
「もう」なのか「あと」なのか。4年に1度、世界中を熱狂に巻き込むスポーツの祭典、サッカーW杯北中米大会が6月11日(日本時間12日)に開幕する。日本サッカー協会(JFA)の宮本恒靖会長(49)が幕開けまで100日の3日に合わせてインタビューに応じ、大会への心持ちを語った。W杯出場者が会長として大舞台に臨むのは日本史上初。森保一監督(57)を先頭に「優勝」を掲げる日本代表を全力でバックアップする。【取材・構成=佐藤成】
◇ ◇ ◇
W杯の実像がおぼろげに浮かんできた。宮本会長は、立場上さまざまなカテゴリーに気を配りつつ、100日後に迫る大舞台のスタートを心待ちにする。
「大会がちょっとずつ近づいてきている中で、やはりけが人がどうなってくるんやろうなと気にはなる。少しずつ移動とかキャンプ地とかが見えてきた中で、よりイメージしやすくなってきている」
6月初旬から始まる事前合宿は、第2戦の会場でもあるメキシコ・モンテレイに、ベースキャンプ地は米国南東部のテネシー州ナッシュビルに決まった。日本としては8度目の舞台。初出場の98年フランス大会は右も左も分からなかった。会長自身が出場した02年日韓大会は静岡・袋井市の隔離された場所で過ごした。自身2度目の06年ドイツ大会はボン。それらを含め、過去7度で得たノウハウを結集させる。
「キャンプ地ではメンタルもフィジカルもすごく大事だと思ってます。フィジカルでは、この大会はすごく暑い中でやることもあるので、しっかり準備できるように現場サイドがいろいろ考えた中で、ここでやりたいというところに。メンタル的には、02年の時はすごく閉ざされた空間だった。06年は市内のホテルですごく騒がしかった。食事会場や食事内容、誰が作るのかとか、何日前に(試合会場に)入る方がいいのかとか積み重ねてきたものは間違いなくある」
1次リーグで敗退したドイツ大会は、現地入りが早すぎたという。約2週間で急激に上がった気温への適応ができず、苦戦を強いられた。今回、初戦と第3戦の米国ダラスは屋根付き、第2戦のモンテレイは午後10時キックオフとゲーム環境はそれなりに整うが、暑熱対策をやるに越したことはない。
「暑さを重視して、一番暑いところでまずトレーニングして、これ以上もうないというところからスタートする。ノックアウトステージにいった後にも対応できるように現場はやろうとしている。そこは間違ってないと思います」
かつてない規模の大会となる。参加国も32カ国から48カ国に拡大。開催は3カ国にまたがる熱戦だ。移動距離が少なく、あらゆる面で整備されていた22年カタール大会からは、1・5倍のマンパワーが必要になるという。相手の分析、食事面、メディカル、移動、セキュリティーなどスタッフの数も必然的に増えるが、昨年3月に史上最速でW杯切符をつかむ前から準備を進めてきた。特に会長も同行した昨年9月の米国遠征は大きな収穫があった。
「サンフランシスコの方からコロンバスに移る飛行機の中で、ケータリングの弁当を食べて本番の移動の時もやる準備をした。移動中の体に微弱電流が流れるようなシートを引いて、選手たちの疲労が残らないようにするトライもしていた。いろいろな意味でシミュレーションができた」
ミラノ・コルティナ五輪での日本勢の躍進も追い風となる。W杯と同年に行われる冬の祭典後、3月には野球のWBC。スポーツの熱気をまとい、北米に乗り込む覚悟だ。
「ミラノ・コルティナ五輪があって、WBCがあって、その後にW杯という感覚。この間の、りくりゅう(フィギュアスケートペア金の三浦璃来、木原龍一組)を見た時に、感動が日本中にバーンって広がるし、それはスポーツがもたらせるものやと思った。代表チームもそういうのがあれば」
22年カタール大会では、優勝経験国のドイツ、スペインを連破。ともに前半劣勢だったが、後半にひっくり返す展開も相まって日本中に勇気をもたらした。
「スポーツの違いはあれども、バーンって振り切れるゴールの瞬間とか高揚感とかサッカーにはすごく力はあると思う。サッカーでしかこんなこともせえへんし」
そういって両手でガッツポーズを作った。会長補佐の立場で臨んだ前回大会の決勝。メッシ擁するアルゼンチンがエムバペのフランスにPK勝ちした様子を自宅のテレビで観戦した。「午前5時ぐらいに、息子と一緒にマンションで叫んでた」。そのファイナルを日本は目指している。そのためには選手、監督、スタッフだけでは足りない。サポーター含め、日本中の力を集めてようやくたどり着く頂だ。
「総合力を問われるのがW杯。国としてのサッカーの力が最初(98年)は本当少なかったけど、どんどん上がってきた。もし勝てたら、思うようなところまで行けたら、今後またそれは増えるし、そこに続く世代を育てないといけないのもサッカー協会の仕事」
JFAとしては2050年までのW杯優勝を目標に掲げるが、チームは今大会での世界一に向かっている。会長として、全力で後押しする。
「今までにないチャンス。力のあるチームになってると思いますし、参加国が増えたことで、今まで以上に選手層も問われる。今はたくさんケガ人がいて不安はあれども、他の選手がカバーできる準備をしてきた。06年のこれぐらいの時期に、ヒデ(中田英寿)がケガしてたら大変やったと思うんですよ。でも今は乗り越えていけるんじゃないかという空気もあるので、チームに期待している。自分たちも結果を出せるためにどうできるのかということを、みんなで議論しながらやっていきたい」
歴史を塗り替えるための残り100日とする。
◆宮本恒靖(みやもと・つねやす)1977年(昭52)2月7日、大阪・富田林市生まれ。G大阪ユースから95年トップ昇格。05年J1初制覇に貢献、06年オーストリア1部ザルツブルク移籍。09年神戸で日本復帰し、11年限りで現役引退。W杯は02、06年大会に出場するなど国際Aマッチ通算71試合3得点、J1通算337試合8得点。13年国際サッカー連盟運営の大学院(FIFAマスター)修了。17年にG大阪監督就任。22年3月に日本協会理事、23年2月から専務理事、24年3月から現職で任期は26年3月まで。現在、次期会長予定者。
