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農薬がどの程度残りうるかを地理的・気候的条件から予測


岐阜大学の研究チームは、インド全土の農場データを使用し、46種類の農薬が地理的および気候的要因にどのように影響されるかを評価しました。19,573の農場データと高解像度の気候データを活用して農薬の動態をシミュレートし、農薬の浸出が起こりやすいホットスポットを特定しました。この研究は、持続可能な農薬管理のために地域別や農場レベルでのデータ駆動型の戦略が可能であることを示唆し、インドのような国で農薬の過剰使用を最小限に抑えることができることを示しています。また、この手法は他の地域にも適用可能です。研究成果は、これまで実験のみで評価されてきた農薬の影響を広範に予測する新たな道を開きます。

インド全土の農場データを用いたシミュレーション研究

2025年2月28日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

農薬がどの程度残りうるかを地理的・気候的条件から予測 インド全土の農場データを用いたシミュレーション研究

 
本研究のポイント
・ インド全土の農場データを使用して、46種類の農薬の動態に地理的・気候的要因がどのように影響するかを評価しました。
・ 農薬の挙動が場所毎の地理的・気候的条件によって異なり、農薬の蓄積(特に根域下への浸出)が起こりやすい潜在的なホットスポットを明らかにしました。
・ 持続可能な農業の促進に向け、地域別および農場レベルでのデータ駆動型農薬管理の可能性を提案しました。

研究概要
 岐阜大学応用生物科学部の海老原章郎教授と同大学連合農学研究科博士課程学生のキシャライ・チャクラボルティさんの研究グループは、地理的・気候的要因が農薬の動態にどのように影響するかをインド全土の農場データを用いて評価しました。研究者たちは、19,573のインドの農場データと高解像度の気候データに基づきBio-Reactive Transport Simulatorというソフトウェアを利用してシミュレーションを行い、結果を地図上に示しました。その結果、農薬の蓄積(特に根域下への浸出)が起こりやすい潜在的なホットスポットを特定することに初めて成功しました(図1)。
 農薬の使用は、作物を害虫や病気から守り、品質を一定に保ち、収量の損失を減らすために重要です。しかし、農薬の過剰使用は重大な健康および環境リスクを引き起こします。本研究は、地理的・気候的観点からみたインドの土壌における農薬蓄積の潜在的ホットスポットを明らかにしました。この新しい知見は、データに基づいた地域別または農場レベルの農薬管理戦略の可能性を示しており、持続可能な農業を促進し、農薬の過剰使用を最小限に抑えることに貢献できると期待されます。
 本研究成果は、日本時間2025年2月24日にScientific Reports誌のオンライン版で発表されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202502284904-O4-F0Gixy16
図1: 潜在的な農薬浸出割合を色分け表示したインドの地図
3,861の各村を点として表し、各村に属す農場データと気候データに基づき農薬が根域下(地上から100-200cm以下)に浸出する割合を色分け表示した。これらの村は19,573の農場からのデータを網羅している。浸出割合、農業慣行、および生物多様性の観点から懸念される地域を示した。(v) インド北東部、(w) シッキム州、(x) 西ガート地域、(y) パンジャブ-ハリヤーナ州、(z) ジャンムー&カシミール州

研究背景
 農業は人類にとって基本的なものであり、食料やその他の必需品を提供して世界の人口を支えてきました。農地が縮小するにつれて、収量を増やすために高度な農業技術に依存することが増えています。農薬の使用は、作物を害虫や病気から守り、品質を一定に保ち、収量の損失を減らすために重要です。しかし、農薬の過剰使用は重大な健康および環境リスクを引き起こします
 土壌中の農薬残留物の動態は、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)や高速液体クロマトグラフィー質量分析(HPLC-MS)などの実験的方法を用いて評価されています。これらの技術は正確な測定を提供しますが、高価で時間が掛かるため、全国規模の大規模な調査には適していません。さらに、これらの分析は通常、特定の農場で既に使用されている農薬のみを検出するため、農家が考慮する可能性のある他の農薬の影響についての洞察は限られています。したがって、実験的方法だけでは農薬動態注1 の全体像を把握することは困難です。このような制約は、証拠に基づく意思決定とリスク評価を支援するための、より手頃な予測ツールの必要性が示唆しています。一方、最近の計算モデルの発展は、土壌特性、温度、降水量、日射量などの環境変数を組み込むことで、農薬動態を研究するための拡張可能な手法を提供しています。

研究成果
 研究チームは、データ駆動型のシミュレーションを活用して、全国規模の農場における地理的・気候的要因が農薬動態に与える影響を評価することを目指しました。そこで研究チームは、Bio-Reactive Transport Simulator(BRTSim)注2 と呼ばれるソフトウェアを使用して、19,573の農場からのデータをインド全土の3,861の村にわたって分析し、農場データ(インドの土壌健康カード情報に詳述)を高解像度の気候データと統合し、シミュレーションを行いました。その際、農薬の化学的特性と各場所の地理的・気候的条件によって引き起こされる変動を強調するため、すべての農場で一定の農薬散布率が維持される仮想シナリオを考慮しました。そして、インドで使用されている46種類の農薬の動態を評価し、以下の3つの主要知見が得られました。

