
プロ野球阪神タイガースを、監督として球団史上初の日本一に導いた吉田義男(よしだ・よしお)さんが3日午前5時16分に兵庫・西宮市の病院で脳梗塞のため亡くなった。91歳だった。
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▽権藤博氏(日刊スポーツ評論家) 1961年(昭36)、中日投手としてプロの世界に飛び込んだ私が、最初に驚いたのが阪神内野陣のすさまじい守備力でした。試合前のシートノックはショーとして成立するといってもいいレベル。まるでサーカスを見ているかのような錯覚にとらわれたものです。その中心にいたのが「ショート吉田」でした。
素早い動きと鮮やかなグラブさばき。そしていつボールを投げているのかわからないマジックスロー。試合でもその守備に何度、地団駄を踏んだことか。名手と呼ばれた選手は数多くいますが、吉田さんは唯一無二のプレーを見せてくれた特別な内野手。まさに別格中の別格でした。
投手として対戦する中では「打者吉田」にも苦しめられました。最初の打席に打たれると4打数4安打されてしまうという、1度乗らせたら手に負えないタイプ。5歳年上の吉田さんは、もっとも警戒すべき選手でした。
阪神監督として日本一、フランスに渡り野球伝導師となるなど、現役引退後も球界に多大な貢献をされましたが、あの守備を見て受けた衝撃は、生涯忘れることはないでしょう。謹んでご冥福をお祈りいたします。