
1.ポイント
・高温環境に生息する微生物「古細菌」のリボソームRNA(rRNA)と転移RNA(tRNA)のリンカー(つなぎ目部分)に硫黄を含む化学修飾「チオリン酸修飾」が加わっていることを発見し、その修飾がどのようにつくられるか、酵素の働きを含めた分子レベルの仕組みを解明しました。
・この修飾は古細菌が高温環境で生き延びるために欠かせない役割を果たしていることが示唆されました。
・チオリン酸修飾は、RNA医薬を分解されにくくするための人工的な工夫として広く使われてきましたが、本研究により、これと同じ修飾が天然のRNAにも存在することを世界で初めて証明しました。この修飾がつくられる仕組みを解明したことで、RNA医薬を狙った形(立体構造)で効率よく合成するための新しい技術につながることが期待されます。
2.概要
東京都立大学大学院理学研究科の延優子特任研究員と田岡万悟准教授は、古細菌のrRNAとtRNAにおいて、隣り合うヌクレオシド同士をつなぐ「リン酸リンカー」という部分に、特定の立体構造を持つ硫黄の修飾(チオリン酸修飾リンカー)が存在することを発見しました。本研究には、ワイツマン研究所(イスラエル)、コロラド州立大学(米国)、クリスティアン・アルブレヒト大学(ドイツ)、バージニア工科大学(米国)、テルアビブ大学(イスラエル)、レーゲンスブルク大学(ドイツ)、ストラスブール大学(フランス)、ヤギェウォ大学(ポーランド)、ウィーン獣医科大学(オーストリア)、国立がん研究所(米国)、ウィーン医科大学(オーストリア)が参加しています。
rRNAのチオリン酸修飾リンカーは、メッセンジャーRNA(mRNA)の遺伝暗号を読み取る部分や、タンパク質を合成する中心的な反応(ペプチド転移反応、注1)が起こる部位に集中しており、古細菌が生育する温度によって修飾の量が変化していました。また、tRNAのチオリン酸修飾リンカーは、tRNAの安定性を保つために必要であることも分かりました。
さらに研究グループは、進化的に似た働きを持つと考えられるタンパク質の情報を手がかりに、この立体選択的なチオリン酸修飾を行う2種類の新しい酵素(Esti-AとEsti-B)を突き止めました。これらの酵素の働きが失われると、古細菌が全く生存できなくなったり、高温で増殖が遅くなったりするなど、様々な影響が現れることが分かりました。
本研究成果は、2026年9月18日付け(日本時間)でCell Pressが発行する学術誌「Cell」に掲載されました。なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業25K15441と24K01517、およびTMU GAPファンド(起業活動支援プログラム)の支援を受けて行われました。
3.研究の背景
RNAはアデノシン、グアノシン、シチジン、ウリジンの4種類のヌクレオシドがリン酸を含む「つなぎ目」(リン酸リンカー)を介して鎖状につながった構造を持っています(図1)。これまでにこの基本構造に対して、メチル化やアセチル化、アミノ酸付加など、150種類以上の天然の化学修飾が報告されています。こうした既知の修飾はすべて塩基またはリボースの部分に生じるもので、リン酸リンカーに生じるものはひとつも見つかっていませんでした。2020年にWuらが原核生物や真核生物にチオリン酸修飾リンカーが発見したと報告しましたが(注2)、その後、Kaiserらによってこの報告が否定され(注3)、多くのRNA研究者は「RNAにはチオリン酸修飾リンカーは存在しない」と考えるようになりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202609246495-O1-22erd5u6】
図1 チオリン酸修飾リンカーを持つRNAの化学構造
RNAは、リボースの1'位に塩基(A、U、G、Cのいずれか1つ)が結合したヌクレオシドを基本単位として構成されている。このヌクレオシド同士が3'位と5'位の間でリンカー(通常はリン酸基)によって連結された高分子がRNAである。
一方でチオリン酸修飾リンカーは、RNA医薬において安定性と体内での効きやすさを高める中心的な役割を果たす化学修飾で、mRNA医薬を除くほとんどのRNA医薬に使われている重要な修飾です。
4.研究の詳細
