Beyond 5G/6Gの実現に向けて障害物による電波の遮蔽に強いテラヘルツ無線伝送を自己修復ビームにより実証
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
Beyond 5G/6Gの実現に向けて 障害物による電波の遮蔽に強いテラヘルツ無線伝送を 自己修復ビームにより実証
【本研究のポイント】
・障害物による電波の遮蔽に強いテラヘルツ無線伝送を自己修復ビームにより世界で初めて実証
・障害物がビーム中心を横切っても切れにくいテラヘルツ無線通信の実現に期待
・Beyond 5G/6G時代の超高速無線通信の実用化への重要な一歩
【研究概要】
岐阜大学工学部 久武 信太郎教授、ソフトバンク株式会社、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT :エヌアイシーティー ) 諸橋 功研究マネージャー、名古屋工業大学大学院工学研究科 菅野 敦史教授らの研究グループは、Beyond 5G/6G※1時代を見据え、障害物による電波の遮蔽に強い300GHz帯※2テラヘルツ無線伝送(以下「テラヘルツ無線※3」)を自己修復ビーム※4により実証しました。
近年、無線通信の高速化・大容量化の要求によって、100Gbps以上の伝送速度を実現するBeyond 5G/6G技術に関する研究開発が世界的に盛んに進められています。300GHz帯は、5Gで利用が進む28GHz帯(マイクロ波帯)と比べて、より広い周波数帯域が利用可能なため、超高速無線システムの候補として期待されており、現在の光ファイバーによる通信を補完する通信としての利用が検討されています。一方で、300GHz帯は28GHz帯と比べて波長が1桁以上短いため、ビームの広がり角は1桁以上小さく、ビーム径が細くなります。例えば、28GHz帯で第1フレネルゾーン※5のおよそ5%を遮蔽する大きさの障害物は、300GHz帯の第1フレネルゾーンのおよそ50%を遮蔽することになり、この遮蔽によって受信パワーは6dB程度減少することになります。フロントホール/バックホール※6用途の見通し固定無線通信※7では、近傍のシステムとの周波数共用が図りやすい一方、狭いビーム断面を鳥などの障害物が横切ると通信エラーが発生し、場合によっては通信が切断されてしまうことが懸念されます(図参照)。
このたび本研究グループは、300GHz帯においてベッセルビーム※8を生成し、ベッセルビーム断面内に設置された障害物により乱されたビーム形状が、伝搬とともに自己修復することと、通常のガウスビームと比べて障害物による通信エラーの発生が少なくなることを実験的に確認しました。自己修復ビームにより、障害物による電波の遮蔽に強いテラヘルツ無線通信路が形成可能であることを示した本研究成果は、これまでテラヘルツ無線の大きな弱点であるとされてきた、障害物によるビーム遮蔽に脆弱であるという問題を解決し、Beyond 5G/6G時代の超高速無線通信の実用化への重要な一歩と位置付けられます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202312214645-O8-rqE8u7Nx】
本研究成果は、2023年12月18日(現地時間)にApplied Physics Letters誌のオンライン版で発表されました。
今後は、今回の研究成果を拡張し、屋外でのデータ通信のユースケースを目指した長距離化や、さらに大きな障害物でも対応を可能にする自己修復ビームの発生に関する研究を進めていきます。
【用語解説】
※1 Beyond 5G/6G:第5世代移動通信システム(5G)の次の世代以降の無線アクセスシステムを指し、5Gの特長(超高速、超低遅延、多数同時接続)のさらなる高度化に加えて、高信頼化や超低消費電力化など新たな技術革新が期待される。
※2 300GHz帯:200GHz~300GHzは大気の窓と呼ばれる吸収が低い周波数領域であり、中距離(~1km程度)で利用可能な帯域として期待されている。
※3 テラヘルツ無線:100GHz~3THzの周波数領域を用いた無線通信技術であり、特に100GHz~300GHzがBeyond 5G/6Gでの利用が期待されている。
※4 自己修復ビーム:通常の電磁ビームが障害物によって一部分遮蔽されると、ビーム断面内の強度分布は乱され、元のビーム分布と異なったものとなる。一方、自己修復ビームは、障害物によって乱された強度分布が伝搬とともに修復され、元のビーム強度分布に近い分布にまで戻る性質を持つ。
※5 第1フレネルゾーン:送受信アンテナを直線で繋ぐ経路(見通し線)の伝搬に対して、伝搬による位相差が180度以内となる範囲。見通し確保の目安を与える。
※6 フロントホール/バックホール:基地局の構成の中で、機器を接続する回線のこと。基地局の処理部と無線部を接続する回線をフロントホール、基地局とコアネットワークを接続する回線をバックホールと呼ぶ。
※7 見通し固定無線通信:通信装置およびアンテナを柱などに設置して通信を行うシステム全般のこと。電波の直進性が高いミリ波を使ったシステムが多く、お互いのアンテナが見える場所(見通しが取れる場所)に設置する必要があるため、見通し通信と呼ばれる。
