「見たいニュースだけ見る」はアメリカ特有の現象
早稲田大学の研究によれば、アメリカで強く見られる選択的接触が、日本や香港ではかなり弱いか、場合によっては観察されないことが明らかになりました。選択的接触とは、個人が自身の見解に合致する情報を選び、異なるものを避ける傾向を指します。この現象は、特にアメリカで顕著ですが、日本や香港では該当しないことが示されました。この違いは、政治的分極化の進んだアメリカの状況に起因する可能性があり、認知的不協和のような普遍的な心理的メカニズムでは十分に説明されないと考えられています。研究はアメリカ、日本、香港を対象とし、模擬オンラインニュースを用いて実施されました。結果として、地域ごとに異なる政治的環境が選択的接触の発生に影響していることが示唆されています。今後は、選択的接触が国際的にどのように異なるのかをさらに探求することが課題とされています。
「見たいニュースだけ見る」はアメリカ特有の現象 ― 日本や香港では選択的接触は弱い ―
詳細は早稲田大学Webサイトをご覧ください。
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102172/202410299007/_prw_PT1fl_923jjPS5.png】
早稲田大学政治経済学術院の小林 哲郎(こばやし てつろう)教授、ペンシルベニア州立大学博士後期課程のZhifan Zhang、早稲田大学高等研究所のLing Liu講師の研究グループは、アメリカでは頑健に観察される党派的な選択的接触(※1)は、日本や香港ではかなり弱く、観察されない場合もあることを初めて明らかにしました。選択的接触は認知的不協和(※2)などの普遍的な心理的メカニズムで説明されることが多いですが、本研究は選択的接触が政治的分極化の進んだアメリカ特有の現象である可能性を示唆しています。
本研究の成果は、2024年10月10日に「Communication Research」(論文名:Is Partisan Selective Exposure an American Peculiarity? A Comparative Study of News Browsing Behaviors in the United States, Japan, and Hong Kong)に掲載されました。
研究に使用したモックオンラインニュースサイト(日本の例)と、日本、香港、アメリカにおける選択的接触の程度を示す実験結果を下記に示します。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410299007-O2-Tep3XwQL】 日本のモックオンラインニュースサイトの例
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410299007-O3-447wR3oK】
日本、香港、アメリカにおける選択的接触の程度
図中の略語について
Number:接触記事数(0個~2個)
Time:閲覧時間(秒)
Counter-attitudinal:自分の意見とは異なる記事
Pro-attitudinal:自分と同じ意見の記事
JP:日本
HK:香港
US:アメリカ
(1)これまでの研究で分かっていたこと
ネットやソーシャルメディア上で「見たいものだけ見る」行動は「選択的接触」と呼ばれ、特に政治情報の利用やニュース閲覧の文脈で注目を集めてきました。自分の意見と一致する情報だけに偏って接触することで意見が極端になることや、反対意見に対して非寛容な態度を持つようになることが危惧されているためです。しかし、多くの研究は欧米、特にアメリカで行われており、アメリカ以外での知見が不足していました。また、アメリカ以外で行われた数少ない研究は、アメリカ以外の国・地域では選択的接触の程度が弱いことを示唆していました。したがって、アメリカとその他の国・地域における選択的接触の厳密な比較を行い、その差がなぜ生まれるのかを明らかにする必要がありました。
(2)今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法
本研究は、アメリカと日本、香港の3地域で、厳密な比較が可能な形で選択的接触を行動指標として測定しました。そのために、オンラインニュースサイトを模したモックサイトを3地域の文脈に即した形で作成し、さらに比較が可能な形でニュースヘッドラインを作成しました。ヘッドラインとして設定したのは、いずれも各地域における政治的リーダーに関するニュースであり(トランプ大統領、安倍首相、キャリーラム行政長官。いずれも肩書は当時のもの)、2つはリーダーに対してポジティブなもの、2つはネガティブなものでした。
