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生命のエネルギー通貨ATPをつくる「原始的酵素モデル」を構築


~アミノ酸の種類を減らすことで、進化に埋もれたATP生成機能を発掘~



2026年10月13日

早稲田大学

理化学研究所

自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター



生命のエネルギー通貨ATPをつくる「原始的酵素モデル」を構築



~アミノ酸の種類を減らすことで、進化に埋もれたATP生成機能を発掘~



 



発表のポイント



●原始地球で利用可能だったと考えられるアミノ酸を中心に、12種類の限られたアミノ酸からなる「原始的酵素モデル」を構築しました。



●アミノ酸の種類を減らすことで、生命のエネルギー通貨であるATPをADPからつくる、もとの酵素では見られなかった機能が現れることを発見しました。



●もとの酵素の機能に必須の触媒ヒスチジンを持たないにもかかわらず、活性部位の再配置により、従来とは異なるATP生成の仕組みが生じた可能性を示しました。



●本成果は、生命初期のエネルギー変換がどのように始まったのかを考える新しい手がかりとなり、進化に埋もれた酵素機能の発掘や人工酵素設計にも新たな可能性を示します。



 



現代のタンパク質や酵素は20種類のアミノ酸※1からつくられています。しかし、生命が誕生した初期の地球では、現在ほど多様なアミノ酸を自由に使えなかった可能性があります。早稲田大学人間科学学術院の赤沼 哲史(あかぬま さとし)教授、八木 創太(やぎ そうた)講師と理化学研究所生命医科学研究センターの田上 俊輔(たがみ しゅんすけ)チームディレクター、Subrata Dasgupta研究員らの研究グループは、現代の酵素よりも少ない種類のアミノ酸から原始的な酵素を作製し、その機能を詳しく調べました。その結果、アミノ酸の種類を減らした酵素が、もとの酵素にはない仕組みでATP※2をつくる反応を触媒できることを発見しました。ATPは生命活動に必要なエネルギーを受け渡しする中心的な分子であり、「生命のエネルギー通貨」とも呼ばれます。今回の成果は、アミノ酸組成が大きく制限された酵素であってもATP生成を担えた可能性を示しました。さらに、アミノ酸組成を制約することで、進化の過程で失われた古い機能や別の機能が発掘されることを示唆しています。この研究成果は、生命初期のエネルギー変換の起源を考える上で重要な手がかりとなるだけでなく、タンパク質・酵素進化や人工酵素設計にも新たな視点を与えることが期待されます。



本研究成果は2026年10月10日(土)に『Angewandte Chemie International Edition』に掲載されました。



 



キーワード:



生命のエネルギー通貨、ATP、原始的酵素モデル、アミノ酸、ATP生成機能、エネルギー変換、進化、人工酵素設計



 



(1)これまでの研究で分かっていたこと



すべての生物は、生命活動を維持するためにエネルギーを必要とします。その中心的な役割を担う分子がATPです。ATPは、地球上のすべての生物に共通する、細胞内の様々な反応を動かすためのエネルギー源であることから「生命のエネルギー通貨」と呼ばれています。現代の生物では、ATPは高度に進化した酵素群によって効率よくつくられ、利用されています。しかし、生命が誕生した初期の地球では、現在のように複雑なタンパク質や高度な触媒システムが存在していたとは考えにくく、ATPのようなエネルギー分子がどのようにつくられ、生命活動に利用され始めたのかは大きな謎でした。



現代のタンパク質や、化学反応を促進する触媒活性をもったタンパク質である酵素は20種類のアミノ酸から構成されています。一方、原始地球上で利用できたアミノ酸の種類は、現在よりも限られていた可能性があります。一般には、アミノ酸の種類を減らすと酵素の機能は低下すると考えられています。本研究グループはこれまで、祖先配列再構成※3を用いて、過去に存在したと考えられるタンパク質や酵素を実験室内で再現し、その性質を調べてきました。本研究では、生命初期に近いアミノ酸種類を減らした酵素でもATP生成に関わる酵素機能が実現するか調べました。



 



