
1. ポイント
・日本の地球観測衛星GCOM-C「しきさい」の観測データから推定される全懸濁物質(Total Suspended Matter: TSM)を用いて、沿岸域のブルーカーボン分布を広域的に把握できる可能性を検証しました。
・相模湾と駿河湾を対象に解析した結果、河口から離れるほどTSMが低くなる傾向が両湾で確認されました。
・海草藻場が存在する場所では、周辺の沿岸海域に比べてTSMが有意に高いことが確認されました。
・これらの結果は、TSMが沿岸域においてブルーカーボンに関連する粒子状有機物(注1)(Particulate Organic Matter: POM)の分布を部分的に反映している可能性を示すものです。
2. 概要
海草藻場などの沿岸生態系は、生物的な作用によって大気中の二酸化炭素を吸収・固定・隔離する「ブルーカーボン生態系」として注目されています。ブルーカーボンとして隔離される有機物にはいくつか種類があり、藻場などから海中へ放出・輸送される有機物は重要なソースとなります。一方で、陸域から供給される有機物も一部は藻場や深海に隔離されると考えられています。ブルーカーボン生態系の研究において人工衛星によるリモートセンシングが注目されていますが、これまでの研究の多くは、海草藻場そのものの分布や面積の把握に重点が置かれており、藻場などから海中へ放出・輸送される有機物を広い範囲で把握する方法については十分に検討されていませんでした。本研究では、日本の地球観測衛星GCOM-C「しきさい」に搭載されたSGLI(Second-generation Global Imager)センサのデータから推定される全懸濁物質(Total Suspended Matter: TSM)に着目し、これら藻場などから放出される有機物の広域的な分布推定を試みました。 TSMは、海水中を漂う有機物や土砂などの細かな粒子の量、つまり水の濁り具合を表す指標です。沿岸域ではブルーカーボンのソースとなりうる河川や海草などに由来する粒子状有機物(Particulate Organic Matter: POM)もTSMの構成要素となるため、TSMの分布はPOMの分布を反映している可能性があります。 そこで相模湾と駿河湾を対象として、2023年のGCOM-C「しきさい」の観測から得られたTSMと、河口からの距離および海草藻場の分布との関係を解析しました。その結果、両湾ともに河口からの距離が大きくなるほどTSMが有意に低下しました。同時に、環境省の調査で海草藻場が確認されている場所では、周辺の沿岸海域と比較してTSMが有意に高い値を示しました。これらの結果は、衛星から推定されるTSMが海洋におけるPOMの分布を反映していることを示しています。さらに、海草藻場に由来する有機物や藻場内に捕捉される懸濁物質など、沿岸域におけるブルーカーボン関連物質の分布も部分的に反映している可能性も示しています。本研究は、衛星観測を利用して沿岸域のブルーカーボンを広域的に評価するための、新たなアプローチにつながる成果です。本研究成果は、8月15日付で、ELSEVIERが発行する英文誌『Environmental Advances』上で発表されました。本研究は、CREST「[海洋カーボン]海洋とCO2の関係性解明から拓く海のポテンシャル」の成果です。
3. 研究の背景
海草藻場や海藻藻場をはじめとする沿岸生態系は、二酸化炭素を吸収・固定・隔離する「ブルーカーボン生態系」が近年大きな注目を集めています。ブルーカーボン生態系における炭素隔離には、さまざまなプロセスがありますが、最も単純なプロセスは海草や海藻が生産した有機物が藻場の下に堆積するプロセスです。しかし、海草や海藻が生産した有機物の一部は粒子状有機物として藻場の外へ運ばれます。他方、河川を介して陸域から流入する有機物もあります。これらの浮遊有機物が沿岸域や深海の堆積物に輸送され、隔離されるプロセスも、ブルーカーボンにおける重要な生成プロセスの一つです。しかし、こうした海中を輸送される有機物の分布を、広い海域について継続的に調査することは容易ではありません。さらに、これらの有機物のうち、ブルーカーボンとして隔離されるものは一部と考えられ、単純に有機物が多い場所をブルーカーボン生態系と判断することはできません。人工衛星によるリモートセンシングは、広範囲の海域を繰り返し観測できるという大きな利点があります。さらに特定波長を利用することで、水中を輸送される有機物の分布を把握することも可能です。本研究では、GCOM-C「しきさい」の観測データから推定可能なTSMに着目し、これを沿岸域のブルーカーボン分布を把握するための指標として利用できないかを検討しました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202609075420-O5-92vYeRXu】
図1.海洋において炭素が隔離されるプロセスの概念図(図を生成AI(ChatGPT)にて生成し、著者にて改変)。
4. 研究の詳細
