過渡的パウリ遮蔽効果による広帯域・超高速光スイッチング
2026年2月25日
早稲田大学
過渡的パウリ遮蔽効果による広帯域・超高速光スイッチング ~電子温度制御により新たな光変調機構を発見~
詳細は早稲田大学HPをご覧ください
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102172/202602254520/_prw_PT1fl_S9yWHUiy.png】
近年、非常に強く、しかもきわめて短い時間で光を出すレーザー技術が大きく進展しています。このレーザー技術を固体材料と融合することで、従来にはない機能を有する材料やデバイスの創出が期待されています。例えば、強いレーザー光を照射すると、通常は光を通さない物質が一時的に透明になることがあります。レーザー光を超高速でON/OFF制御すれば、物質の透明・不透明を超高速でスイッチングすることが可能となり、光スイッチや光信号制御などへの応用が期待されます。
早稲田大学理工学術院の賈軍軍(じゃ じゅんじゅん)教授の研究グループは昨年、フェムト秒レーザー照射によってマルチバレー半導体中の光励起電子分布を制御する新しい光変調機構を発見し、可視光から赤外線に至る広帯域で光スイッチングが可能であることを実証しました「Physical Review Applied, 23, 024060 (2025)」。本研究では、この概念をさらに発展させ、縮退半導体InNにおいて、フェムト秒レーザーにより電子の「温度」を瞬時に制御することで、広帯域な光スイッチングが可能になることを明らかにしました。
本成果は、超高速かつ広帯域な光制御を実現する新たな原理を示すものであり、次世代の超高速光変調器や光シャッターの高度化に貢献するとともに、低遅延・高効率が求められる光計算・光通信向けフォトニックデバイスへの応用が期待されています。
本研究成果は2026年1月20日に「Physical Review B」に公開されました。
キーワード:
光スイッチング、半導体材料、過渡的パウリ遮蔽
(1)これまでの研究で分かっていたこと
半導体材料では、バンドギャプ以上の高強度レーザーを用いると、多数の電子が価電子帯から伝導帯に高密度に励起されることが知られています。これらの電子は電子-フォノン散乱によって速やかに伝導帯下部へ緩和し、伝導帯底における電子占有が増加します。この電子占有の増大、すなわちパウリ遮蔽(Pauli Blocking)効果により、バンド間吸収が一時的に抑制され、物質が透過的になる現象が観測されてきました。従来、この過渡的パウリ遮蔽効果は主として高強度光励起による伝導帯に大量電子の注入に起因すると理解されてきました「Physical Review Applied, 23, 024060 (2025)」。
(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
本研究では、代表的な半導体材料であるInNを用いて、パルスレーザーの高密度光励起によって電子温度を制御することで、近赤外から可視光領域にわたる多色光の透過・不透過を超高速で切り替えられるかを検証しました。
InNにおいて、フェムト秒レーザー照射により伝導帯中の電子温度が瞬時に上昇し、それに伴って電子分布が熱的に広がることを明らかにしました。この電子分布の変化により、従来、光を吸収していた遷移が一時的に抑制されます。その結果、「電子温度の急激な上昇」のみを過渡的パウリ遮蔽効果の駆動原理として、物質の透明・不透明を超高速かつ広帯域に制御できることになります。さらに、InNにおける光スイッチングは可視光から近赤外域にわたる複数のスペクトル的スイッチング中心を有することが明らかとなりました。この成果は、単一材料において多色光を同時に制御可能であることを示し、電子温度制御に基づく新たな広帯域光変調原理を確立するものです。
(3)研究の波及効果や社会的影響
本研究では、明らかになった過渡的パウリ遮蔽に基づく超高速・広帯域光スイッチング機構は、従来の電子デバイスの速度限界を超える新たな情報処理技術の基盤となります。特に、フェムト秒〜ピコ秒時間スケールで動作する全光型スイッチングは、将来の高速・低遅延情報通信に大きな波及効果をもたらします。とくに、可視光から近赤外にわたる広帯域動作は、波長分割多重(WDM)光通信や多波長を同時に扱うフォトニック回路への応用に適しており、データセンターや高性能計算(HPC)における通信の高速化・省電力化に貢献することが期待されます。
また、本研究は、既存の産業利用実績を有する材料を用いて新機能を引き出した点でも意義が大きく、基礎物理の深化と社会実装を橋渡しする研究として、今後のフォトニックデバイス産業や関連技術分野への長期的な社会的影響が期待されます。
(4)課題、今後の展望
本研究で確立した電子温度駆動型の過渡的パウリ遮蔽効果は、材料固有の電子構造に基づいて光スイッチング波長域を設計できる指針を与えるものであり、今後はワイドバンドギャップ半導体材料への展開が期待されます。さらに、サブピコ秒時間スケールで動作する全光型非線形応答は、光ニューラルネットワークに応用の展開に期待され、ひいてはフォトニック AI への展開としての応用が期待されます。
(5)研究者のコメント
本研究は、現代の情報技術における根本的課題「いかにして、より高速かつ低エネルギーで信号を切り替えるか」に応えるものです。レーザー光によって材料の透明性を瞬時に制御できることを示した本成果は、超高速・広帯域・高効率な次世代フォトニックデバイスへの新たな道を切り拓くものです。
(6)用語解説
※1 縮退半導体
不純物ドーピングや欠陥などによってキャリア(電子または正孔)の濃度が非常に高くなり、フェルミ準位が伝導帯(n型)または価電子帯(p型)の内部にまで入り込んだ半導体のことを指す。
※2 過渡的パウリ遮蔽
半導体にフェムト秒などの超短パルスレーザーを照射した際に、電子の占有状態が一時的に変化し、光吸収が抑制される現象であります。この効果は、電子が同一の量子状態を同時に占有できないというパウリの排他原理に基づいています。
※3 ポンプ–プローブ時間分解透過率測定
超短パルスレーザーを用いて物質中の超高速現象を観測する実験手法であります。まず、強いレーザーパルス(ポンプ光)を試料に照射して電子状態を励起し、その後、時間遅延を制御した弱いレーザーパルス(プローブ光)を照射することで、励起後の光学特性の変化を時間分解して測定します。
※4 光励起キャリア
バンドギャップ以上の光子エネルギーをもつ光を半導体や絶縁体に照射すると、価電子帯から伝導帯への電子遷移が生じ、電子と正孔の対が生成される。これらの電子-正孔対を光励起キャリアと呼ぶ。
(7)論文情報
雑誌名:Physical Review B
論文名:Transient Pauli blocking in an InN film as a mechanism for broadband ultrafast optical switching
執筆者名(所属機関名):Junjun Jiaa※、Minseok Kimb、Yuzo Shigesatob、Ryotaro Nakazawac、Keisuke Fukutanic、Satoshi Kerac、Toshiki Makimotoa、Takashi Yagid
a:早稲田大学
b:青山学院大学
c:分子科学研究所
d:産業技術総合研究所
掲載日時:2026年1月20日
掲載URL:https://doi.org/10.1103/1cww-zn61
DOI:https://doi.org/10.1103/1cww-zn61
*:責任著者
(8)研究助成
研究費名:科学研究費 基盤研究(B)
課題番号:25K01862
研究課題名:光誘起イプシロンニアゼロ物性の解明による物質設計
研究代表者名(所属機関名):賈 軍軍(早稲田大学)
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