本研究では、古細菌のrRNAおよびtRNAのリン酸リンカー上に硫黄を同定し、天然のRNAにもチオリン酸修飾リンカーが存在することを証明しました(図2)。チオリン酸修飾リンカーはリン原子を中心とした立体構造(鏡合わせの関係にある2種類の形をとる「光学異性体」)を持ちますが、天然の修飾リンカーはすべてR体でした。また、単一のリンカーが見分けられる精度でチオリン酸修飾リンカーを簡便かつ多数の試料から高速に同定し、定量する方法も確立しました。この方法をさまざまな古細菌種に適用したところ、(1)rRNAのペプチド転移反応活性中心の近くにチオリン酸修飾リンカーが存在すること、(2)その量は生育培地中の硫黄の存在に応じて変動すること、(3)一部のチオリン酸修飾リンカーは生育温度の上昇にともなって増加することがわかりました。次に、構造類似タンパク質の進化的な分布を手がかりとして、古細菌のチオリン酸リンカーの合成に欠かせない2つの新規酵素Esti-AとEsti-Bを同定しました。多様な古細菌種においてこれらの酵素が欠損すると、高温で増殖が遅くなるものまで、様々な影響が現れました。特にtRNAのチオリン酸修飾リンカーはtRNAの安定性にとって必要であることが明らかになりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202609246495-O2-BPV6eGXV】
図2 チオリン酸修飾リンカーを持つRNAの化学構造
本研究によってリンカーのリンに結合する4つの酸素原子のうちの1つが硫黄に置換されたチオリン酸リンカーを持つRNAをはじめて発見した。また、このリンカーの酸素-硫黄置換にはEsti-AあるいはEsti-Bと呼ばれる酵素が利用されていることがわかった。
5.研究の意義と波及効果
この発見は、天然のRNAのリンカー部分に生じるチオリン酸修飾とそれをつくる酵素系を初めて明らかにしました。また、この修飾の機能的な特徴についても解析をおこないました。今後の生体内でチオリン酸修飾がどのように働いているのかをさらに詳しく調べるための土台となるとともに、RNA医薬による病気の治療や予防への応用に向けて重要な酵素群を提供しました。薬の効き目をコントロールするうえで重要な役割を果たすチオリン酸修飾リンカーは、RNA医薬の構成成分として欠かすことができない構成要素であるため、RNA医薬の合成では、狙った形(立体構造)だけを選んで作る「立体選択的な合成」が目指されています。ところが、今のところ簡便な方法はまだなく、商業的な合成が難しい状況にあります。この点において、本研究で発見された合成酵素Esti-AとEsti-Bは、今後のRNA医薬合成に役立つことが期待されます。
6.用語解説
注1 ペプチド転移反応活性中心はリボソーム大サブユニットにあり、アミノ酸のカルボキシ基とアミノ基を結合させる反応を触媒する部位である。rRNAによって構成されており、tRNAに結合したペプチド鎖を別のtRNAが持つアミノ酸に結合させる。この結果、ペプチド鎖が伸長し、タンパク質が合成される。
注2 Wuらが2020年に発表した論文(DOI: 10.1021/acschembio.0c00163)で原核生物や真核生物のrRNA中のリンカー部分にチオリン酸修飾を発見し、DNAのチオリン酸修飾に関わる遺伝子群がRNAの修飾にも関与しうると報告した。
注3 Kaiserらが2021年に発表した論文(DOI: 10.1002/anie.202106215)で、質量分析でのRNA修飾解析における陥りがちな落とし穴を指摘し、Wuらが報告したRNA中のチオリン酸修飾の存在に疑義を呈した。
7.論文情報
掲載誌:Cell
タイトル:Discovery of Natural RNA Phosphorothioates and their Writer Machinery
著者:Alexander Maman, Yuko Nobe*, Kristin A. Fluke*, Katrin Weidenbach, Alexandra N. Harte, Brett W. Burkhart, Jakub Nowak, Priyadarshini Mukherjee, Deepak Kumar Choudhary, Anatoly Kustanovich1, Katharina Vogl, Kiall Suazo, Danijela Radovanović, Donna Matzov, Walter Rossmanith, Jordan L. Meier, Moran Shalev-Benami, Dina Grohmann, Kylie D. Allen, Eric Westhof, Sebastian Glatt, Ruth A. Schmitz, Thomas J. Santangelo#, Masato Taoka#, Schraga Schwartz1#(*等貢献、#責任著者)
DOI:10.1016/j.cell.2026.08.034
