
2025年7月23日
早稲田大学
名古屋大学
液体ガリウムを使ってハイエントロピー酸化物超薄膜を作る 歪みの効果で高率的な酸素発生反応を実現
詳しくは、早稲田大学ウェブサイトをご確認ください。
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102172/202507222554/_prw_PT1fl_HM6aW335.png】
ハイエントロピー酸化物(HEO)は5種類以上の金属元素を均一に含むことにより,単一の材料では実現が難しい高い化学安定性,触媒活性,電気化学的特性などを同時に発現できることが期待されており,次世代の触媒材料やエネルギーデバイス材料として有望視されています。しかし,その構造的複雑さゆえに,HEOの超薄膜の合成は依然として大きな課題となっていました。
早稲田大学 理工学術院 菅原義之(すがはらよしゆき)教授,名古屋大学大学院工学研究科 山内悠輔(やまうちゆうすけ)卓越教授らの研究グループは,液体ガリウムの上に自然に形成される酸化ガリウム層を用いて,HEO超薄膜の合成を実現しました。液体ガリウム上の酸化ガリウム層が多くの金属イオンと強い親和性を持つことを利用し,5種類の金属イオンを表面に取り込んだ後,HEO超薄膜へと変換しました。変換時にはガリウムから酸化ガリウムが生成し,この時HEO超薄膜に導入される歪みにより酸素発生反応(OER)の自由エネルギー障壁を低下させることがわかりました。HEO超薄膜が持つ,大きな表面積と多くの活性サイトも反応効率の向上に寄与します。結果として,酸化ガリウム上のHEO超薄膜は非貴金属電極触媒として優れたOERへの触媒活性を示しました。本研究は,酸化ガリウム層がHEO合成の優れた基板であることを示しています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202507222554-O2-Rf18a663】 図1 液体ガリウムを用いたハイエントロピー酸化物の形成プロセス
キーワード:
ハイエントロピー酸化物,液体ガリウム,酸素発生反応,電極触媒,歪み
(1)これまでの研究で分かっていたこと
5種類以上の金属を含むHEOは,多様な組成が可能であることから,単一の材料では実現が難しい高い化学安定性,触媒活性,電気化学的特性などを同時に発現できることが期待されており,次世代の触媒材料やエネルギーデバイス材料として有望視されています。一方,触媒に関しては,バルク材料と比べて,ナノサイズで低次元な触媒は高い活性を示し,二次元材料では基板により活性が向上することが知られています。しかしながら,HEOに関しては,バルク材料やナノ粒子に関する研究報告は数多く存在する一方で,薄膜の合成や基板を利用した触媒活性の向上に関する研究は限られていました。特に,ナノメートルスケールの厚みをもつHEO超薄膜の作製においては,構成する金属元素がそれぞれ性質や原子半径などの物理的特性を異にするため,加熱や成膜の過程で特定の元素が偏在したり,分離したりする傾向があります。その結果,すべての金属を凝集させることなく均一に分散させ,さらに安定した数ナノメートル厚の薄膜として形成するには,極めて高度な技術が要求されるという課題がありました。
(2)新たに実現しようとしたこと,明らかになったこと
本研究では,HEO超薄膜の合成手法を開発し,得られたHEO超薄膜が酸素発生反応の電極触媒として優れた活性を示すことを見出すことで,本手法の有効性を示しました。その実現のために,液体ガリウム上の酸化ガリウム層が多くの金属と高い親和性を示すことを活用し,超薄膜形成のための“基板”として用いました。酸化ガリウム層に集積された金属イオンを,熱処理により酸化し,HEO超薄膜を得ました。透過型電子顕微鏡を用いた元素マッピング分析で,5つの金属が液体ガリウムから生じた酸化ガリウムの外側に集積されている様子がわかります(図2)。制御された金属イオンの吸着により,HEO超薄膜の厚みを10 nm程度まで減少させることができました。酸化ガリウム層と金属イオンとの高い親和性は,相分離を防いでHEO単一相の形成を促すとともに,液体ガリウムから生じる酸化ガリウムとHEO超薄膜との間の強い相互作用をもたらしています。その結果,生成したにHEO超薄膜は歪みが導入されました。HEO超薄膜を酸素発生反応の電極触媒として評価したところ,標準的に用いられる酸化ルテニウムより優れた活性を示しており,これはナノサイズの低次元物質であること,ハイエントロピー効果,歪みの効果によるものと考えられました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202507222554-O3-JVaz4tww】
図2 酸化ガリウム粒子上に形成したHEOの電子顕微鏡観察,及び元素マッピング
(3)研究の波及効果や社会的影響
本研究で開発したHEO超薄膜が優れた電極触媒であることから,水の電気分解による水素製造においてボトルネックとなる酸素発生反応の改善に貢献します。また,本手法が様々な組成のHEO超薄膜作製に応用可能であることから,HEO超薄膜の電池や触媒への応用への利用を促します。
(4)課題,今後の展望
本手法により,様々な組成のHEO超薄膜へ展開可能なことから,電池や触媒以外の応用が実現することが期待されます。
(5)研究者のコメント
本研究は,複数の金属元素を吸着・固定化できる材料として液体ガリウム表面の酸化ガリウム層が有効であることを見出しました。そして液体金属ガリウム表面の酸化ガリウム層を”基板”として用いることで,HEO酸化物超薄膜を容易に合成し,これを電気化学触媒に応用することが可能となりました。本研究は,液体ガリウムとその表面の酸化ガリウム層の広い応用の可能性を示しています。
(6)用語解説
※1 ハイエントロピー酸化物(HEO)
5種類以上の陽イオンをほぼ等モル比で単一の構造の中に含む酸化物。
※2 酸素発生反応(OER)
水の電気分解において,水あるいは水酸化物イオン(OH−)が酸化されて酸素が発生する反応。電気分解によって水から水素を効率的に製造するためには,酸素発生反応の反応速度を向上させることが必要とされている。
(7)論文情報
雑誌名:Nature Communications
論文名:A universal approach for ultrathin high-entropy oxides regulated by Ga2O3 layers for oxygen evolution reaction
執筆者名(所属機関名):Wenyang Zhang(早稲田大学), Huixin Jin(東京理科大学)*, Yanna Guo(早稲田大学), Yinghao Cui, (早稲田大学) Jingyu Qin(山東大学), Jianxin Zhang(山東大学), Yusuke Yamauchi(名古屋大学・クイーンズランド大学)*, and Yoshiyuki Sugahara(早稲田大学)*
*:責任著者
掲載日時: 2025年7月19日
掲載URL: https://www.nature.com/articles/s41467-025-60399-9
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-025-60399-9
(8)研究助成
研究費名:JST-ERATO
研究課題名:山内物質空間テクトニクスプロジェクト
研究代表者名(所属機関名):山内悠輔(名古屋大学)
プロジェクトマネージャー:菅原義之(早稲田大学)
研究費名:科研費 特別研究員奨励費
研究課題名:ナトリウム含有傾斜SEIを用いた高サイクル安定性カリウムイオン電池の設計(24KF0072)
研究代表者名(所属機関名):菅原義之(早稲田大学)