(2)今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した⼿法



今回の研究で最も重要な発見は、限られた種類のアミノ酸からつくられた酵素が、生命のエネルギー通貨であるATPをADPからつくる反応を触媒できたことです。ATPは生命活動に必要なエネルギーを受け渡しする中心的な分子であり、ADPはATPがエネルギーを放出した後に生じる分子です。現代の生物では、ADPからATPを再生する仕組みが生命活動を支えています。しかし、生命初期にこのようなATP生成反応がどのように始まったのかはよく分かっていません。本研究グループは、ヌクレオシド二リン酸キナーゼ(NDK)と呼ばれる酵素の祖先型をもとに、原始地球上で存在した可能性がある10種類のアミノ酸に、リジンとアルギニンを加えた限定的なアミノ酸セットからArc1-12KR を作製しました。この酵素の機能を詳しく調べたところ、Arc1-12KRは通常のNDKが触媒するATPやGTPなどの高エネルギー分子からADPなどへリン酸基を受け渡す反応ではなく、2分子のADPからATPとAMPを生成する反応を触媒することが分かりました(図1)。このATP生成機能は、もとのNDKでは検出されず、アミノ酸の種類を制限したことで新たに現れた機能でした。つまり、アミノ酸の種類を減らすことで、反応の種類そのものが変化したと考えられます。



 



【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202610127687-O4-QAl5xqzK】



図1:アミノ酸組成の制約によるATP生成反応※4の切り替え。20種類のアミノ酸からなる現代型のヌクレオシドニリン酸キナーゼ※5は、ヒスチジンを使ってヌクレオシド三リン酸(例:GTP)とヌクレオシド二リン酸(例:ADP※6)の間でリン酸基を受け渡します。これに対して、アミノ酸の種類を12種類に制限した酵素モデルArc1-12KRでは、ヒスチジンがないにもかかわらず、2分子のADPからATPとAMPをつくる別の機能が現れました。これは、アミノ酸組成の制約によって、酵素反応の仕組みが変わったことを示しています。



 



通常のNDKが触媒する反応では、酵素の中にある触媒ヒスチジンというアミノ酸が一時的にリン酸化されることが重要です。ところが、Arc1-12KR にはヒスチジンが存在していません。そこで、Arc1-12KRの立体構造をX線結晶構造解析※7と分子動力学シミュレーション※8により調べました。その結果、NDKに特徴的な基本構造は維持していました。また、活性部位周辺には触媒ヒスチジンが存在しないかわりに、アスパラギン酸、アルギニン、マグネシウムイオンが配置されていました(図2)。反応速度論解析、ドッキングシミュレーション※9/分子動力学シミュレーション、変異体解析からは、2分子のADPが活性部位周辺に収容され、アスパラギン酸、アルギニン、マグネシウムイオンがATP生成反応に重要な役割を果たす可能性が示されました(図3)。これらの結果は、通常のNDKに見られる触媒ヒスチジンを介した仕組みではなく、ADP同士の間でリン酸基が直接受け渡されるような、異なる触媒機構が働いている可能性を示しています。



 



【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202610127687-O5-mnIJ2FOU】



図2:Arc1-12KRの活性部位モデルと現代型NDKの活性部位構造の比較。左は本研究で作製したArc1-12KRのモデル構造、右は好熱性古細菌 Pyrococcus horikoshii OT3由来NDKの結晶構造を示します。現代型NDKでは触媒ヒスチジン(His124)がリン酸基転移に必須な役割を果たしますが、Arc1-12KRではこのヒスチジンがアスパラギン酸(Asp115)に置き換わっており、アスパラギン酸、アルギニン、マグネシウムイオンがADP周辺に配置されています。



 



【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202610127687-O6-XaW9R44W】



図3:2分子のADPを結合したArc1-12KRの活性部位周辺の構造モデル。ドッキングシミュレーションと分子動力学シミュレーションにより、2分子のADPが活性部位周辺に同時に結合可能であることが示されました。アスパラギン酸、アルギニン、マグネシウムイオンがADPのリン酸基周辺に配置され、2分子のADP間でリン酸基が直接転移する可能性が考えられます。破線は、リン酸基が転移する位置関係を示します。



 



この研究結果は、生命初期にATPをつくる仕組みの起源を考える手がかりにもなります。現在の生物では、アデニル酸キナーゼ、NDK、ATP合成酵素などによってATPはつくられます。しかし、生命初期には、現在のような20種類のアミノ酸から構成される高性能な酵素は誕生していなかったと考えられます。これまでにも、より単純なP-loop様ペプチドがADPからATPをつくる反応を示すことが報告されていました。本研究で作製したArc1-12KRは、それよりも酵素らしい立体構造を持ちながら、限られた種類のアミノ酸だけで、P-loop様ペプチドと比べて7500倍の効率でATP生成反応を触媒できることを示しました(図4)。この結果は、生命初期において、単純なペプチドから現代型酵素へとつながる過程にも、限られたアミノ酸からつくられた酵素によるATP生成の仕組みが存在したことを示唆しています。