※8 ベッセルビーム:ビーム断面内の振幅分布がベッセル関数に従うビーム。自己修復特性がある。
【各機関の役割分担】
岐阜大学:研究総括、コンセプト発案、実験
ソフトバンク:テラヘルツ通信システム応用検討
NICT:テラヘルツ通信システム応用検討
名古屋工業大学:テラヘルツ通信システム応用検討
【論文情報】
雑誌名:Applied Physics Letters
論文タイトル:Obstacle-tolerant terahertz wireless link using self-healing Bessel beams
著者:Yu Katsuue,1 Ayumu Yabuki,2 Isao Morohashi,3 Atsushi Kanno,4 Norihiko Sekine,3 Junichi Nakajima,2 and Shintaro Hisatake1
1)Gifu University, Gifu, Japan
2)SoftBank Corp., Tokyo, Japan
3)National Institute of Information and Communications Technology, Koganei, Japan
4)Nagoya Institute of Technology, Nagoya, Japan
DOI: 10.1063/5.0171317
【開発した技術の詳細】
図1にビーム断面内に配置した障害物によって乱されたガウスビームのパワー分布の測定結果を示します。周波数は300GHzです。ガウスビームは誘電体レンズによって生成され、障害物はレンズから49mmの位置に配置しています。図2に示す金属体(SMAプラグアダプタ)と誘電体(7.5mm角の立方体)から構成される障害物について吟味しました。図1の赤い部分はテラヘルツ波のパワーが高いところで、青い部分は低いところです。障害物がX軸上の異なる位置に配置されると、パワー分布もそれに応じて変化することがわかります。例えばZ=98mm、X=0mmの位置(ビームの中心)に受信機を設置すると、金属体の場合はX=0mm付近(図1(e))、誘電体の場合はX=4mm付近(図1(g))に障害物を配置すると受信パワーが極端に小さくなることがわかります。一方、図3に示すように、自己修復性を有するベッセルビームの場合は、金属体、誘電体ともにビーム断面内の位置によらず受信機の設置を想定しているZ=98mm、X=0mmでのパワー低下は小さいことが実験により確認されました。受信パワーの低下は通信品質の劣化を招くことから、ベッセルビームの方がガウスビームよりも障害物による電波の遮蔽に強いテラヘルツ無線通信が可能であると予想されます。
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M106389/202312214645/_prw_PT1fl_11HdfqY5.png】
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M106389/202312214645/_prw_PT2fl_5tTLCVy9.png】
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M106389/202312214645/_prw_PT3fl_N07nWK0f.png】
そこで実際にベッセルビームによるテラヘルツ無線伝送実験を行いました。図4に実験系の概略を示します。受信機と送信機の真ん中に障害物(誘電体)を設置し、ビーム断面内において障害物の位置をX方向に変化させた際のビット誤り率を測定しました。ビットレートは1Gbpsとしました。
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M106389/202312214645/_prw_PT4fl_O174KK6N.png】
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M106389/202312214645/_prw_PT5fl_t9VvYq93.png】
図5は障害物の位置とその時に得られたビット誤り率との関係を示しています。X=0mmはビームの中心を意味します。青丸はガウスビームの場合、赤丸はベッセルビームの場合です。ガウスビームの場合、障害物がビームの中心に近づくほど(X=0に近づくほど)ビット誤り率は高くなりました。特にX=-4mmから+4mmの範囲に障害物がある場合には、通信が切断されました(図5では青の白抜き丸で表示)。一方ベッセルビームの場合、障害物の位置によらず通信は維持されることが確認されました。
このように、ベッセルビームの自己修復性により、障害物による電波の遮蔽に強いテラヘルツ無線通信路が形成可能であることを示した本研究成果は、これまでテラヘルツ無線の大きな弱点であるとされてきた障害物によるビーム遮蔽に脆弱であるという問題を解決し、Beyond 5G/6G時代の超高速無線通信の実用化への重要な一歩と位置付けられます。
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