<陵(たか)みを目指して・連載5>
阪神は今秋ドラフトでNTT西日本の即戦力左腕、伊原陵人(たかと)投手(24=大商大)を1位指名しました。日刊スポーツでは伊原投手の幼少期からプロ入りまでの歩みを「陵(たか)みを目指して」と題し、連載でお届けします。最終回となる第5回はあの涙がなければ…。
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あの日、大粒の涙を流していなければ、2年後の最上位指名はなかったかもしれない。
阪神ドラフト1位のNTT西日本・伊原陵人投手(24)は2年前の大商大4年時、プロ志望届を提出している。ドラフト会議当日は両親と兄の拓人さん(28)も見守る中、大学内の会見会場で名前が呼ばれる瞬間を待ち続けた。だが、指名漏れ。伊原は号泣した。
大学4年間バッテリーを組んだ碓井雅也捕手(24=三菱重工East、来季からWestに移籍)はこの日初めて相棒の涙を見たという。左腕は家族4人で帰路についた。静かな車内。父・伸(しん)さん(57)の「もう1回頑張れよ」という短い言葉に背中を押された。
悔しさは社会人での飛躍につながった。「漏れて良かった。向上心であったり、試合でもっと勝ちたいというところにつながった」。NTT西日本に入社し、課題に挙げたのは直球の強さだった。球速アップを目指し、初めてウエートトレーニングを本格導入。夜遅くまでウエートルームの明かりをともし続けた。
同社では午前中に全体練習が行われ、午後はフリータイムで個人の裁量に任される。河本泰浩監督(42)は「サボろうと思ったらサボれる。でも大学でプロに行けなかった悔しさで、『この2年間でプロに行ってやる』と内に秘めたものがにじみ出たのだと思います」と振り返る。
小原孝元投手コーチ(41)は左腕について「考える力をすごく持っていた」と表現する。年に数回行われる個人面談でも、伊原に技術的なアドバイスをすることは少なかった。
入社1年目、社会人野球日本選手権は予選で敗退。直球の球速は140キロ台前半だった。冬場の方針を話し合った際には「ウエートをしっかりして、もう1回スピードとストレートの強さを磨き直したい」と課題を的確に把握していた。ウエートトレが功を奏し、今年5月の都市対抗予選では149キロを計測。2年間で平均球速は5キロほどアップし、ドラフト1位指名を勝ち取った。
常に見守ってくれた家族、切磋琢磨(せっさたくま)したチームメート、野球人として成長させてくれた指導者…。多くの人に愛され、支えられてきた24年間。とはいえ、まだまだ進化の途中でもある。「最速150キロは超えたい。今のまま満足せずにというところは思っています」。
プロ野球投手では小柄な身長170センチながら、強心臓と賢さを武器にプロの世界を生き抜いてみせる。【村松万里子】(終わり)