これらの結果から、アミノ酸の種類を減らすことで単に酵素機能が低下するだけではなく、活性部位の構成を変化させ、反応の種類や触媒の仕組みまでも変えてしまったことが明らかになりました。本研究は、進化の過程で失われた原始的なATP生成機能が、アミノ酸組成を制約することで発掘された可能性を示すものです。



 



【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202610127687-O7-0Ao70lTO】



図4:原始的および現代のATP生成に関わる酵素システムの関係図。生命初期には、利用できるアミノ酸の種類が現在よりも限られていた可能性があります。単純なP-loop様ペプチドが2分子のADPからATPとAMPをつくる反応を触媒することは報告されていましたが、本研究で作製したArc1-12KRのような酵素モデルも、同じ反応をより高い効率で触媒できることが示されました。現代の生物では、アデニル酸キナーゼ、NDK、ATP合成酵素など、より高度に進化した酵素がATPの生成を担っています。



 



(3)研究の波及効果や社会的影響



本研究は、生命初期のエネルギー変換がどのように始まったのかを考えるための、新しい実験的な手がかりとなります。ATPは現代の生命にとって不可欠な分子ですが、20種類のアミノ酸からつくられる複雑な現代型酵素が誕生する以前にどのようにATPが生成されていたのかは未解明でした。今回、限られたアミノ酸セットからなる酵素でもATP生成反応を触媒できることが示されたことで、初期生命におけるエネルギー利用の起源を考えるための新しいモデルが得られました。また、本成果は、酵素進化に関する新しい見方も示しています。従来、アミノ酸の種類を減らすことは、酵素機能を単純に低下させると考えられがちでした。しかし本研究では、アミノ酸の種類を制限することで、もとの酵素には見られなかったATP生成機能が現れました。このことは、進化の過程で失われた機能や、現代型酵素とは異なる触媒機能が、アミノ酸組成を変えることで顕在化する可能性を示しています。



この考え方は、生命の起源に関する研究だけでなく、人工酵素の設計やタンパク質工学にも応用できる可能性があります。アミノ酸の種類をあえて制限することで、これまで見つからなかった新しい反応や機能を持つ酵素を探索できる可能性があり、今後、検討していく必要があります。



 



(4)課題、今後の展望



今後は、Arc1-12KR がATPを生成する詳細な反応機構を明らかにする必要があります。特に、2分子のADPがどのように酵素に結合し、どのようにリン酸基の転移が起こるのかを、構造解析や反応中間体の検出などによって詳しく調べることが重要となります。また、本研究ではNDKをもとにした1つの酵素モデルを解析しましたが、他の酵素を用いて、同様にアミノ酸の種類を減らすことで隠れた機能が現れるのかを調べる必要があります。さらに、今回見つかったATP生成反応が、ATPを利用する代謝ネットワークの中でも実際に他の代謝系酵素と協同的に機能するかを検証することで、生命初期のエネルギー変換ネットワークの再現に向けた実験系を構築できると期待されます。



 



(5)研究者のコメント



生命活動にとってATPは欠かせない分子ですが、生命の初期段階でATPをつくる仕組みがどのように生まれたのかは大きな謎です。今回、過去の研究で復元した祖先型酵素のアミノ酸組成を制約することで、もとの酵素にはなかった新しいATP生成反応が見られました。さらに驚いたことに、この新しい酵素活性は、もとの反応機構とはまったく異なる仕組みで実現している可能性が高いことも分かりました。今後は、この原始的なATPの酵素生成モデルを発展させ、生命初期のエネルギー変換がどのように誕生したのかを明らかにしていきたいと考えています。



 



(6)用語解説



※1 アミノ酸:



タンパク質を構成する基本単位です。現代の生物は主に20種類のL-アミノ酸を使ってタンパク質をつくっていますが、生命が誕生した初期の地球では、利用できるアミノ酸の種類が現在よりも限られていた可能性があります。本研究では、そのような初期地球の条件を考える手がかりとして、使用するアミノ酸の種類を制限した酵素を作製しました。



※2 ATP:



アデノシン三リン酸の略称。地球上のすべての現存生物の細胞内でエネルギーの受け渡しに使われる分子であり、「生命のエネルギー通貨」とも呼ばれます。



※3 祖先配列再構成(Ancestral Sequence Reconstruction, ASR)技術:



進化の道筋を表した分子系統樹と遺伝子工学・タンパク質工学の技術を組み合わせることによって、過去に存在したが現在は既に消失したと想定される遺伝子やタンパク質(酵素)の塩基配列、アミノ酸配列を推定し、再現する方法。現存する生物の遺伝情報やアミノ酸配列を比較し、共通の祖先が持っていたと考えられる配列を計算で推定します。この技術を用いることで、進化の過程を実験的に再現したり、古代生物の性質を調べたりすることができます。