(1) 農薬残留物の蓄積の変動性
 本研究では、表土および根域下の両方における農薬の蓄積を調査しました。全国的に見た表土農薬残留レベルの全体的な分布は一貫しているように見えましたが、特定の局所的な地域ではより高い濃度が見られました(図2aおよび2b)。根域下への農薬浸出率(図2cおよび2d)を分析すると、特定の地域で色のついた斑点群が観察され、地理的・気候的観点からみた潜在的ホットスポットであると分かりました。対照的に、特定の個々の場所では、周囲の点と比較して農薬浸出の急激な濃度増加が見られます(図3b)。これらのパターンは、地域毎の地理的・気候的条件および農場レベルの変動により、農薬の挙動が異なることを示しています。さらに、同じ場所内でも異なる農薬が異なる動態を示すことも分かりました(図2cおよび2d)。

(2) 農薬侵出割合の比較
 本研究の手法により農薬浸出割合を計算した結果、散布された農薬量の約5%が表土から根域下に浸出するとシミュレーションされました。この結果は、インドの土壌に関する以前の実験研究(Singh et al., Bull Environ Contam Toxicol, 2018)ならびに、Maggi et al.(Nature, 2023)およびVuaille et al.(Sci Total Environ, 2024)による最近のシミュレーション研究とも一致していました。

(3) 地理的・気候的観点からみたホットスポットの特定
 本研究では、農薬の蓄積(特に根域下への浸出)の明確なホットスポットを特定しました。特に、高い生物多様性と独自の農業慣行を持つ地域、例えば有機農業地域でも、顕著な変動が見られました。例えば、シッキム州(図1のエリアw)は、非常に高い農薬浸出率を持つホットスポットとして浮上しました。2016年1月に「有機農業州」として指定されて以来、シッキム州では農薬の使用が停止されていますが、過去の農薬使用に伴う浸出を評価するための実験またはシミュレーション研究が推奨されることを示しています。インドの西海岸沿いに位置する西ガート地域(図1のエリアx)は、多様な生物多様性を持ち、スパイスや薬用植物などの植物ベースの製品で知られています。この地域でも農薬浸出の傾向が高いことが示されました。これらの結果は、地域固有および農場レベルの条件を考慮した農薬規制と管理のための局所的なガイドラインの必要性を示しています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202502284904-O5-50C06o1W
図2: 表土および根域下における農薬蓄積の傾向
農薬アトラジン(a)およびブロモキシニル(b)の表土農薬残留レベル、およびアトラジン(c)およびブロモキシニル(d)の根域下への農薬浸出率が示されている。図に示した3,861の各点は、各村における当該農薬の潜在的な平均農薬蓄積レベルを示している。

 
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202502284904-O6-tpo00Iye
図3: 近い場所でも農薬浸出の急激な濃度増加が見られることがある
(a) 総農薬浸出割合、(b) 急激な濃度増加を表示するための拡大図。

今後の展開
 本研究は、地理的・気候的観点からみたインドの土壌における農薬蓄積の潜在的ホットスポットを明らかにしました。言い換えると、地理的・気候的条件から、農薬がその農場にどの程度残りうるかを予測すること(農薬蓄積予報)が可能となります。この新しい知見は、データに基づいた地域別または農場レベルの農薬管理戦略の可能性を示しており、持続可能な農業を促進し、農薬の過剰使用を最小限に抑えることにつながります。
 本研究はインドに焦点を当てていますが、研究チームが採用した研究手法は世界のどの地域でも適用可能です。プラネタリーバウンダリーの枠組みの中で、農薬の過剰使用は新規物質と生物多様性の限界を超えることにつながります。本研究の成果は、政策立案者や農家が体系的な戦略を開発し、ネーチャーポジティブな農業を促進し、新規物質を安全な限界内に保ち、生物多様性を保護するための情報に基づいた農薬管理の支援に貢献できると期待されます。

謝辞
 本研究は、BRTSimの提供・指導についてオーストラリア・シドニー大学土木工学部のFederico Maggi教授のご支援ならびに、農場データの収集についてインド・アッサム州カチャールのKrishi Vigyan Kendraとアッサム州アクバルプル 地域農業研究所からのご協力の下に実施いたしました。
 本研究は、岐阜大学オープンアクセス論文投稿支援を受けております。

用語解説
注1 農薬動態
 農薬動態とは、土壌中での農薬の包括的な挙動と変換を指し、時間の経過とともに異なる空間スケールで発生します。これには、適用、輸送、分解、および蓄積のプロセスが含まれ、農薬の化学的特性や土壌の物理的、化学的、生物学的特性によって影響されます。本研究では、表土における農薬の蓄積と、表土から根域下への農薬浸出率を分析して、農薬動態の変動を評価しました。根域下(地上から100-200cm以下)に浸出する農薬は長期間残留する傾向があり、健康および環境リスクを引き起こします。浸出割合(図1および3)は、各地域で適用された農薬の総量に対する浸出した農薬の割合を示します。

注2 BRTSim
 BRTSimは、2019年に開発されたメカニスティックモデリングツールで、多孔質および非多孔質媒体における多相および多種の輸送プロセスをルールベースでシミュレーションするために設計されています。このツールは、農薬の垂直移動をシミュレートし、浸出率を定量化し、表面堆積を描写することで、土壌中の農薬動態の研究に優れています。このツールは、農薬の挙動と輸送を調査するために適用されています(Tang et al. Environ Res Lett, 2021およびMaggi et al. Nature, 2023)。

論文情報
雑誌名: Scientific Reports
論文タイトル:Geoclimatic modeling and assessment of pesticide dynamics in Indian soil
著者:Kishalay Chakraborty, and Akio Ebihara
DOI: 10.1038/s41598-025-90849-9

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