
ここ10年、ソフトバンクのキャンプ取材をして、進化を止めないチームの歩みを感じる。最初のころは、グラウンドに響き渡る声が印象的だった。それによって、活気とやる気、緊張感がみなぎり、昭和、平成を象徴するメンタル面の充実を見た。
時代は令和に移り、この日見た風景にその移ろいを感じる。アップが終わり、これからバッティングかなと、何の気はなしにグラウンドを眺めていたが、スッと打撃ケージの選手が打ち始めた。普通は「バッティング行きます」との発声で一斉スタートするのだが、違った。
既に打撃が始まる前、一塁では走者がスタートの練習をして、三遊間ではノックを受けていた。打撃開始を待たずに、やれることは速やかに始まっている。さらに、三塁ではバント処理時の三塁手が帰塁してタッチプレーの動きを確認していた。
ああ、なるほどと、一切の時間の無駄を省いた練習メニューの組み立てに納得させられた。特守として別に時間を割いてやるものを、打撃練習の中に組み込み、効率よく取り組んでいる。
気が付けば、数年前まで耳に響いていた燃えるような気迫のこもった声はない。どちらかと言えば、静かな空気の中、誰も動きを止めていない。誰も待っていない。常に誰かが先を考えて準備し、動き出している。これが令和のやり方なのかと感じる。
人間にとって平等に与えられているものは「時間」だと私は考えて生きてきた。同じ24時間、同じ365日。その中で、指示を待って待機する時間が多いほど、時間を無駄にする。指示はなくても自分でできる準備はあるし、組織としても誰かが先に動き出すことは必須だ。
試合中、エラーが出た時、中継プレーが乱れた時、いちはやく先を見てカバーに動く、声掛けをして注意喚起する、そういうことが野球という集団競技は極めて重要だ。こうして、キャンプの第1クールを見て、ソフトバンクの常に前に進もうという狙いが感じられる。
がむしゃらさから、動作解析やデータを駆使した数値化の流れをくみつつ、シームレスな行動という新しいコンセプトへ。選手個々の能力、育成を含めた数の論理、データ重視の指導法と、単一の見方をしていては、ソフトバンクの進取の気性には追いつけない。(日刊スポーツ評論家)

