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高い心肺体力が遺伝的要因による乳がん発症リスク上昇を抑える可能性


2026年10月14日

早稲田大学



高い心肺体力が遺伝的要因による乳がん発症リスク上昇を抑える可能性



【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102172/202610097636/_prw_PT1fl_3strKeKz.png】



早稲田大学スポーツ科学学術院の谷澤 薫平(たにさわ くんぺい)准教授、渡邉 大輝(わたなべ だいき)招聘研究員、西安交通大学(中国)の孫暁敏准教授らの研究グループは、英国の大規模バイオバンク「UK Biobank」※1に登録された閉経後女性15,199名のデータを用い、心肺体力※2が高い閉経後女性では、遺伝的要因による乳がん発症リスクの上昇が小さいことを明らかにしました。本研究成果は『Medicine &Science in Sports &Exercise』(論文名:Cardiorespiratory fitness, polygenic risk, and breast cancer in postmenopausal women: a prospective cohort study)にて、2026年10月6日(火)にオンラインで掲載されました。



 



(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)



乳がんは女性において世界で最も多く診断されるがんであり、その発症には生活習慣、肥満、生殖・ホルモン関連因子など、さまざまな要因が関与しています。また、乳がんには遺伝的要因も強く関与しており、ゲノムワイド関連解析※3により乳がん発症と関連する多数の遺伝子多型が同定されています。近年では、これら多数の遺伝子多型の影響を統合した多遺伝子リスクスコア(polygenic risk score:PRS)※4を用いることで、個人の遺伝的な乳がん発症リスクを評価できるようになってきました。



一方、心肺体力は、全身持久力とも呼ばれ、運動時に酸素を取り込み、全身に運搬し、利用する能力です。心肺体力は習慣的な身体活動・運動の影響を受けるとともに、心臓や肺など複数の臓器・生理機能を反映します。これまでに行われた前向きコホート研究※5により、心肺体力が高い人ほど乳がん発症リスクが低いことが報告されています。



 



(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと



遺伝的要因や心肺体力が乳がん発症リスクと関連することは明らかにされていますが、これらを同時に評価し、その組み合わせと将来の乳がん発症との関連を検討した研究はこれまで行われてきませんでした。そのため、「心肺体力の高さによって、遺伝的要因と乳がん発症との関連が異なるか?」といった、乳がん発症に対する心肺体力と遺伝的要因の交互作用※6は十分に理解されていません。



そこで研究チームは、英国の大規模バイオバンク「UK Biobank」のデータを用いた前向きコホート研究を行い、心肺体力と乳がんの遺伝的リスクの組み合わせが、乳がん発症とどのように関連するかを検討しました。乳がんの発症には女性ホルモンや生殖に関連する要因が深く関わっており、そのリスク構造は閉経前後で異なる可能性があるため、本研究では対象を閉経後女性15,199名に限定しました。心肺体力は、自転車エルゴメーターを用いた最大下運動負荷試験から推定した最大酸素摂取量(VO₂max)によって評価しました。また、乳がんに関連する多数の遺伝子多型の影響を統合したPRSを用いて、乳がんの遺伝的リスクを評価しました。



10.7年間の追跡期間中に547名が乳がんを発症しました。まず、心肺体力および乳がんPRSと乳がん発症との関連を個別に解析したところ、PRSが高いほど乳がん発症リスクが有意に高く、PRSが最も低い群(下位4分の1)を基準とすると、最も高い群(上位4分の1)の乳がん発症リスクは4.27倍でした。一方、心肺体力が高いほど乳がん発症リスクが有意に低く、心肺体力が最も高い群(上位4分の1)では、最も低い群(下位4分の1)と比較して乳がん発症リスクが約28%低いという結果が得られました。



さらに、乳がんPRSと心肺体力を組み合わせた解析を行いました。PRSが低〜中程度かつ心肺体力が低〜中程度の群を基準とすると、PRSが高く心肺体力が低〜中程度の群では乳がん発症リスクが2.59倍でした。一方、PRSが高くかつ心肺体力が高い群の乳がん発症リスクは1.64倍でした(図)。また、加法的交互作用を評価したところ、有意な交互作用が認められ、心肺体力が高い女性では、高PRSに伴う乳がん発症リスクの上昇が小さいことが示されました。この関連は60歳以上の女性で明確に認められ、PRSが高く心肺体力が低〜中程度の群では乳がん発症リスクが2.66倍であったのに対し、PRSが高くかつ心肺体力が高い群の乳がん発症リスクは1.30倍であり、後者では統計学的に有意なリスク上昇は認められませんでした。一方、40〜59歳の女性ではこのような関連は認められませんでした(図)。なお、乗法的交互作用は統計学的に有意ではありませんでした。



 



【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202610097636-O1-h0L80KRA】



 



(3)研究の波及効果や社会的影響



本研究の結果は、心肺体力が高い閉経後女性では、遺伝的要因による乳がん発症リスクの上昇が弱まる可能性を示しています。近年、PRSを用いた疾患リスクの層別化や個別化予防への関心が高まっています。本研究成果は、乳がんの遺伝的リスクを評価するだけでなく、心肺体力などの修正可能な要因を組み合わせることで、将来的には個人のリスクに応じた予防戦略を検討できる可能性を示すものです。



