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亡き後も若手の模範に=サッカー元日本代表、工藤壮人さん


 サッカー元日本代表FWの工藤壮人さんが10月に急逝した。水頭症と診断され、手術後に容体が悪化。まだ32歳の若さで、サッカー界は悲しみに包まれた。所属していたJ3宮崎の松村拓幸強化部長は「プレーだけではない魅力が大きかった。人としての誠実さがあった」と悼む。  工藤さんは柏で2011年のJ1優勝に貢献。日本代表でも4試合に出場し2得点を挙げた。米メジャーリーグ・サッカーやJ1広島などを経て、21年までオーストラリアAリーグのブリスベンでプレーした。  豪州から帰国後、所属先が見つからず、出身高校で練習する時期もあったというが、宮崎と柏のスタッフの縁をきっかけにJリーグ昇格2年目だった宮崎に加入。J3での再出発にも「サッカーができる喜びをかみしめている感じがした」と鈴木淳広報。引退後は指導者を目指す意向を周囲に話していた。  若い選手の多いチームで率先して声を出し、時には厳しい言葉も。周囲に気を配る人間性はピッチ外でも同じ。清掃活動やサッカー教室で子どもと積極的に触れ合い、遠征ではスタッフを手伝い荷物を運んだ。鈴木広報は「誰に対しても平等に接した。本当に日本代表だったのって思うぐらい、何でも謙虚にやってくれた」と感謝する。  工藤さんを模範に、チームには確かな変化が生まれた。練習参加した高校生の緊張をほぐすように、声を掛ける姿に「そうしてあげるといいんだっていうのは若手も感じたんじゃないか」と松村強化部長。助言を受けた選手の活躍もあった。「工藤がいてくれたことは掛け替えのない財産。大切にしていきたい」。故人の志と、残した物をクラブの成長につなげていく。 (了) 【時事通信社】 〔写真説明〕サポーターと清掃活動をするJ3宮崎時代の工藤壮人さん(手前左)=5月5日((C)TEGEVAJARO MIYAZAKI) 〔写真説明〕清掃活動をするJ3宮崎時代の工藤壮人さん(左から2人目)=5月5日((C)TEGEVAJARO MIYAZAKI)
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