
岐阜大学
複合スフィンゴ脂質の代謝異常に直面した細胞は、どう生き延びるのか?
本研究のポイント
・ 出芽酵母において複合スフィンゴ脂質の生合成を抑えると、ストレス応答経路であるHOG経路が活性化し、その下流で働くFmp48、Uip4、Mga1の3因子が、HOG経路による細胞保護の一部を担うことを明らかにしました。
・ これらの因子は、複合スフィンゴ脂質代謝の異常そのものを解消するのではなく、異常に伴って生じる二次的な細胞障害を抑えることで、細胞の生存に寄与することを示しました。
・ 複合スフィンゴ脂質の合成障害によって、ミトコンドリア由来の活性酸素種(ROS)が蓄積し、細胞死を引き起こすこと、さらにFmp48を過剰発現させると、ROSの蓄積と細胞死が抑えられることを明らかにしました。
研究概要
岐阜大学応用生物科学部応用生命化学科の谷 元洋教授らの研究グループは、出芽酵母を用いて、複合スフィンゴ脂質の生合成に障害が生じた際に活性化するHOG経路の下流で働く細胞保護因子を探索し、FMP48、UIP4、MGA1という3つの遺伝子を同定しました。重要な点は、これら3因子が、複合スフィンゴ脂質代謝の異常そのものを解消しなかったことです。すなわち、HOG経路は原因となる脂質代謝異常を直接修復するのではなく、異常によって引き起こされる二次的な細胞障害を抑えることで、細胞を保護すると考えられます。さらに、複合スフィンゴ脂質の合成障害によって生じる細胞死には、ミトコンドリア由来の活性酸素種(ROS)が大きく関与することが分かりました。HOG経路はこのROSの蓄積を抑える防御に働き、その下流因子であるFmp48が、ROSの蓄積と細胞死の抑制に関与することを明らかにしました。
本研究は、細胞が脂質代謝異常に直面した際に、「原因となる脂質代謝異常そのものを修復する」だけでなく、「脂質代謝異常から波及する細胞障害を抑える」という別の生存戦略を備えていることを示すものです。膜脂質の恒常性とミトコンドリア機能、ストレス応答経路の連携を理解するうえで、新たな基盤となることが期待されます。
本研究成果は、現地時間2026年9月9日に国際学術誌「Molecular Biology of the Cell」オンライン版に掲載されました。
研究背景
複合スフィンゴ脂質(注1)は、真核細胞の膜を構成する主要な脂質であり、細胞の情報伝達や物質輸送、ストレス応答などにも関与しています。複合スフィンゴ脂質の生合成系や分解系に関わる遺伝子の異常は、遺伝性感覚・自律神経性ニューロパチー1型や若年性筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経疾患、さらにゴーシェ病やファブリー病などのライソゾーム病(注2)を引き起こすことが知られています。一部の疾患では酵素補充療法などが実用化されていますが、根本的な治療法が確立されていない疾患も多く残されています。これらの疾患の病態を理解し、新たな治療法の開発につなげるためには、複合スフィンゴ脂質代謝の異常が、どのように細胞機能障害や細胞死を引き起こすのか、その分子機構を明らかにすることが重要です。それと同時に、細胞が複合スフィンゴ脂質代謝の異常にどのように適応し、生存を維持するのかを理解する必要があります。しかし、複合スフィンゴ脂質代謝の異常に対する細胞の防御機構については、これまで十分に分かっていませんでした。
研究成果
出芽酵母(注3)では、セラミドに親水性頭部であるイノシトールリン酸を付加し、複合スフィンゴ脂質であるイノシトールホスホリルセラミド(IPC)を合成する酵素Aur1が、生育に不可欠です。この酵素をコードするAUR1遺伝子の発現を低下させると、著しい増殖阻害が起こり、さらに細胞死が引き起こされます(図1)。本研究グループはこれまでに、高浸透圧ストレス応答経路(HOG経路)(注4)が活性化することで、AUR1遺伝子の発現低下による増殖阻害と細胞死が軽減されることを明らかにしていました。HOG経路の活性化によって多数の遺伝子の発現が誘導されますが、その中のどの遺伝子が実際に細胞保護を担うのかは分かっていませんでした。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202609115732-O4-2MCTpCQU】
そこで、本研究では、トランスクリプトーム解析(注5)でAUR1遺伝子の発現低下に伴ってHOG経路依存的に発現が上昇する45遺伝子を抽出し、その中からFMP48、UIP4、MGA1という3つの遺伝子を細胞保護因子として同定しました(図2)。これら3遺伝子を同時に欠損させると、AUR1遺伝子の発現低下による増殖阻害と細胞死が増悪し、HOG経路を強制的に活性化させた際の細胞保護増強効果も弱まりました。一方、それぞれの遺伝子を過剰発現させると、増殖阻害と細胞死が軽減されました。ただし、これら3遺伝子を過剰発現させても、AUR1遺伝子の発現低下によって生じた複合スフィンゴ脂質代謝の異常そのものは改善されませんでした。したがって、これらの因子は脂質代謝異常の原因そのものを修復するのではなく、その下流で生じる細胞障害を抑えることで、細胞の生存に寄与すると考えられます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202609115732-O5-kQSoxr90】
