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要旨
タカ派化メッセージを強める日銀
4月25~26日開催の日銀会合での日銀からのコミュニケーションは必ずしもハト派的ではなく、近い将来に追加的な引き締め措置を実施する可能性を示唆していたと考えられます。直近での植田総裁の発言などから判断すると、円安ドル高の動きが強まったことで、日銀はタカ派色をこれまでよりも強く打ち出すコミュニケーション戦術に変更したようです。
年内に1~2回の追加利上げの公算
4月の日銀会合とその後の日銀によるコミュニケーションの変化を踏まえて、私は、日銀が年内に1~2回の政策金利の追加的な引き上げを実施するという見方に変更したいと思います。7月会合での追加利上げを見込みます。
量的引締め(QT)政策の実施は長期金利の想定外の上昇を招く可能性
一方、長期国債買入れ額の減額議論が政策決定会合で開始されたことをふまえて、私は、日本の10年国債金利についての2024年末における見通しを、従来の1%から1.2%へと引き上げたいと思います。QT政策が実際に実施される場合、長期金利の想定外の上昇をもたらすリスクがあることには注意が必要です。
当面は円安リスクが残るが、年末にかけて円高に転換する公算
直近におけるドル円市場のボラティリティーの高まりを踏まえると、当面、米国の景気指標やインフレ指標が上振れる場合には、円安が進行するリスクがあります。ただ、年末にかけては、インフレの落ち着きを受けてFRBが利下げを実施し、米国の⻑期⾦利が緩やかに低下する中、日銀が追加的な引き締め措置を実施するのに合わせて、為替市場での円安はストップし、緩やかな円⾼方向に転換すると見込まれます。
タカ派化メッセージを強める日銀
4月25~25日に開催された日本銀行の金融政策決定会合と直後の総裁記者会見に対して、金融市場ではハト派的との受け止めが大勢でした。直前の報道によって「会合で議論される」とされた長期国債の買入れ額の減額措置は決定されなかったうえ、植田総裁の記者会見において「直近での円安の進行による基調的な物価上昇率への影響は、おおよそ無視できる範囲だった」という主旨の発言があったことが、金融市場におけるハト派的な印象を強めたようです。決定会合の直後には円安ドル高が進行しました。
ただ、植田総裁の発言を含む一連の日銀からのコミュニケーションは必ずしもハト派的ではなく、近い将来に追加的な引き締め措置を実施する可能性を示唆していたと考えられます。具体的には、今回公表された展望レポートにおいて、「以上のような(展望レポートで示された)経済・物価の見通しが実現し、基調的な物価上昇率が上昇していくとすれば、金融緩和度合いを調整していくことになる」(括弧内はインベスコによる補足)という文言が付け加えられた点が挙げられます。この文言は、景気やインフレが、今後、日銀の想定通りに推移する場合には、短期の政策金利を引き上げることを示唆したものです。また、植田総裁が、2025年度後半から2026年度にかけて短期政策金利がおおむね中立金利程度まで引き上げられているという想定を示した点も、タカ派的なコメントであると言えます。日銀はこれまで中立金利の具体的な水準について言及していませんが、4月中旬にブルームバーグがエコノミスト等を対象に実施したサーベイ結果をみると、名目中立金利についてはかなり幅があったものの、回答者の中央値は1.13%でした。現在の名目政策金利は0~0.1%ですから、仮にここでのエコノミスト等の見方が正しいとするなら、日銀は、あと1年半から3年程度の間に、短期の政策金利を1%程度引き上げることになります。
こうしたタカ派的なメッセージにもかかわらず、為替市場で大幅な円安ドル高が進行したことで、日銀はタカ派色をこれまでよりも強く打ち出すコミュニケーション戦術に変更したようです。植田総裁は、5月7日の岸田首相との面会の後、記者団に対して、「円安については日銀の政策運営上、十分注視をしていくことを確認した」、「基調的な物価上昇率にどういう影響が出てくるかについて注意深くみていくという姿勢だ」と語りました。また、5月8日の講演では、植田総裁は、急速かつ一方的な円安は日本経済にとって望ましくない点を明確にしたうえで、物価見通しが上振れるリスクが大きくなったりした場合には、「金利をより早めに調整していくことが適当だ」と述べました。円安が基調的な物価上昇率に及ぼすインパクトについての植田総裁の発言トーンが、4月会合の時からこのように変化したことが政府からの何らかの圧力を受けたものかどうかは知る由もありませんが、急速な円安がもたらす日本経済への悪影響を踏まえ、日銀が政府に寄り添う姿勢をみせていると判断されます。5月9日に公表された4月会合の「主な意見」でも、日銀の政策委員が利上げについてかなり前向きに考えていることが明らかになりました。
年内に1~2回の追加利上げの公算
