糖鎖伸長のブレーキ役を発見
2024年6月5日
岐阜大学
糖鎖伸長のブレーキ役を発見
~糖鎖伸長の制御による血中タンパク質の寿命の調節~
【本研究のポイント】
· 糖鎖を作る酵素の一つであるB4GALNT3がタンパク質上の糖鎖に糖を1つ付けると、それ以上糖鎖が伸長しにくくなる
· B4GALNT3がないマウスでは、糖鎖をもつタンパク質の血液中の濃度が高くなり、骨の形成が異常になることが知られている
· B4GALNT3は糖鎖を短くすることで、血液中でのタンパク質の寿命を短く調節していると考えられる
· 骨の形成機構の解明や、血中タンパク質の寿命の改変への応用が期待される
【研究概要】
岐阜大学糖鎖生命コア研究所の木塚 康彦教授らの研究グループは、リール大学(フランス)、大阪大学、広島大学との共同研究で、タンパク質に付いた糖鎖が伸びなくなる新たな仕組みを発見しました。
タンパク質に付く糖鎖は、細胞の中で多くの糖鎖合成酵素により作られます。B4GALNT3はそれら酵素の一つで、この酵素が作用すると、糖が1つ付加されますが、その後に糖鎖を伸ばす他の酵素が働かず、糖鎖が伸びなくなることがわかりました。通常、糖鎖が伸びて末端にシアル酸という糖が付くと、糖鎖を持つタンパク質(糖タンパク質)は血液中で安定となります。一方で、糖鎖からシアル酸が外れると血液中から除かれることがわかっています。B4GALNT3が作用すると、糖鎖が伸びずにシアル酸が付かなくなったことから、この酵素は糖タンパク質の血液からの除去を早めると考えられます。実際に、B4GALNT3は骨を少なくする糖タンパク質の血中の量を減らすことで、骨の形成を調節することが知られています。これらのことから、B4GALNT3は糖鎖の伸長を止めることで、血中タンパク質の量を少なくすると考えられます。本研究は、複雑な糖鎖形成の仕組みの解明と、タンパク質の血中安定性を制御する技術開発への貢献が期待されます。
本研究成果は、2024年6月4日付で『Journal of Biological Chemistry』に掲載されました。また本研究は、文部科学省の大規模学術フロンティア促進事業「ヒューマングライコームプロジェクト」により支援を受けました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202406051783-O1-6bLZMSUD】
【研究背景】
糖鎖 1)とは、グルコース(ブドウ糖)などの糖が鎖状につながったもので、多くの糖鎖はタンパク質や脂質などに付いた状態で生体内に存在しています。例えばヒトの血液中の多くのタンパク質も糖鎖を持った糖タンパク質で、糖鎖は様々な機能を持つことが知られています。また、疾患に伴って糖鎖の形が変化することが知られており、医療の現場でがんの診断などに使われています。また、タンパク質に付いた糖鎖の形が変わると、タンパク質の働きが大きく変わる例も知られています。例えば、抗体医薬品 2)の糖鎖の構造を変え、薬効を高める技術が治療に用いられています。
タンパク質に付く糖鎖は、細胞の中で糖転移酵素 3)(糖鎖合成酵素)と呼ばれる酵素の働きによって作られます。180種類ほど存在しているヒトの糖転移酵素のうち、B4GALNT3 4)は、N型糖鎖 5)と呼ばれる糖鎖や、ムチン型糖鎖 6)と呼ばれる糖鎖に作用し、タンパク質に付いた糖鎖を伸ばします(図1)。B4GALNT3が作る糖鎖の構造は、LDN (LacdiNAc) 7)と呼ばれますが、他の多くのN型糖鎖では、LDNではなく、LacNAc 8)という別の構造を持っています。通常、糖鎖が伸びていってLacNAcが付くと、さらに糖鎖が伸びて、シアル酸 9)という糖が末端に付きます(図2)。血液中の糖タンパク質は、シアル酸まで伸びた糖鎖が付いていると安定であり、シアル酸が糖鎖から外れると、肝臓を介してその糖タンパク質が排出される仕組みが体内には備わっています。一方、B4GALNT3を欠損したマウスでは、スクレロスチン 10)という骨の形成を阻害する糖タンパク質の血液中の濃度が著しく増大して、骨の形成に異常が出ることがわかっています。しかし、LDNがなくなるとなぜスクレロスチンの血中濃度が高まるのかはわかっていませんでした。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202406051783-O2-D1XLF553】
