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「子どもをつくれないオス」がいるとき、メスはどうするのか?


複数のオスと交尾する「保険」が進化する可能性を実験で示唆



2026年10月5日

岡山大学

東京大学

岐阜大学

香川大学



「子どもをつくれないオス」がいるとき、メスはどうするのか? ― 複数のオスと交尾する「保険」が進化する可能性を実験で示唆 ―



 



 



◆発表のポイント



・動物の集団には、さまざまな理由で繁殖能力をもたないオスが存在します。メスが不妊のオスとだけ交尾した場合、子孫を残すことができません。このような繁殖上のリスクに対して、メスは不妊のオスを見分けて交尾を避けるのでしょうか。それとも、複数のオスと交尾することで、「すべての交尾相手が不妊だった」という最悪の事態を避けるのでしょうか。



・私たちはコクヌストモドキ 1) を用いて、この問いを15世代以上にわたる実験進化 2) によって検証しました。オスの半数が不妊という環境を人工的につくり、その環境でメスを進化させたのです。



・その結果、不妊オスが存在する環境で進化したメスでは、複数のオスと交尾する程度が対照群より一貫して高い傾向が見られました。



・統計的には明確な進化を確認するには至りませんでしたが、この結果は、メスが相手を見分けることができない場合、「一匹のオスにすべてを賭けない」という戦略によって繁殖失敗のリスクを分散する可能性を示しています。つまり昆虫のメスは、オス選びに「保険」をかけているのです。



 



 



 岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域の宮竹貴久教授と岡山大学大学院環境生命自然科学研究科の大学院生らは、東京大学大学院総合文化研究科の松村健太郎助教・岐阜大学応用生物科学部の日室千尋准教授・香川大学農学部応用生物科学科の安井行雄教授・沖縄県との共同研究で、複数のオスと交尾することで、繁殖に失敗するリスクを減らす「ベットヘッジ型の多回交尾」3)4)という仮説を、コクヌストモドキを用いた実験進化によって検証しました。研究では、繁殖能力を完全には失わせない程度の放射線を照射したオスと、放射線を照射していないオスを1対1の割合で同居させ、その環境でメスを15世代以上にわたって飼育しました。その結果、不妊となったオスとともに進化した系統のメスは、不妊のオスとの交尾を避けるようにはならず、不妊のオスと交尾した場合には繁殖成功が低下しました。一方で、対照群と比べて、これらのメスはより多くのオスと交尾する傾向を示しました。この研究成果は10月5日午前9時(日本時間)、SpringerのJournal of Ethologyにオンライン掲載されました。



 



 



◆研究者からのひとこと



本研究の着想を得たのは私が害虫を不妊化法で根絶させる事業に参画していた時で、1995年頃です。30余年の時を経て研究材料も変えて、やっと論文として公表することができて感慨もひとしおです。着想から約30年、長かったです。あきらめず、研究を続けることができて良かったです。(宮竹教授)



 



 



■発表内容



<現状>



 動物のオスは、必ずしも毎回交尾に成功するわけではありません。遺伝的な要因、病気やけがによる生殖器の損傷、精子の一時的な枯渇など、さまざまな理由によってオスは交尾に失敗します。先行研究では、30種の昆虫における1回の交尾が結果的に受精に繋がらなかった確率は0~63%、中央値は22%と報告されています。今回の実験では放射線照射により恒久的な不妊を誘導していますが、もし集団の20%のオスが不妊だった場合、1匹のオスとしか交尾しないメスが繁殖に完全に失敗する確率は0.2³ = 0.8%と25分の1に劇的に低下します。つまり、相手のオスが繁殖可能かどうか分からない場合、「何らかの手掛かりで不妊オスを識別し排除する」ことよりも、「相手かまわず複数のオスと交尾してリスクを分散する」ことがはるかに低コストで実現できる可能性があります。このような戦略は、進化生物学では「ベットヘッジ」と呼ばれます。



 



<研究成果の内容>



 まず私たちが調べたのは、メスが不妊オスを見分けて交尾を避けるようになったかどうかです。その結果、不妊オスが存在する環境で15世代以上進化したメスは、不妊オスを明確に避けるようにはなりませんでした。また、交尾後に不妊オスの精子を選択的に利用しない能力が進化したことを示す明確な証拠も得られませんでした。つまり、今回の実験では、メスは「不妊オスを見破る能力」を明確には進化させなかったのです。