ただし、本研究から「身体活動・運動によって遺伝的な乳がん発症リスクを打ち消せる」と結論づけることはできません。心肺体力には身体活動・運動だけでなく、遺伝的要因やその他の生理学的要因も影響するため、心肺体力が高い人が、乳がん発症リスク低下に関連する他の特性も有している可能性を否定できません。また、本研究は観察研究であるため、心肺体力を高めることが乳がん発症を減少させるという因果関係を直接証明したものではありません。



 



(4)今後の課題



 本研究にはいくつかの課題があります。心肺体力の指標として用いたVO2maxは、最大下運動負荷試験から推定したものであり、呼気ガス分析による直接測定法と比較して精度が劣ります。心肺体力と乳がん発症との関連および遺伝的要因との交互作用をより正確に理解するため、より精度高く評価した心肺体力と乳がん発症との関連を明らかにする必要があります。また、心肺体力の評価は研究開始時の1回のみであり、その後の変化は評価できていません。今後、心肺体力を繰り返し測定し、心肺体力の経時的な変化とその後の乳がん発症との関連を検討することで、心肺体力と乳がん発症との因果関係について、さらに検証を進める必要があります。さらに、本研究の対象者はヨーロッパ系の遺伝的祖先を持ち、自己申告上イギリスの白人に分類された女性に限られているため、他の人種・民族集団に同じ結果が当てはまるかは分かりません。今後、異なる集団を対象とした大規模前向きコホート研究による再現性の検証が必要となります。



 



(5)研究者のコメント



■早稲田大学スポーツ科学学術院 谷澤 薫平 准教授



乳がんの発症には遺伝的要因が関係しており、生まれ持った遺伝的リスクそのものを変えることはできません。一方、今回の研究では、遺伝的に乳がんのリスクが高い閉経後女性においても、高い心肺体力を有する人では、乳がん発症リスクの上昇が小さいことが示されました。今回の結果は、遺伝的リスクが高いことが必ずしも将来の乳がん発症を決定するものではなく、修正可能な要因に目を向けることの重要性を示す知見だと考えています。今後さらに研究を重ね、遺伝情報と生活習慣・体力の両方を考慮した個別化予防につなげていきたいと考えています。



 



(6)用語解説



※1 UK Biobank



英国で約50万人を対象に、遺伝情報、生活習慣、身体測定値、疾患情報などを長期的に収集している大規模バイオバンクです。本研究では、このうち解析条件を満たした閉経後女性15,199名を対象としました。



 



※2 心肺体力(cardiorespiratory fitness:CRF)



運動時に酸素を体内に取り込み、全身に運搬して利用する能力を反映する体力指標です。心臓、肺、血管、骨格筋などの機能を総合的に反映し、最大酸素摂取量(VO₂max)などによって評価されます。



 



※3 ゲノムワイド関連解析



ヒトゲノム全体をカバーする数十万〜数百万のSNPと疾患・形質との関連を網羅的に検討する遺伝統計解析手法です。



 



※4 多遺伝子リスクスコア(polygenic risk score:PRS)



疾患や形質に関連する多数の遺伝子多型の影響を統合し、個人の遺伝的リスクを数値化した指標です。本研究ではUK Biobankで利用可能な乳がんPRSを用いました。



 



※5 前向きコホート研究



研究開始時に疾患のない集団について、ある要因への曝露や身体特性などを評価した後、一定期間追跡し、その要因への曝露状況とその後の疾患発症との関連を検討する観察研究です。



 



※6 交互作用



交互作用とは、2つの要因が同時に存在するときの疾患リスクが、それぞれの要因から予想されるリスクと異なるかを評価する考え方です。交互作用には「乗法的交互作用」と「加法的交互作用」という2つの評価方法があります。乗法的交互作用では、2つの要因が重なったときのリスクが、それぞれの要因によるリスクを「掛け合わせた」場合に予想される大きさと異なるかを評価します。一方、加法的交互作用では、2つの要因が重なったときのリスクの増加分が、それぞれの要因によるリスクの増加分を「足し合わせた」場合に予想される大きさと異なるかを評価します。本研究では、心肺体力と乳がんの遺伝的リスクについて両方の尺度で交互作用を評価しました。その結果、乗法的交互作用は統計学的に有意ではありませんでしたが、加法的交互作用では有意な交互作用が認められ、心肺体力が高い女性では、遺伝的要因による乳がん発症リスクの上昇が小さいことが示されました。加法的交互作用は、2つの要因が重なった場合のリスクの上乗せに着目するため、公衆衛生的な観点から重要な指標とされています。



 



(7)論文情報



雑誌名:Medicine &Science in Sports &Exercise



論文名:Cardiorespiratory fitness, polygenic risk, and breast cancer in postmenopausal women: a prospective cohort study



執筆者名(所属機関名):



谷澤 薫平(早稲田大学スポーツ科学学術院)



渡邉 大輝(早稲田大学スポーツ科学研究センター, 国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所)



李 倩(西安交通大学第一附属医院)



樊 夏玥(西安交通大学第一附属医院)



孫 暁敏(西安交通大学)



掲載日時:2026年10月6日(火)(オンライン掲載)



掲載URL:



https://www.ovid.com/jnls/acsm-msse/fulltext/10.1249/mss.0000000000004164~cardiorespiratory-fitness-polygenic-risk-and-breast-cancer



DOI:10.1249/MSS.0000000000004164



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