低消費電力なメモリデバイスに貢献する新材料の開発に成功
産業技術総合研究所(産総研)などの研究チームは、強誘電体メモリの材料候補として、窒化ガリウム(GaN)にスカンジウム(Sc)を高濃度に添加したGaScNを開発しました。この新材料は、従来のGaNに比べ、メモリ動作に必要な電圧を6割減少させることができます。GaScNは耐熱性が高く、安定した結晶構造を持ち、大きな残留分極値も特徴です。特に、従来の難点だった高い動作電圧を改善するために、Sc濃度を53%まで高めることに成功しました。この技術は、低消費電力でかつ高効率な不揮発性メモリの実現に寄与する見通しです。
ポイント
・ 強誘電体メモリに使用する新材料として、窒化ガリウム(GaN)に金属添加物(Sc)を従来より高濃度に添加した、GaScN結晶を開発
・ 開発したGaScNでは、従来の窒化物材料と比べ、メモリ動作に必要な電圧が6割減となる
・ 不揮発性メモリを使ったデバイスの低消費電力化に期待
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202412020922-O1-Qq45L4p9】
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)センシングシステム研究センター 上原雅人 主任研究員、秋山守人 首席研究員、平田研二 主任研究員、Anggraini Sri Ayu 主任研究員、山田浩志 チーム長、国立大学法人東京科学大学 物質理工学院 材料系 舟窪浩 教授の研究チームは、強誘電体メモリの材料の候補であるGaScNの弱点である動作電圧の高さを改善した新材料を開発しました。
IoTやAIの普及に伴い、情報機器に搭載されるデバイスの低消費電力化がより一層求められています。次世代の低消費電力の不揮発性メモリとして強誘電体メモリが期待されていますが、中でもGaScNは安定な結晶であり、耐熱性に優れていること、大きな残留分極値をもつこと、また簡便な方法で薄膜が作製できることからその有力な候補です。しかし、材料内部の分極を反転させるためには大きな電界が必要となるため、GaScNを用いた強誘電体メモリの動作電圧が高くなる点が、本材料の弱点でした。GaScN結晶内のSc濃度を高くすることで低電圧化が図れますが、現在実現されている44%がその濃度の限界と考えられていました。
今回、統計学的手法を駆使して作製プロセスの条件を見直すことで、Sc濃度を53%まで高めたGaScN結晶を開発しました。その結果、分極を反転させるために必要な電界を下げることに成功し、GaScNを用いた強誘電体メモリの動作電圧を従来の6割減できる見通しを得ました。この技術により、窒化物を用いた低消費電力不揮発性メモリの実用化が期待されます。
なお、この研究成果の詳細は、2024年12月2日に「APL Materials」に掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ
( https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241204_2/pr20241204_2.html )をご覧ください。
開発の社会的背景
IoTやAIの普及が進むにつれ、使用されるデバイスの消費電力やCO2排出の増大が懸念されており、デバイスの低消費電力化が求められています。ストレージクラスメモリと言われるデバイスもその一つで、低消費電力の不揮発性を有する強誘電体メモリの活用が期待されています。
ストレージクラスメモリ用の強誘電体メモリに使用する材料として、さまざまな元素添加したHfO2(HfO2系)が有力視されています。HfO2系は残留分極の大きさが20 µC/cm2程度です。しかし、耐熱性に直結する結晶の安定性や作製プロセスのコスト・環境負荷の高さなどのさまざまな課題があります。
一方、GaScNは安定な結晶で耐熱性に優れており、分極値がHfO2系の4倍以上と強誘電体の中でも最大級の分極値をもつこと、また、GaScNはスパッタリング法という簡便な方法で環境負荷も比較的小さな方法で作製できることから、GaScNを用いた優れたメモリデバイスの実現が期待されています。しかし、分極を反転させるのに必要な電界強度(抗電界)が、HfO2系よりも2倍程度大きいことが、GaScNの弱点でした。この電界強度は、GaScNを使った強誘電体メモリの動作電圧と比例するため、抗電界の低減は解決すべき重要な課題です。この弱点を克服するには、GaScN結晶内のSc濃度を高めることが効果的だとこれまでの研究成果から考えられています。しかし、Sc濃度を高めると結晶性が低下し強誘電性を示さなくなります。これまでの実験では強誘電性を維持できるSc濃度の上限は44%であり、Sc濃度をできるだけ高めつつ結晶性を下げずに強誘電性を発揮させることが求められていました。
