
プロ野球南海のリードオフマンで歴代2位の596盗塁を記録し、南海監督を務めた広瀬叔功(ひろせ・よしのり)さんが、心不全のため2日に亡くなっていたことが5日、分かった。89歳だった。広島県廿日市市出身。
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面白い人だった。評論家としてお世話になっているときマツダスタジアムの記者席でよく雑談した。ネットに載っている“神話”の真偽をたずねたりもした。
現役時代、喜劇役者の友人が高級車を買うときディーラーへ付き合った。そこで店側が「もう1台だけ、同じのがあるんですけど、どうですか?」。
「ほな、もらおか」。その場で買って乗っていたが、あるとき飲酒検問で止められた。「あ、南海の広瀬さんや! 免許証お願いします」。うれしそうに言う警察官に「なにそれ?」。運転に免許が必要なことを知らなかったという。
「ああ、それか。ホンマ」。警察官に説教されて、後日、試験場に行き、1発合格したそう。“時代”とともに人柄を感じさせる話に腰を抜かしたもの。そんな「昭和の伝説」でいつも楽しませていただいた。
選手としての実績に関しては書くまでもない。感性が先に立つ評論をされるので素人として理解するのが難しいこともあったが、勉強させていただいた。
仕事を終えて、いっしょに球場外へ出たあるときのこと。市内までタクシーに乗ろうと思っていたこちらは「広島駅までお送りしましょか」と声をかけた。すると「いやいや、ワシは歩くから」。そう言うなり、球場からはき出されたファンでまだ混雑する中を、ゆらゆらとステップを踏むように小走りで進んでいく。
足が速いのもそうだが、その動きの滑らかさ、流れるような体の使い方。80歳ごろだったと思うが「こんな人間がいるのか」。ただ者でないと思い知った。
大の飛行機嫌いなのに、ともに沖縄キャンプ取材に出向いていただいたのはいい思い出。天国でも軽やかにお過ごしください。【編集委員・高原寿夫】