4月の日銀会合とその後の日銀によるコミュニケーションの変化を踏まえて、私は、日銀が年内に1~2回の政策金利の追加的な引き上げを実施するという見方に変更したいと思います。追加利上げのタイミングは、能登半島地震や一部自動車メーカー認証不正事件の影響で落ち込んだ1-3月期から日本経済がリバウンドする姿が確認できる日銀短観(6月調査)の結果が7月1日に公表され、春闘による賃上げの動きが5月分の毎月勤労統計で確認される7月8日の後のタイミングで実施される、7月30~31日の日銀会合を想定しており、政策金利が0.25%に引き上げられると予想しています。その後の追加利上げのタイミングは、消費や投資など内需や米国経済など外部環境に大きく左右されるとみられますが、内外景気が比較的好調さを維持することで、基調的なインフレ率が2%に向けてさらに近づくことが確認されれば、10月30~31日に実施される日銀会合で政策金利が0.50%に引き上げられる可能性があります。
量的引締め(QT)政策の実施は長期金利の想定外の上昇を招く可能性
今後の日銀の政策を考える上でもう一つの重要なポイントが、近い将来、国債買い入れの減額の可能性がある点です。4月会合における「主な意見」では、日銀が国債の買入れ額を将来的に減額することについて、前向きの観点で議論されたことが明らかとなりました。3月の日銀会合で、日銀は月間6兆円程度のペースで長期国債を買入れることを決定しましたが、これは、日銀保有の長期国債が償還される額におおむね相当することから、現在の日銀は、保有する長期国債の残高を維持する政策を実施していると言えます(当レポートの3月28日号「日本:政策転換がもたらす長期金利上昇圧力」をご覧ください)。このため、現在の長期国債買い入れペースを減額すると、日銀が保有する長期国債の残高を減らす、量的引締め(QT)政策を実施することになります。2023年までは2年にわたって、政府がネット発行する長期国債のほとんど、あるいはそれを上回る額を日銀がネットで購入していたわけですから、QT政策の実施は、長期国債市場の需給関係の変化を通じて、長期国債金利の上昇圧力につながります。決定会合で議論されるということは、国債買い入れ額の減額が遠くないことを示唆しているように思われます。長期国債買入れ額の減額議論が政策決定会合で開始されたことをふまえて、私は、日本の10年国債金利についての2024年末における見通しを、従来の1%から1.2%へと引き上げたいと思います。
一方、QT政策の実施は、長期国債市場における需給関係を大きく緩めることで、長期金利の想定外の上昇をもたらすリスクがあることには注意が必要です。日銀はQT政策にはかなり慎重に取り組むとみられるものの、長期金利が想定外に上振れるリスクが顕在化する場合には、その日本経済に対する悪影響が、「賃金と物価の好循環」に向けての日本経済の歩みを減速させてしまう可能性が出てきます。
当面は円安リスクが残るが、年末にかけて円高に転換する公算
他方、為替市場では、米国経済の強さやインフレの高止まりを示す指標が公表されるのに合わせて、FRB(米連邦準備理事会)のタカ派化懸念を生み、年初来の他の主要通貨に対するドル高の動きにつながってきました。こうした地合いの中、日銀による今後の金融引き締めが限定的になるとの思惑が強まったことで、投機的とも言える円安が進行してきました。
4月29日から5月3日にかけては、日本の財務省による円買い介入とみられる動きに加え、5月初めに実施されたFOMC(米連邦公開市場委員会)後の記者会見でのパウエル議長の発言がハト派的なトーンであったことや、5月分の米雇用統計が米景気の減速と今後のインフレの落ち着きを示唆するものであったことで、いったんドル円レートはいったん円高に振れたものの、今週に入ってからは再び円安圧力が強まっています。
直近におけるドル円市場のボラティリティーの高まりを踏まえると、当面、米国の景気指標やインフレ指標が上振れる場合には、円安が進行するリスクがあります。ただ、直近における米国の各種経済指標は米国景気が緩やかな減速局面に入りつつあることを示唆しているように思われます。5月15日に公表予定の米CPI指標が市場想定通りにやや落ち着いたものになれば、円安圧力はやや後退するでしょう。年末にかけては、インフレの落ち着きを受けてFRBが利下げを実施し、米国の⻑期⾦利が緩やかに低下する中、日銀が追加的な引き締め措置を実施するのに合わせて、為替市場での円安はストップし、緩やかな円⾼方向に転換するという、これまでの見方を維持します。
木下 智夫
グローバル・マーケット・ ストラテジスト
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MC2024-062
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