研究の経緯
産総研では優れた圧電材料として、世界に先駆けて窒化アルミニウム(AlN)にスカンジウム(Sc)を混ぜたAlScN(2008年11月21日産総研プレス発表)や窒化ガリウム(GaN)にScを混ぜたGaScNを開発してきました(2017年8月31日産総研プレス発表)。最近、これらが強誘電性を示すことが明らかになりました。強誘電体は分極と呼ばれる特徴をもっていて、その分極は電気的に制御(=書き込み)したり、計測(=読み取り)したりできるため、不揮発性メモリの材料として利用されています。2019年に東京工業大学(現 東京科学大学)と共同でAlScNやGaScNの強誘電性について研究を開始し、2020年には厚さ9 nmのAlScN薄膜における強誘電性の実証に世界で初めて成功し、デバイス化への可能性を示してきました(2020年9月19日産総研プレス発表)。表1にAlScNやGaScNの特性を示します。これらは安定な結晶で、高温でも安定な性能を発揮すると言われています。また、分極の値はさまざまな強誘電体の中でも最大級で、HfO2系の4~5倍です。残留分極が大きいと、小さい面積でも十分な記憶容量が得られるため、高集積化に有利であり、メモリの大容量化にもつながります。しかし、分極反転に必要な電界強度(抗電界)が高く、デバイス利用の際の消費電力が大きくなることが本材料の課題でした。今回、その抗電界の低減に取り組みました。
なお、本研究開発は、日本学術振興会(JSPS)科研費 JP21H01617(2021~2023年度)およびJP 22H01784(2022~2025年度)による支援を受けています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202412020922-O2-7th4ZpHI】
研究の内容
図1は強誘電体の特性を示すグラフです。例えば、図中の赤の矢印のように、強誘電体に印加する電界を変えていくと、あるところで下向きの分極が上向きの分極に変わります。このときの電界を抗電界と言います。強誘電体の抗電界を小さく設計できると、分極を操作するために必要な電圧を抑えることができます。すなわち、強誘電体メモリとして材料を使用した際の、消費電力の抑制につながります。またオレンジの矢印のように電界をゼロに下げたときの分極を残留分極と言います。残留分極が大きい方がメモリの高集積化が期待できます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202412020922-O3-7qSU8quA】
これまでの研究で、抗電界を下げるにはSc濃度を高めることが有効であり、特にGaScNの方がAlScNよりSc濃度を高めやすいことを見出してきました。しかし、Sc濃度を高めるにつれ、GaScNの結晶性が低下することも併せて見出しており、結晶性を担保した上でのSc濃度(Sc/Ga+Sc比)の最大値は44%にとどまっていました。今回、統計学的手法を駆使して作製プロセスを最適化した結果、GaScNの結晶性を保ちつつSc濃度を53%(過去最高の濃度)にまで高めることに成功しました。また、Scの高濃度化により抗電界が大幅に小さくなりました。表1や図3に示すように、最も小さい抗電界の値は約1.5 MV/cmで従来のGaScN(Sc濃度44%)の半分以下であり、窒化物強誘電体としては世界最小値です。この値は現在強誘電体メモリの素材として注目されているHfO2系と同等レベルであり、GaScNの残留分極を動かすために必要な電界強度を充分に低減できたと言えます。すなわち、GaScNを使った強誘電体メモリの動作電圧の低減という課題が解決され、表1や図3に示すように、高い残留分極を持ちつつ低い抗電界を示す強誘電体の開発に成功しました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202412020922-O4-f7vpf6Kq】
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202412020922-O5-9jyFGR0d】
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202412020922-O6-j5wvBks7】
