
FC町田ゼルビアはトップパートナー契約を結ぶ玉川大学(町田市)で、経営学部の学生に向けた経営塾を毎年行っている。
5月半ば、その授業を若い学生たちに混じって50代の記者も聴講した。
■「ファン拡大の施策」
クラブの代表取締役COO上田武蔵さん(30)が講師となり、4月に「プロサッカークラブのリアル」と題し、経営の実情を余すことなく伝えていた。その最後に「お題」として学生たちに宿題を与えていた。
その内容は「町田市民のゼルビアファンを拡大するため」の施策だった。
(1)スタジアムでの施策
(2)試合日以外の日常での施策
それぞれの提案を学生側に求めた。学生たちはチームごとに「宿題」と向き合い、約3週間かけてアイデアを練った。その発表の場が今回5月の授業だった。
上田さんが見守る前で発表したのはA、B、Cの3チーム。どれも考え抜かれたもので、あらためて学生たちの柔軟でポジティブな思考にはハッとさせられることばかりだった。その中で印象深いものを少し抜粋してみたい。
■ARスタジアムツアー
Aチームは「“見る”から“感じる”スタジアム」というコンセプトだ。
観戦するファンの平均年齢が41歳超と、学生世代から見れば高いことに着目し、若い年齢層のファン増加を狙った施策を考案した。
それは現在の15~24歳が子供に頃にはまったアニメ「イナズマイレブン」を絡めたARスタジアムツアーという仕掛けだ。
ARとは「拡張現実」の意味で、スマホやグラスなどの画面を通して現実世界にデジタル情報を重ねること。画面の中で物が動きだしたり、さまざまな情報が浮き上がったりする。そのAR技術を使った体験型事例であれば、インバウンド(訪日客)に向けた観光施策として各地で行われており、人気を博している。
提案するARツアーによって、かつてアニメを楽しんだ世代が「懐かしい」「知っている」「面白そう」という親近感を持たせることで来場につなげ、スタジアムでの「記憶に残る経験」を擦り込む。そして「来場の習慣化」という3段階の流れに持ち込む。試合観戦を体験型エンタメの領域まで増幅させるのだという。
人里離れた試合会場を「天空の城」としてブランディングするクラブだけに、城に潜んでいる忍者がデジタル空間に出てくるだけでも十分に楽しめる。取材でよく訪れる私もぜひ体験してみたいと思った。
■グルメ改革で“沼化”
Bチームは「町田にゼルビアの熱狂を解き放て!」というコンセプトだった。
こちらも“観る”から“体験したくなる”スタジアムが狙いである。選手とのPK体験イベント、さらに「グルメ改革」として選手や監督プロデュースの食事の提供によって、選手やチームとのつながりを深くするのだという。
ふと、黒田剛監督を思い浮かべた。
魚介類に恵まれた青森で過ごした時間が長い。そんな背景からか、チームの決定力不足について「エサに食い付かせるところまではうまくいっているけど、釣り上げる技術のところにミスが生じている。それは抵抗する魚との呼吸とか、またはタイミングとか。そういうものであったり、周りの手助けであったり、それが最終的に魚を逃してしまっている」と“釣り”に例えたことがあった。
ならば、青森の海産物を使ったグルメを考案してもらいたい…、余談だが。
この施策は監督や選手との距離を近づけることが狙い。デジタル化時代の必須アイテム、SNSを活用しての認知拡大で「ハマる、夢中にさせる」“沼化”ができるかが、ポイントになると強調していた。
■小さなオーナーになる
そしてCチームは「ファントークンの発行」を提案していた。
デジタル通貨の一種でクラブが発行する通貨を持つことで、さまざまな特典が受けられるというもの。欧米のクラブから広がり、国内でもさまざまスポーツクラブが導入している。ファンがクラブ発行のトークンを持つことで「サポーター、消費者という関係から小さなオーナーになる」のがポイント。応援するコミュニティーは強まり、新規ファン獲得の入り口としても狙い目のようだ。
また、ファンクラブとの違いについて「ファンクラブは特典を受け取るための会員制度であり、一方のトークンとは応援行動であり、応援することが価値につながる」と定義。さまざまなクラブのトークン事情を比較したデータや、参入するまでの障壁、解決策も調べており、学生側の意欲が強く感じられた。
■マーケットを知ること
ここに挙げたのは一部だが、それ以外にも「これはいいな」というアイデアはいくつもあった。
発表ごとに上田さんから各チームに、いくつかの鋭い質問が投げかけられ、どういう背景からその施策に至ったのかという考えがより掘り起こされていく。本気のやりとりがまた、学生たちの思考を磨いた。まさに生きた授業となった。
上田さんから学生に向け、こんなことが伝えられていた。
施策を考える上でのポイントとなるのは、ターゲットとなる対象の属性や特徴を知ること、マーケット調査に始まる。さらに施策上のポイントも示した。
・センスのある課題設定
・圧倒的な施策の洗い出し
・一貫性のある施策提案
どれも自らの経験則から出たもの。知識欲をかき立てるワードと熱の入った説明には、学生はもちろん、聴講した記者の脳内もビンビン刺激を受けた。
今回のゼルビアと玉川大の取り組みは、少しカジュアルな形での産学連携である。そのまま事業協力者として成果を出すものではないが、学生側は社会で活躍する経営者の考えや教えに直接触れることによる学び。一方の上田さんからすれば、若者の自由で柔軟なアイデアを知ることができる。相乗効果を生み出す掛け算。それぞれ異なる立場から一つのテーマについて考え合うことで、新たな気づきにつながっていた。
■流行や変化を取り入れる
毎年恒例となっているゼルビア授業だが、上田さん自身は今年で3回目になる。
「毎年びっくりさせられています。想定以上にいいアイデアが何個かあったので、すぐに生かせそうなものもありました。レベルの高い提案をしてくださっているなと思いました」
日頃から若い社員たちで話し合っていることを、大学の講義でも実践したようだ。IT大手サイバーエージェントには新しい技術やサービスというリソースがある。それをクラブに持ち込むことで、サッカーという魅力に加え、さまざまな付加価値も一緒に提供したいという思いが見える。
「もちろんサッカーの試合に勝つことは変わらないところです。その上でファンへの(魅力や楽しみの)届け方や試合当日の楽しみ方、本質の幹を彩る枝葉の方は、時代の流行やトレンドに応じて、ベストの施策は変わるものだと思っています。そこを最新のものにアップデートし続けられるような組織、クラブでありたいと考えています」
あらためてJクラブは地域の公共財だと思えた。ただのエンターテインメント事業に終わらず、地域社会と連携することで、新たな人材育成や機会創出へもつながっている
スポーツを通じてよりよい社会作りへ-。Jクラブの“シャレン”は見えないところで日々、地道に行われている。【佐藤隆志】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)