神奈川県の在来植物の45%で生育地が減少
神奈川県の在来植物の45%で生育地が減少
市民による長期調査で明らかになった在来植物1,864種の生育地の消失と拡大
研究のポイント
・300人以上の市民ボランティアが関与した約40年間の長期調査データをもとに、神奈川県に生育する在来植物1,864種の生育地点数の増減傾向を明らかにした
・1979年から2017年にかけて、835種で生育地点数が減少し、688種で増加していた
・絶滅危惧種でないにもかかわらず、絶滅危惧種以上の速度で生育地が消失している「潜在的な絶滅危惧種」53種を特定した
研究の概要
九州大学大学院システム生命科学府・博士後期課程夫婦石千尋氏(現:東京大学大学院農学生命科学研究科・特任研究員)、九州大学大学院理学研究院・佐竹暁子教授、神奈川県立生命の星・地球博物館・大西亘主任学芸員、九州オープンユニバーシティ・矢原徹一研究部長らの研究グループは、1979年から2017年にかけて、神奈川県において市民により集められた植物の分布情報をもとに、神奈川県に生育する在来維管束植物1,864種のうち44.8%(835種)でその生育地が減少傾向にあり、36.9%(688種)で増加傾向にあることを明らかにしました。
本研究は、日本において普通種を含む多数の在来植物種を対象に、生育地の長期的な増減傾向を初めて評価しました。また、本研究の成果は、絶滅危惧種だけでなく普通種においても生育地が減少していることを明らかにするとともに、神奈川県以外の地域においても、幅広い植物種の分布情報を集積し、その現状を評価することの重要性を示しています。本論文は、2026年9月16日に国際学術誌「Communications Biology」にオンライン公開されました。
研究の背景
近年、急速な土地利用の変化や気候変動などにより、多くの植物で生育地の消失が進行しています。特に、イギリスやオランダをはじめとするヨーロッパ諸国では、市民ボランティアが主体となり、国内に生育するほとんどの植物種を対象に、その分布を網羅的かつ継続的に調査してきました。こうした長期的な調査データにもとづき、これらの国々では、絶滅危惧種かどうかを問わず、幅広い植物種の現状評価が継続的に行われています。
日本では、1990年代以降、環境省レッドリストや都道府県版レッドリストの改訂を通じて絶滅危惧植物の現状評価は定期的に行われてきました。一方で、広い地域に生育する「普通種」や、絶滅危惧種に指定されていない種については、国および都道府県スケールでの現状評価は行われてきませんでした。
本研究の対象地である神奈川県は、1979〜1987年、1996〜2000年、2013〜2017年という3期間において、県内に生育する維管束植物約3,000種を対象とした分布調査が、市民ボランティアによって実施されてきました。この調査では、神奈川県を市町村などの行政区境界に沿って約110の調査区に分け、各調査区において、それぞれの植物種が生育しているかどうかが調べられました。これにより、神奈川県では、約40年間にわたって県内の植物の分布の変化を比較できる長期的なデータが蓄積されています。
さらに、神奈川県の調査では、対象種が確認された場合、必ず「標本」が作成されました。そのため、記録された植物が本当にその種であったのかを、後から第三者が確認することができます。また、近年のゲノム解析などによって植物の分類が見直された場合にも、作成された標本をもとに、最新の分類に合わせて記録を更新することができます。このように、すべての記録が標本によって裏付けられた長期的な分布データは国際的にも非常に限定的です。
研究の内容と成果
本研究では、在来維管束植物1864種を対象に、1979〜1987年、1996〜2000年、2013〜2017年の3期間について、生育が確認された調査区数の増減傾向を調べました。
その結果、県内の在来植物の45%を占める835種で、生育が確認された調査区数は減少していました。特に減少が顕著だったのは、草原、林縁、畑地など、いわゆる「里山」の構成要素である、人の管理によって維持されてきた二次的な自然環境に生育する種でした。
一方で、県内の在来植物の37%にあたる688種では、生育が確認された調査区数は増加しており、特に常緑樹林に生育する種でその傾向が顕著でした。なかでも、暗く湿った林床に生育する菌従属栄養植物(光合成をせず菌類に寄生する植物)やシダ植物では、その分布が大きく拡大していました。
こうした変化の背景には、かつて薪や炭を得るために人の手によって管理されてきたコナラやクヌギなどで構成される薪炭林が、化石燃料の利用や生活様式の変化によって管理されなくなり、常緑樹林が優占する森林へと遷移してきたことが挙げられます。
