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運命変えた「ニシさん」=無名の高校球児に着目―千賀滉大、豪腕の原点(上)


 プロ野球ソフトバンクから海外フリーエージェント(FA)権を行使して米大リーグのメッツ入団が決まった千賀滉大投手(29)。無名だった高校時代、とある人物が千賀の存在をスカウトにアピールして、プロへの道が開けたという過去がある。剛腕の原点とは―。  ◇  中学時代は主に三塁手で、高校入学後に投手に転向。地元愛知の県立蒲郡高は甲子園出場経験がなく、在学中、夏の地方大会では3年時の3回戦進出が最高成績だった。千賀自身が注目されることもなかった。  その2010年夏の全国高校野球選手権愛知大会。2回戦で蒲郡高と対戦した愛知商高の当時の監督、森淳二さん(69)は、千賀の印象をこう話す。「驚くような球速はなく、うちの打者も打てた。良い投手ならいくらでも見てきたが、千賀君は…」。直球の球速は130キロ台が大半だった。  千賀にとって転機となったのは、その夏。名古屋市で野球用品店「西正ベースボールショップ」を経営していた西川正二さん(故人)が、この右腕に着目していた。野球用具を取り扱う商売の傍ら、東海地区などの球場通いを日課としていた西川さんは、地元アマチュア球界の事情通だ。プロのスカウトからも信頼され、「ニシさん」の愛称で親しまれていた。  ただ、周囲は「プロになる投手ではない」と口をそろえ、本人も大学進学を視野に入れていた。西川さんは、肘の使い方や体の柔軟性、しなやかさなど千賀の資質を高く評価。「億を稼ぐ投手になる」と確信したという。夏の地方大会前後、親交のある複数球団のスカウトに千賀を売り込んだ。  しかし、当時は今ほど育成環境が整っていなかった上、調査をしていない高校生だ。県内の試合を視察に来た球団もあったそうだが、最終的には「育成でも厳しい」と指名には至らなかった。  西川さんは当時ソフトバンクのスカウト部長だった小川一夫さん(68)=現ゼネラルマネジャー補佐=に電話をかけた。「蒲郡に、本当にいい投手がいる」。そのやりとりが、千賀の野球人生を変えることになった。 (了) 【時事通信社】 〔写真説明〕名古屋市内で野球用品店を営んでいた西川正二さん(故人)。米大リーグのメッツ入団が決まった千賀滉大投手を、プロ入り前に発掘した(家族提供) 〔写真説明〕ソフトバンク入団3年目の2013年、オールスターゲーム第2戦で力投する千賀滉大投手。敢闘賞として表彰された=同年7月、神宮球場
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