※4 ATP生成反応:



生命活動に必要なエネルギー分子であるATPがつくられる反応です。本研究では、2分子のADPからATPとAMPが生成するADP不均化と呼ばれる反応に注目しました。これは、一つのADPからもう一つのADPへリン酸基が受け渡されることで、ATPとAMPがつくられる反応です。



※5 ヌクレオシドニリン酸キナーゼ(NDK):



ほぼすべての現存地球生物が持つ酵素で、ATPやGTPなどのヌクレオシド三リン酸の末端のリン酸基を、ADPなどのヌクレオシド二リン酸に受け渡す反応を触媒します。現代のNDKでは、触媒ヒスチジンと呼ばれるアミノ酸残基が反応に重要な役割を果たします。



※6 ADP:



アデノシン二リン酸の略称です。AMPはアデノシン一リン酸と略されます。ATP、ADP、AMPはリン酸基の数が異なる分子で、細胞内のエネルギー変換に深く関わっています。



※7 X線結晶構造解析:



タンパク質の立体構造を原子レベルで調べるための解析手法です。精製したタンパク質を規則正しく並んだ結晶にし、そこにX線を照射すると、タンパク質を構成する原子による回折像が得られます。この回折パターンを解析することで、タンパク質中の原子の位置を推定し、酵素の全体構造や局所的な形を明らかにすることができます。この手法は、酵素がどのような立体構造を持ち、基質や金属イオンとどのように結合するのかを理解するために広く用いられています。



※8 分子動力学シミュレーション:



コンピュータを用いて原子や分子の動きを再現する計算手法です。原子や分子は常に運動しており、その動きをニュートンの運動方程式に基づいてシミュレーションすることで、タンパク質の構造変化や分子間の相互作用を解析できます。この手法は、実験では観測が難しい原子レベルの動的な現象を予測するために活用されています。本研究では、ADP分子が活性部位周辺に安定に収容されるか確かめるために用いました。



※9 ドッキングシミュレーション:



タンパク質の立体構造に、基質などの分子をコンピュータ上で当てはめ、どの場所にどの向きで結合するかを予測する方法です。活性部位における基質の配置を考える手がかりとなります。本研究では、分子動力学シミュレーションを行う際のADPの初期配置を決めるために用いました。



 



(7)論文情報



雑誌名:Angewandte Chemie International Edition



論文名:Switching ATP-Forming Phosphoryl-Transfer Chemistry with a Restricted Set of Amino Acids



執筆者名(所属機関名):八木 創太(早稲田大学、理化学研究所)、Subrata Dasgupta(理化学研究所)、田上 俊輔(理化学研究所)、*赤沼 哲史(早稲田大学)



掲載日時(日本時間):2026年10月10日(土)(オンライン掲載)



掲載URL:https://doi.org/10.1002/anie.2166480



DOI:10.1002/anie.2166480



 



(7)研究助成



研究費名:科学研究費補助金 挑戦的研究(萌芽) 19K21903



研究課題名:原始環境に存在したと推定されるアミノ酸のみで発現可能なタンパク質機能の探索



研究代表者名(所属機関名):赤沼 哲史(早稲田大学)



 



研究費名:科学研究費補助金 基盤研究(B) 21H01200、23K20903



研究課題名:全生物の共通祖先から遡る原始タンパク質のアミノ酸組成の探求



研究代表者名(所属機関名):赤沼 哲史(早稲田大学)



 



研究費名:科学研究費補助金 基盤研究(B) 26K00825



研究課題名:プレバイオティックアミノ酸と環境因子による原始タンパク質の構造形成と機能創発



研究代表者名(所属機関名):赤沼 哲史(早稲田大学)



 



研究費名:自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター サテライトAB022003



研究課題名:タンパク質の起源に纏わる「鶏と卵のパラドックス」の解決による地球と宇宙での生命誕生場の推定



研究代表者名(所属機関名):赤沼 哲史(早稲田大学)



 



研究費名:自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター プロジェクト研究AB031007



研究課題名:隕石中のアミノ酸組成を持つタンパク質の再構成



研究代表者名(所属機関名):赤沼 哲史(早稲田大学)



研究費名:自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター プロジェクト研究 AB0609



研究課題名:宇宙にありそうなアミノ酸から触媒活性を持つ酵素をつくる



研究代表者名(所属機関名):赤沼 哲史(早稲田大学)



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