さらに本研究では、生育が確認された調査区の減少にもとづき、各種において「生育地の消失率」を算出しました。その結果、絶滅危惧種に指定されていない53種で、生育地の消失率が、神奈川県の絶滅危惧種における消失率の中央値以上であることが明らかになりました。つまり、絶滅危惧種に指定されていない種でも、生育地が急速に減少しているということを示しています。本研究ではこうした種を「潜在的な絶滅危惧種」と定義しました。潜在的な絶滅危惧種には、オミナエシ、ナンバンギセル、メガルカヤ、タムラソウなどの草原に生育する種のほか、ネバリタデやハコネヒヨドリなど、林縁環境に生育する種も含まれていました。
一方で、1,864種全体の消失率は、1979〜1987年の第一回調査から2013〜2017年の第三回調査にかけて有意に低下していました。このことから、神奈川県の在来植物では、生育地の減少が緩やかになっていることがわかりました。ただし、あくまで減少の程度が緩やかになっているだけであり、近年においても生育地の消失が続いていることには注意する必要があります。
今後の展開
草原や畑地などの二次的な自然に生育する種の減少には、こうした環境が国立公園などの従来の保護地域だけでは十分に保全されにくいことが一因となっている可能性があります。現在、環境省により、民間企業の社有林や里地里山、都市の緑地など、さまざまな主体によって適切に管理され、生物多様性が維持されている場所を「自然共生サイト」として認定する取り組みが進められています。その認定や管理においては絶滅危惧種が着目される傾向にありますが、これまで身近に見られた「普通種」の中にも減少している種がある可能性を考慮し、普通種の変化にも目を向けながら、その場所や地域全体の生物多様性が維持されているかを評価していく必要があると考えています。
著者コメント
今回、神奈川県において、普通種から絶滅危惧種まで幅広い植物の現状を評価することができたのは、地域の植物に精通した非職業研究者や市民ボランティアの方々によって、長年にわたり継続的な分布調査が実施されてきたためです。幅広い種においてその長期的な分布の変化に捉えるためには、このような市民と共同した調査が不可欠です。
日本では、多くの都道府県に、地域の植物に精通した市民を中心とする調査グループが存在し、長年にわたって植物の分布情報が蓄積されてきました。今後は神奈川県以外の地域についても蓄積されてきた既存の分布情報を活用し、普通種を含む幅広い植物の現状評価を行いたいと考えています。
同時に、市民主体の調査グループや、その活動を支え、収集された標本の収蔵・管理を担う地域の自然史博物館などに対して、行政や民間による継続的な財政支援を充実させていくことも重要と考えます。これらの活動によって蓄積される分布情報や標本は、環境省および都道府県版レッドリストの作成を支える基礎資料であるとともに、地域の生物多様性の変化を把握し、科学的根拠にもとづく保全施策を検討するための重要な情報基盤となります。こうした基盤を、一部の市民や研究者の活動のみに依存するのではなく、社会全体で継続的に支える仕組みを構築する必要があると考えます。地域の自然を長期にわたって記録し、その変化を捉え続ける体制を維持することは、日本の生物多様性保全を支えるためには不可欠です
論文情報
雑誌名:Communications Biology
論文タイトル:Citizen science reveals patterns of distributional decline and expansion across 1864 native vascular plant species in Kanagawa, Japan
著者:Chihiro Myotoishi, Akiko Satake, Wataru Ohnishi, Tetsukazu Yahara
論文リンク:https://doi.org/10.1038/s42003-026-10929-y
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202609206327-O1-65QKEJ1O】 【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202609206327-O2-1ox6u2Vg】
図:本研究で特定された潜在的な絶滅危惧種の例(左:オミナエシ、右:ナンバンギセル)
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