さらに、強誘電体をメモリデバイスに利用する際には、耐久性も重要な性質です。耐久性を調べるために分極反転の繰り返し耐性を評価し、今回開発したGaScNは108回の書き込み動作にも耐えられることを確認しました。図1や図2のような分極の反転を繰り返したときの各回の残留分極値を図5に示します。正と負に反転を繰り返しても108回まで残留分極値が保持されていることが分かります。これは従来の窒化物強誘電体が有する耐性よりも約100倍高い、世界最高値です。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202412020922-O7-f4BNxL5b】
また、今回、150 ℃以下での製膜にも成功しました。HfO2系の強誘電体メモリの作製には一般には400~600 ℃以上の高温が必要で、デバイスを構成する他の素材への影響が懸念されています。GaScNは作製に必要な温度が低いので、メモリデバイスの中のメモリセルを演算セルに近接させることが可能です。AIチップなどではメモリと演算セル間の伝達における消費電力が問題とされており、これらの近接化が実現できれば、消費電力の削減が期待できます。
今後の予定
強誘電体メモリの素材となる、Sc濃度を高めたGaScNを新たに開発し、低消費電力で動作する強誘電体メモリ実現の見通しが立ちました。今後は分極反転のメカニズムの解明の他、基板や電極との界面の強誘電性への影響などの調査を進めることで、強誘電体メモリデバイスの製作に向けた、GaScNの材料としての特性制御技術を確立します。
また、トンネル接合型強誘電メモリという消費電力を最も低くできるメモリが考えられていますが、未だ実用化されていません。大きな残留分極をもち、抗電界の小さいGaScNはその素材として期待できますが、一層の薄膜化が必要です。今後、GaScNの極薄膜化技術は重要と考えています。
論文情報
掲載誌:APL Materials
論文タイトル:Excellent Piezoelectric and Ferroelectric Properties of ScxGa1−xN Alloy with High Sc Concentration
著者:Masato Uehara, Kenji Hirata, Yoshiko Nakamura, Sri Ayu Anggraini, Kazuki Okamoto, Hiroshi Yamada, Hiroshi Funakubo, Morito Akiyama
DOI:https://doi.org/10.1063/5.0236507
用語解説
不揮発性メモリ
メモリとはデジタルデータを保持する部品や媒体であり、不揮発性メモリとは電源を供給しなくても記憶を保持するメモリである。電源を供給しないとデジタルデータを保持できないメモリは揮発性メモリである。不揮発性の強誘電体メモリは、強誘電材料を用いた不揮発性メモリのことを指す。
残留分極
電界がゼロのときの分極の大きさ。
分極
正負の電荷の対である双極子モーメントの単位体積当たりの割合で定義される。物体中での電荷の空間的分布の偏りの度合いを表す。
ストレージクラスメモリ
プログラムやデータを一時的に保存する「メインメモリ」として使われるDRAM(ダイナミックランダムアクセスメモリ)と、長期保存用の「ストレージ」であるHDD(ハードディスクドライブ)やSSD(ソリッドステートドライブ)の中間的な位置づけのデバイス。DRAMに近い高速な読み書き性能を備えつつも、不揮発性であるため電源を切ってもデータが失われないデバイス。
スパッタリング法
薄膜の作製方法の一つで、真空中において比較的低温で成膜できる。物体に高速で粒子をぶつけると、原子が飛び出す(スパッタ)。それをシリコンなどの基板の上に堆積させて、目的の結晶を成長させることで薄膜を形成する。
強誘電性
物質内の分極の方向を外部電界によって反転できる性質。この性質をもった物質を強誘電体という。
電界強度
単位長さあたりの電圧。
抗電界
強誘電現象において、分極反転するために必要な電界。強誘電材料を不揮発性メモリとして利用する場合、抗電界が小さいほど消費電力が小さくなる。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241204_2/pr20241204_2.html
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