 次に私たちは、メスが不妊オスを見分けられないのであれば、複数のオスと交尾することでリスクを分散する可能性を調べました。主要な統計解析では、不妊オスが存在する環境で進化したメスと対照群の間に、多回交尾の程度の統計的に有意な差は確認されませんでした。しかし、複数の解析を比較すると、不妊オスが存在する環境で進化したメスでは、対照群より多くのオスと交尾する傾向が一貫してみられました(図)。このため、今回の結果は、「多回交尾が進化した」と断定するには十分ではないものの、「相手を見分けられないなら、交尾する相手の数を増やす」という方向への進化的変化が起こり始めている可能性を示しています。



 動物の配偶行動を考えるとき、これまでは「メスはより質の高いオスを選ぶ」という考え方が注目されてきました。しかし現実には、オスの繁殖能力をメスが正確に見抜けるとは限りません。そのようなときに重要なのは、「誰を選ぶか」ではなく、「一匹のオスにすべてを賭けないこと」かもしれません。複数のオスと交尾すれば、その中に繁殖能力をもつオスが含まれる可能性が高くなり、「すべての交尾相手が不妊だった」という完全な繁殖失敗を避けやすくなります。今回の研究は、多回交尾が、単に「より多くの子孫を残すため」の行動ではなく、予測できない繁殖上のリスクに備える「保険」として進化する可能性を示唆しています。



 



【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202610017138-O7-rLA8emM5】



 



 



<社会的な意義>



 今回の研究結果は、農業害虫などの根絶に利用されている不妊虫放飼法を考えるうえでも重要な示唆を与えます。不妊虫放飼法とは、人工的に不妊にしたオスを野外に大量に放ち、野生のメスと交尾させることで、次世代の個体数を減らしていく防除方法です。少なくとも今回の実験の範囲内では、不妊のオスが一定の割合で存在する環境が15世代以上続いても、メスが不妊オスを明確に見分けて交尾を避ける能力が明確に進化することはありませんでした。この結果は、不妊虫放飼法のような環境に置かれても、メスが短期間のうちに不妊オスを「見破る」能力を進化させるとは限らないことを示しています。



 一方で、不妊オスが存在する環境で進化したメスでは、複数のオスと交尾する傾向が見られました。もし野外でも同様の進化的変化が起こるとすれば、不妊オスが多く放たれる環境では、より多くのオスと交尾するメスが増える可能性があります。



 本研究は、害虫を防除・根絶する際には、単に害虫の数を減らすだけでなく、人間が加えた防除の圧力に対して、害虫がどのように進化的に反応する可能性があるのかを考えることも重要であることを示しています。今後、不妊虫放飼法を始めとする害虫防除技術をより効果的に進めるためには、防除によって生じる「進化の力」が害虫の行動や繁殖戦略をどのように変化させるのかを理解していく必要があります。



 



 



■論文情報等



論文名:Experimental evolution of female mating responses to infertile males in Tribolium castaneum



邦題名「コクヌストモドキにおける不妊オスに対するメスの交尾反応の実験進化」



掲載誌:Journal of Ethology (Springer)



著者:Fujii Y, Asano Y, Kori K, Matsumura K, Yasui Y, Himuro C, Nakamoto Y, Sokei Y, Miyatake T



DOI:10.1007/s10164-026-00902-x



URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s10164-026-00902-x



 



 



■研究資金



科学研究費21K19116(挑戦的研究(萌芽)「抵抗性メスの進化と乱婚メス出現の仕組みの解明と対策」2021-07-09 – 2024-03-31



 



 



■補足・用語説明



1)コクヌストモドキ:小麦粉などの貯蔵食品に発生する昆虫。繁殖力が高く、世代交代が比較的早いことから、進化や行動、生殖に関する研究にも広く利用されています。



 



2)実験進化:生物を特定の環境条件のもとで複数世代にわたって飼育し、その過程で起こる進化的な変化を直接調べる研究手法。



 



3)ベットヘッジ(bet-hedging):将来の環境や状況が不確実な場合に、一つの選択肢だけに依存せず、リスクを分散することで、まれに起こる大きな失敗を避ける戦略。



 



4)多回交尾(polyandry):メスが複数のオスと交尾すること。



 



 



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