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202406051783-O5-23o34rlS】
【研究成果】
木塚教授らは、B4GALNT3の欠損マウスでスクレロスチンの血中濃度が上昇するという事実から、通常はスクレロスチンというタンパク質の糖鎖にはB4GALNT3の作用によりLDNが付いていて、糖鎖がシアル酸まで伸びていない、つまりLDNがつくと糖鎖が伸びにくくなるのではないか、と仮説を立てました(図2)。逆にB4GALNT3が欠損すると、LDNの代わりにLacNAcを持った糖鎖が増え、さらにそこから糖鎖が伸びてシアル酸が付くことで、タンパク質の血中における安定性が増すのではないかと考えました。
そこで、培養細胞にB4GALNT3を導入して、細胞表面に存在するシアル酸を持った糖鎖を検出しました。その結果、B4GALNT3を導入した培養細胞(図3A、水色)では、B4GALNT3を持たない培養細胞(図3A、赤色)に比べて、シアル酸の量が低下していました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202406051783-O4-1Yg4IClp】
図3.(A) B4GALNT3を持たないHEK293細胞(赤色)に、B4GALNT3を導入した(水色)。細胞表面のシアル酸と結合する試薬(SSA)を用い、フローサイトメトリーという方法でシアル酸を検出した。灰色は、B4GALNT3を導入した細胞を使い、SSAを使わずに同じ実験をしたコントロール。細胞内のB4GALNT3を強制的に多くすることで、細胞表面のシアル酸含有糖鎖の量が減少した。(B) LacNAcを持つN型糖鎖(上)と、LDNを持つN型糖鎖(下)を、試験管の中で、シアル酸を付加する酵素(ST3GAL4)と混合した。反応後、HPLCと呼ばれる方法で糖鎖を分離した。LacNAcを持つ糖鎖を用いた場合には、シアル酸が付いた糖鎖が生成された一方、LDNを持つ糖鎖を用いた場合では、シアル酸が付いた糖鎖は生成されなかった。
次に、実際にLDNを持つ糖鎖にシアル酸が付かなくなるかを確かめるため、LacNAcを持つ糖鎖とLDNを持つ糖鎖をそれぞれ調製し、糖鎖の末端にシアル酸を付加する酵素の一つ(ST3GAL4 11))と混合して、糖鎖にシアル酸が付くかどうかを調べました。その結果、LacNAcを持つ糖鎖では、シアル酸が末端に付加されたのに対して、LDNを持つ糖鎖では、シアル酸がほとんど付加されませんでした(図3B)。これらの結果から、LDNが糖鎖に付くと、シアル酸が付かなくなり、糖鎖が伸びなくなることが明らかになりました。このことから、B4GALNT3は糖鎖の伸長を制御することで血中のタンパク質の寿命を制御する、重要な糖転移酵素であることを明らかにしました。
また、糖鎖の末端は、シアル酸以外にも複数の構造が存在し、様々な役割を果たしています。例えば免疫反応の制御、記憶学習、病原体と宿主の相互作用などに、これら糖鎖の末端の構造が極めて重要な役割を果たします。そこで、これらの末端の構造も、シアル酸と同様に、LDNが糖鎖の中に存在すると付きにくくなるかを調べました。その結果、N型糖鎖の末端に存在する複数の構造が、シアル酸と同様、LDNを持つ糖鎖には付きにくいことがわかりました。このことは、B4GALNT3が働いてLDNが作られると、シアル酸に限らず、N型糖鎖の重要な末端構造が共通して作られなくなり、B4GALNT3はN型糖鎖の構造と機能の重要な制御因子であることがわかりました。
さらに、B4GALNT3は、ヒトが持つ他の糖転移酵素とは異なる立体構造を持っており、糖鎖を伸ばす触媒ドメイン 12,13)の他に、他の酵素にはない、PA14ドメイン 14)、という領域を持っていることがわかりました(図4)。このPA14ドメインを無くしたB4GALNT3は全く酵素活性を持たなくなることから、B4GALNT3は、他の糖転移酵素とは異なる独特の仕組みで糖鎖を合成しており、PA14ドメインが複雑な糖鎖の合成の仕組みを制御している領域である可能性が示されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202406051783-O3-23ZcgLkn】