この状態で、人々が自分の態度と一致するヘッドラインと不一致であるヘッドラインに対してどのように接触するのかを行動指標として測定しました。たとえば、安倍首相に好意的な日本人であれば、安倍首相に対してポジティブな記事が「自分と同じ意見の記事」、安倍首相に対してネガティブな記事が「自分の意見とは異なる記事」ということになります。「自分の意見とは異なる記事」よりも「自分と同じ意見の記事」によりも多く接触した、またはより長い時間閲覧した場合、選択的接触が生じたことになります。
本研究を通して、党派的な選択的接触はアメリカでは頑健に観察されましたが、日本や香港ではアメリカと比較してかなり弱いか、場合によっては全く観察されない場合があることが一貫してわかりました。また、この地域による差は、政治的分極化の程度の差によって説明できることがわかりました。すなわち、1)「見たいものだけ見る」という選択的接触は普遍的な現象ではなく、アメリカ特有の現象である傾向が強いこと、2)その原因の1つはアメリカが政治的に極性化して、リベラルな人々と保守的な人々の間での感情的対立が激化していることにあること、3)認知的不協和のような普遍的な心理的メカニズムではこの国の差は説明が難しいこと、が示唆されました。3)については、人間に普遍的に備わっている心理的メカニズムのみによって選択的接触が生じているとすれば、地域差や文化差は見られないはずだからです。
(3)研究の波及効果や社会的影響
これまで、日本でもネットやソーシャルメディアは選択的接触が生じるため社会の分極化を招きやすいということがしばしば指摘されてきました。しかし、そうした言説が参照している学術研究の多くはアメリカで行われたものであり、日本における党派的な選択的接触を厳密な形でアメリカや他国と比較したものは多くありませんでした。本研究は、モックオンラインニュースサイトにおいて、ヘッドラインの選定から、3地域で同等なものが選ばれるように慎重にデザインしました。このように厳密な比較が可能なデザインで得られた今回のデータは、日本ではアメリカほど選択的接触が強くはないということを示しています。
(4)課題、今後の展望
本研究はアメリカ、日本、香港で選択的接触のレベルに大きな差があることを示しましたが、そうした差が生まれる原因については完全に明らかにすることはできませんでした。政治的分極化の度合いが強いアメリカほど選択的接触が強くなることは示唆されましたが、その他の国・地域と比較してなぜ選択的接触のレベルに差が生まれるかを説明することが今後の課題として残っています。さらに、これまで選択的接触の原因とされてきた、認知的不協和などの普遍的な心理的メカニズムの妥当性についても検証を進めていく予定です。
(5)研究者のコメント
政治コミュニケーション研究はアメリカ中心であるため、アメリカを対象とした研究成果をそのまま日本に当てはめて考えがちです。こうした傾向はアカデミアでの議論だけでなく、一般を対象としたメディアでもしばしば見られます。本研究はこうした傾向に一石を投じ、日本の文脈に即した研究の重要性を示す効果があると考えています。
(6)用語解説
※1 選択的接触
自分の党派性や既に持っている態度と一致する情報に選択的に接触し、それに反する情報を避ける傾向を指す。
※2 認知的不協和
矛盾する考えや信念を同時に持つことで感じる心理的な不快感を指す。
(7)論文情報
雑誌名:Communication Research
論文名:Is Partisan Selective Exposure an American Peculiarity? A Comparative Study of News Browsing Behaviors in the United States, Japan, and Hong Kong
執筆者名(所属機関名):Tetsuro Kobayashi* (Faculty of Political Science and Economics, Waseda University), Zhifan Zhang (Pennsylvania State University), and Ling Liu (Waseda Institute for Advanced Study, Waseda University)
掲載日:2024年10月10日(木)
掲載URL:
https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/00936502241289109?journalCode=crxa
DOI:https://doi.org/10.1177/00936502241289109
(8)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)
本研究は、Hong Kong Research Grants Council (RGC) General Research Funds (GRF) (No. 11612418) の支援により実施されました。
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