点という。

「落研あがりで、まったくアナウンサーの知識も技術もなかったわたしを指導してくださったのが道上洋三さんです。なかなかうまくいかないわたしに『上手なアナウンサーになろうとするな! うわべの技術を追いかけるな! あなたはそんなタイプではない。強く響く明るい声で、人の心に届く言葉をもったアナウンサーを目指しなさい。きっとなれる! がんばれ!』と何度も言われました」

人はいつ、だれに導かれたかが分岐点を分けたことに気づくことがある。道上もまた「おはようパーソナリティー」を中村鋭一から受け継ぎ、確固たるポジションを築いた。

伊藤と会話を交わした際、高校野球の実況で思い出に残ったシーンに“ダルビッシュの涙”を挙げたことを思い出した。03年の決勝になった常総学院戦に臨んだ一戦のことだ。

「東北に初めて優勝がいくかという試合でしたが負けるんです。試合後に2年生のダルビッシュが号泣してるんですよ。ずっと泣いていたのが印象的だったんです。彼が人目もはばからずに泣いたのは、後にも先にもあの試合だけじゃないでしょうか」

9回12安打4失点。東北高の名監督、若生正広のもとで育てられた超高校級の右腕は、腰痛、右すね骨膜炎などの痛みを押し、124球を投げ終えた後で大泣きしたのだ。

「決勝まで進んで『おれが優勝させたる!』の勢いだったけどやられた。それでワンワン泣いて、高校野球だな、いい若者だなと思いました。先輩に申し訳ない、自分の力を出せなかったと泣けるのは、ただのヤンチャでなくて純粋だからですよ」

長い月日を経たダルビッシュが、WBCの後輩たちにアドバイスを送る光景を見ていると、伊藤が「根っこは甲子園でみせたダルビッシュの姿と一緒ですよ」という気持ちになるのも理解ができた。

最後に伊藤はアナウンサーの境地として大事なことは、人間国宝・桂米朝の考えから学んだ「消えること」といった。

「米朝師匠は『人の心に残る名演は素晴らしいが、それは“上”であって、“極上”の噺家は高座から消えてしまえる!』と言いました。噺家がしゃべっていて、聴く者の意識から、いつの間にやら演者が消え、落語の世界にお客さまが浸れることが最高と。名実況、名文句を残すアナウンサーは上で、極上は、そのアナウンサーの存在を忘れるくらい、現場を感じさせる人だと思うんです」

これを聞いてピンときたのは、能の世界で“花”という一語に思いを込めた世阿弥のことだ。「秘すれば花、秘せずは花なるべからず」--。つまりすべてを明かすのでなく、秘めたものを想像させるところに、奥ゆかしさがあるという教えだ。

「熱すぎず、冷たすぎす」をポリシーに過ごしてきた古巣を“卒業”する伊藤は「でもやればやるほど、人の心に届く言葉をもつことは難しく、まったくできていません」と目を輝かせる。まだ夢の途中ということだろうか。(敬称略)

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