図4.B4GALNT3は、糖を付ける反応を触媒する触媒ドメイン、他の酵素にはないPA14ドメイン、膜を貫通する領域、からなる。
【今後の展開】
本研究により、B4GALNT3が糖鎖の伸長を抑え、糖タンパク質の血中の安定性を調節することが明らかになりました。本研究は、ヒトの細胞が持つ複雑な糖鎖の合成の仕組み、また糖鎖が血中タンパク質の安定性を調節する仕組み、の一端を明らかにしました。B4GALNT3の欠損マウスは、骨の形成が異常になることから、本研究は今後、骨の形成メカニズムの解明や、糖鎖を利用した血中タンパク質の安定性の改変に役立つことが期待されます。
【論文情報】
雑誌名:Journal of Biological Chemistry
タイトル:LacdiNAc synthase B4GALNT3 has a unique PA14 domain and suppresses N-glycan capping
著者:Yuko Tokoro, Masamichi Nagae, Miyako Nakano, Anne Harduin-Lepers and Yasuhiko Kizuka
DOI番号:10.1016/j.jbc.2024.107450
論文公開URL:https://www.jbc.org/article/S0021-9258(24)01951-3/fulltext
【用語解説】
1)糖鎖:グルコース(ブドウ糖)などの糖が鎖状につながった物質。遊離の状態で存在するものもあれば、タンパク質や脂質に結合した状態のものもある。デンプン、グリコーゲンなどの多糖は数多くの糖がつながり、糖鎖だけで遊離の状態で存在する。一方タンパク質に結合したものは、数個から20個程度の糖がつながったものが多い。糖鎖が結合したタンパク質を糖タンパク質と呼ぶ。
2)抗体医薬品:特定の物質(抗原)と結合する「抗体」を成分とする医薬品。がんなどに特徴的に存在する抗原と結合する抗体が用いられ、免疫作用により標的を排除する。抗体は糖鎖を持っており、その糖鎖の形を変えることで薬効が変わることが知られている。
3)糖転移酵素:糖鎖を合成する酵素のことで、ヒトでは180種類程度存在することが知られている。主に、細胞の中のゴルジ体と呼ばれる小器官に存在している。
4)B4GALNT3:糖鎖を合成する酵素(糖転移酵素)の一つで、細胞の中に存在し、LDN 7)という糖鎖構造を作る。
5)N型糖鎖:タンパク質に付く糖鎖の種類の1つで、タンパク質のアスパラギン残基(アミノ酸の1文字表記でN)に結合している。ヒトでは7,000種類以上のタンパク質がN型糖鎖を持つと考えられている。
6)ムチン型糖鎖:タンパク質に付く糖鎖の種類の1つで、タンパク質のセリンもしくはスレオニン残基に結合している。粘液の主要成分であるムチンタンパク質に数多く付いていることから、ムチン型と呼ばれる。
7)LDN (LacdiNAc):糖鎖の中の部分的な構造の一つ。GalNAcと呼ばれる糖が、β1-4結合でGlcNAcと呼ばれる糖に結合した二つの糖から成る構造。
8)LacNAc:糖鎖の中の部分的な構造の一つ。ガラクトース(Gal)がβ1-4結合でGlcNAcに結合した二糖構造。LacNAcの末端にシアル酸が付いた構造が一般的である。
9)シアル酸:炭素 9 個からなる糖で、糖鎖の末端に存在する。細胞と細胞の相互作用などに関わっている。構造の中に、カルボン酸(酸性部分)を持つ。
10)スクレロスチン:骨の形成を抑える糖タンパク質。
11)ST3GAL4:糖鎖を合成する糖転移酵素の一つで、細胞の中に存在する。糖鎖の末端にシアル酸を付ける酵素の一つ。
12)触媒:化学反応の速度を高める物質のこと。触媒自身は反応前後では変化しない。酵素は生体内の様々な反応を触媒するタンパク質である。
13)ドメイン:タンパク質の構造の一部のうち、他の部分とは独立して折り畳まれた領域のこと。一般にタンパク質は複数のドメインからなる。
14)PA14ドメイン:B4GALNT3などの中に存在するドメイン。PA14ドメインは、糖と結合する働きがあることが示唆されている。B4GALNT3の中での役割はまだわかっていない。
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