次に、AUR1遺伝子の発現を低下させた細胞では、活性酸素種 (ROS)(注6)が著しく蓄積しました。ROSを除去する化合物を加えると細胞死が減少したことから、ROSの蓄積が細胞死に大きく関与することが分かりました。さらに、ミトコンドリア(注7)の電子伝達機能を遺伝学的に低下させると、ROSの蓄積と細胞死がともに大きく減少しました。これにより、スフィンゴ脂質の合成障害時に蓄積するROSの主な発生源がミトコンドリアであることが示されました。また、HOG経路の働きを失わせると、ROSの蓄積はさらに増加しました。一方、Fmp48またはMga1を過剰発現させるとROSの蓄積が低下し、特にFmp48の過剰発現は長時間にわたって細胞死を抑えました。加えて、ミトコンドリアの電子伝達機能を低下させた細胞では、Fmp48を過剰発現させても、細胞死はそれ以上減少しませんでした。このことから、Fmp48による細胞保護の主要部分は、ミトコンドリア依存的なROSの蓄積を抑える仕組みと機能的に重なることが示されました(図3)。
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今後の展開
複合スフィンゴ脂質の代謝異常に関する研究では、これまで、脂質の量や組成の変化がどのように細胞の機能障害や細胞死を引き起こすのかという、障害発生の仕組みに主な関心が向けられてきました。一方、細胞には、脂質代謝に異常が生じても、その影響を抑えて生存を維持するための防御機構が備わっています。本研究は、細胞が複合スフィンゴ脂質代謝の異常そのものを修復できない場合にも、その異常から波及する細胞障害を抑えることで生存を維持するという防御戦略を示しました。
今後は、Fmp48がどのような分子機構を介してミトコンドリア依存的なROSの蓄積を抑えるのかを明らかにするとともに、HOG経路による細胞保護に関わる他の因子についても解析を進めます。また、同様の防御機構が動物細胞にも存在するのかを検証することで、複合スフィンゴ脂質代謝の異常に伴う疾患の病態理解や、脂質代謝異常から波及する細胞障害を抑える新たな方法の開発につながることが期待されます。
用語解説
(注1) 複合スフィンゴ脂質
真核生物の細胞膜を構成する主要な脂質の一つで、細胞膜の構造維持や情報伝達、ストレス応答などに重要な役割を果たす。
(注2) ライソゾーム病
細胞内で不要になった物質を分解するライソゾームの酵素などに遺伝的な異常が生じ、脂質や糖質などが細胞内に蓄積する疾患の総称。
(注3) 出芽酵母
パンや酒の発酵に使われる単細胞の真核生物で、細胞の基本的な仕組みを研究するモデル生物として広く利用されている。
(注4) HOG経路
塩濃度の上昇など、細胞外の環境変化を感知して活性化するストレス応答経路で、遺伝子発現の調節を通して、細胞が環境変化に適応するために働く。
(注5) トランスクリプトーム解析
細胞内でどの遺伝子がどの程度働いているのかを網羅的に調べる解析方法。異なる条件間で遺伝子の発現量を比較することにより、細胞内で起きている変化を明らかにできる。
(注6) 活性酸素種(ROS)
反応性の高い酸素を含む物質の総称で、過剰に蓄積するとタンパク質や脂質、DNAなどを傷つけ、細胞死を引き起こすことがある。
(注7) ミトコンドリア
真核細胞内に存在する細胞小器官の一つで、呼吸によって生命活動に必要なエネルギーをつくる。
論文情報
雑誌名:Molecular Biology of the Cell
論文名:HOG pathway-dependent protection against impaired complex sphingolipid biosynthesis involves Fmp48-mediated suppression of mitochondria-dependent ROS accumulation
著 者:Takatoshi Sudo¶, Risa Sakamoto¶, Kensei Yamanaka, Saki Sugihara, and Motohiro Tani*
¶: equal contribution *: corresponding author
DOI:10.1091/mbc.E26-07-0335
研究支援
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(科研費)(21H02118、23K18009、24K01682)、公益財団法人大隅基礎科学創成財団、および公益財団法人水谷糖質科学振興財団の支援を受けて実施されました。
