【キエフAFP=時事】ウクライナのシェフ、エウヘン・クロポテンコ氏(33)は、自分がロシアとウクライナの紛争に巻き込まれるとは思ってもいなかった。(写真はウクライナ首都キエフにある自身のレストランで、ボルシチを作るシェフのエウヘン・クロポテンコ氏)
 しかし、クロポテンコ氏は、ビーツとキャベツを使った伝統的スープ「ボルシチ」がウクライナの歴史的遺産だと認められるべきだと主張したことで、紛争の真っただ中に押し出されてしまった。
 「ボルシチ戦争とは呼びたくないが、実際その通りだ」。名門料理学校ル・コルドン・ブルーを卒業したクロポテンコ氏は、ウクライナの首都キエフにある、自身の名高いレストランでAFPにそう語った。
 クロポテンコ氏は、世界中のレストランが、いわゆるウクライナ料理を出すところでさえボルシチをロシアのスープとしていることにうんざりしていた。
 そこでクロポテンコ氏は先月、ボルシチをウクライナの無形文化遺産として国連教育科学文化機関(ユネスコ)に申請するよう文化省に訴えた。
 同省はこれに同意し、2021年12月のユネスコの審議に向け、同年3月の期限に間に合うよう準備を始めた。
 これに対しロシア政府は不快感を示し、ツイッターの公式アカウントにボルシチは「ロシアの最も有名で愛されている料理の一つで、伝統料理の象徴だ」と投稿した。
 一方、ウクライナの人々は、1548年に欧州からの旅人がキエフ近郊の市場でボルシチを食べたと日記に書いたのがボルシチに関する最初の記述で、ロシアにはそのかなり後になって、ウクライナからの移住者が持ち込んだと主張している。
 クロポテンコ氏にとってボルシチをめぐる論争とは、ウクライナのアイデンティティーをめぐる論争だ。
 ウクライナの歴史の大部分は、ロシアと密接に関係している。
 現在のウクライナの大半はロシア帝国の一部で、その後ソビエト連邦の構成国となった。
 クロポテンコ氏は、ソ連はウクライナを「のみ込み」、そして「かんで、吐き出した。(中略)私たちは、自分たちが何者か、何なのか分かっていない」と語った。
 だが、クロポテンコ氏にとってウクライナを代表するものが一つだけある。ボルシチだ。「ボルシチが私たちを一つにしていると気付いた」
 ウクライナの民族・歴史学者のオレーナ・シェルバン氏(40)は、ボルシチをロシアと結びつけるのは「ばかげている」と話す。「私が母乳の次に口にしたのがボルシチだった。私たちは子どもが乳離れをしたら、ボルシチを食べさせる」
 シェルバン氏は、ウクライナ人は自国の歴史をあまり知らないため、フランスやイタリアとは違い、自国のおいしいものに対する「プライドに欠けている」と指摘する。
 「ボルシチは芸術であり、言葉であり、文化であり、私の祖国ウクライナの歴史でもある」【翻訳編集AFPBBNews】
〔AFP=時事〕(2020/12/08-15:38)

情報提供元:時事ドットコム ワールドアイ
記事名:「「ボルシチ戦争」 ロシア・ウクライナ紛争の新最前線