研究対象地域として、太平洋に面する相模湾と駿河湾を選びました。相模湾と駿河湾はいずれも湾として入り組んだ地形をしていること、湾内に藻場が存在していること、湾内が極端に人工改変されていないことから、ブルーカーボン生成のプロセスを検討する上で適していると考えました。まず、GCOM-C/SGLI由来のTSMが粒子状有機物(Particulate Organic Matter: POM)を反映することを確認するため、国土数値情報の河川データと国土地理院の航空写真を用い、それぞれの湾に流入する河川の河口位置を特定しました。一般に河川から流入する水には陸域由来の有機物が含まれており、既往研究においても河口域ではPOMが多いことが示されています。続いて、GCOM-C由来のTSMが藻場から発生あるいは藻場で捕捉されたPOMを反映できるかを検討するため、環境省の自然環境保全基礎調査(注2)における藻場調査データから、藻場の分布データを入手しました。GCOM-C/SGLIによる2023年の観測データからTSMの年間平均値を算出し、「河口からの距離とTSMの関係」および「藻場が確認されている場所と、それ以外の沿岸海域とのTSMの違い」を統計的に検証しました。分析単位は250mグリッド、分析範囲は海岸線から1,500mとしました。
分析の結果、相模湾、駿河湾のいずれにおいても、河口からの距離とTSMとの間に有意な負の関係が確認されました(図2)。つまり、河口に近い海域ほどTSMが高く、河口から離れるにつれて低下する傾向がみられました。河川は陸域由来のPOMを沿岸海域へ供給する主要な経路の一つです。このため、今回確認された距離に伴う減少傾向は、衛星から推定されたTSMが河川から供給されるPOMの空間分布を捉えていることを示唆します。さらに、環境省の調査で藻場が記録されている場所では、相模湾、駿河湾ともに、周辺の沿岸海域よりTSMが有意に高いことが確認されました(図3)。藻場では有機物が生産され、一部はその場で隔離され、一部は周辺海域へPOMとして供給します。また、藻場は周囲から運ばれてきたPOMを捕捉・堆積させる働きも持っています。したがって、藻場で確認された高いTSMは、その場で生育する生物由来の有機物だけでなく、藻場によって捕捉され、将来的に堆積・隔離されうる有機物をも反映していると考えられます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202609075420-O6-Xso12587】
図2.河口からの距離と全懸濁物質 (TSM)値の関係。相模湾、駿河湾いずれも河口から離れるにつれてTSM値が低下する傾向があった。
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図3.湾全体と藻場が確認された場所における懸濁物質 (TSM)値。藻場が確認された場所では調査年代にかかわらずTSM値が高いことが示された。藻場は環境省の自然環境保全基礎調査における藻場調査結果を利用した。なお、過去の調査結果についても、現在も存在している可能性が高い場所として扱った。
5. 研究の意義と波及効果
ブルーカーボンを気候変動対策として適切に評価するためには、ブルーカーボン生態系の「面積」だけでなく、そこで生産された有機物がどこへ運ばれるのか、どこから運ばれて蓄積されるのかを理解する必要があります。これを把握するためには船舶による採水などの現地調査を欠かすことはできません。しかし、現地調査のみで広大な沿岸域を観測することには限界があります。GCOM-Cをはじめとする人工衛星による観測データを利用できれば、従来の現地調査を補完しながら、広範囲の沿岸海域を統一的な方法で評価できる可能性があります。今回の成果は、衛星から推定されるTSMを利用することで、ブルーカーボンに関連する物質の空間分布を簡便かつ広域的に把握する新たな方法につながる可能性を示したものです。将来的には、沿岸域におけるブルーカーボンのモニタリングや、ブルーカーボン生態系の保全・管理、さらには気候変動対策に向けた評価手法への応用が期待されます。
一方、本研究で用いたTSMは、有機物だけでなく無機物も含む指標です。また、植物プランクトンや海底堆積物の再懸濁などによってもTSMは増加します。今回の解析はTSMと粒子状有機物の供給源と考えられる場所との空間的関係を評価したものであり、今回推定されたTSMが実際の粒子状有機物濃度をどの程度反映しているのかを直接検証したものではありません。したがって、TSMが高い場所をそのままブルーカーボン量が多い場所とみなすことはできません。今後、現地で粒子状有機物の濃度や組成を測定し、衛星から推定されるTSMとの関係を検証することが重要です。こうした現地観測と衛星リモートセンシングを組み合わせることで、ブルーカーボンの広域評価をさらに高精度化できることが期待されます。
6. 用語解説
(注1)粒子状有機物(Particulate Organic Matter: POM)
海水や陸水に含まれる微小な団子状の有機物のこと。生物遺骸や破片、プランクトン、バクテリア等が含まれ、海洋において、これらが隔離されるとブルーカーボンとなる。
(注2)自然環境保全基礎調査
環境省が実施している国土全体の自然環境調査で、緑の国勢調査とも呼ばれている。
7. 論文情報
掲載誌:Environmental Advances
タイトル:Satellite-based total suspended matter as an indicator of coastal surface blue-carbon distribution: a case study of two bays in Japan
著者: Takeshi Osawa,Narumasa Tsutsumida,Hideyuki Doi
DOI: https://doi.org/10.1016/j.envadv.2026.100747
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666765726000657
