新種発見!琉球列島は未知の土壌棲・洞窟棲クモ類の宝庫!
1.概要
生物多様性の保全において、種の発見、分類、命名は最も基本的で重要なステップです。なぜなら、個々の生物に関する生物学的な知見(保全に不可欠な知見を含む)は、種名に紐づけられて蓄積・整理・体系化され、必要な知見は種名を検索キーとして取り出されるからです。土壌動物は、陸上生態系において機械的分解者、生態系エンジニア(微小生息環境を作り出す)、キーストーン捕食者(捕食者として様々な動物の個体数を調節する)などとして重要な役割を果たしていると考えられています。しかし、土壌動物は生活史の一部を土壌に依存する系統的には非常に多様な動物群を示す総称であり、個々の動物群の分類学的解明は未だ不十分です。そのような現状は、土壌動物の分布や生息環境、生活史や系統分化のプロセスの解明を困難にしています。私たち研究グループは、分子系統学的なアプローチも取り入れながら、土壌動物(洞窟棲動物も含む)の種多様性の解明と分類体系の更新に取り組んでいます。
東京都立大学大学院 理学研究科生命科学専攻のFrancesco Ballarin特任助教と江口克之准教授は、日本産のNesticella属とHowaia属について、DNA塩基配列情報に基づく系統解析および種判別解析と形態学的観察からなる統合的なアプローチによる種の識別と分類を行いました。研究には琉球列島を含む日本各地から集められた217点の標本を用いました。なお、これら2属に属する種は伝統的に「短肢系ホラヒメグモ類」と呼ばれ、本稿でもこの呼称を用います。
研究の結果、Nesticella属6種、Howaia属3種が識別されました。日本から雄雌の成体が既に記録されていたチビホラヒメグモ(Howaia mogera)、コホラヒメグモ(Nesticella brevipes)、オキナワホラヒメグモ(Nesticella okinawaensis)については、模式標本(タイプ標本)あるいは模式産地から採集された標本を元に、分類学的特徴を詳細に記載および図示しました。また、コホラヒメグモと混同されていたアズマコホラヒメグモ(Nesticella terrestris)が別種として存在することを明らかにし、オスを初めて確認し、記載および図示しました。
さらに、新種ドナンホラヒメグモ(Nesticella insulana)を与那国島から、新種カクレホラヒメグモ(Nesticella occulta)を石垣島から、新種ヤマコホラヒメグモ(Nesticella silvicola)を屋久島から、新種ツヅピスキホラヒメグモ(Howaia alba)を宮古島から、新種カイケンホラヒメグモ(Howaia subterranea)を沖永良部島から記載・命名しました。これらの新種は全て、琉球列島固有種です。
カクレホラヒメグモ、ツヅピスキホラヒメグモ、カイケンホラヒメグモは洞窟の最深部のみに生息し、洞窟に適応した形態変化(目や体色の喪失)が見られます(真洞穴棲)。真洞穴棲のNesticella属およびHowaia属は日本では初めての発見です。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202308158082-O2-kHCxHKt9】
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202308158082-O1-XMysp7v9】
アズマコホラヒメグモ、コホラヒメグモ、新種ヤマコホラヒメグモの3種は、単一の系統群を構成します。アズマコホラヒメグモは東日本、コホラヒメグモは西日本に分布し、近畿地方において若干の分布の重なりがみられます。また、九州南部まではコホラヒメグモが分布し、屋久島にはその姉妹群であるヤマコホラヒメグモが分布します。チビホラヒメグモについては、2つの主要な種内系統が、トカラ海峡を境に北東と南西に分かれて分布しています。中琉球(奄美諸島、沖縄諸島)に分布するオキナワホラヒメグモ、石垣島に分布するカクレホラヒメグモ、与那国島に分布するドナンホラヒメグモは互いに系統的に深く分岐します。このように、地理的構造に対応した分布パターンが見られます。今後、東アジア地域でさらに網羅的な標本収集を行い、複数遺伝子領域のDNA塩基配列に基づく系統地理学的解析によって、日本列島における「短肢系ホラヒメグモ類」の多様化のプロセスと地理的分布の変遷について詳細に明らかにし、「クモの視点」から日本列島の生物相の形成史を紐解いていきたいと考えています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202308158082-O3-KaZjgUlI】
2.ポイント
●日本産の「短肢系ホラヒメグモ類」は3種とされてきたが、DNA塩基配列情報に基づく系統解析および種判別解析と形態学的観察を組み合わせて再検討したところ、Nesticella属6種、Howaia属3種が識別された。つまり、本研究によって日本産種の数が一挙に3倍となった。
●新種ドナンホラヒメグモ(Nesticella insulana)が与那国島から、新種カクレホラヒメグモ(Nesticella occulta)が石垣島から、新種ヤマコホラヒメグモ(Nesticella silvicola)が屋久島から、新種ツヅピスキホラヒメグモ(Howaia alba)が宮古島から、新種カイケンホラヒメグモ(Howaia subterranea)が沖永良部島から記載・命名された。これらの新種は全て、琉球列島固有種である。
●カクレホラヒメグモ、ツヅピスキホラヒメグモ、カイケンホラヒメグモは洞窟の最深部のみに生息し、洞窟に適応した形態変化(目や体色の喪失)が見られる(真洞穴棲)。真洞穴棲のNesticella属およびHowaia属は日本では初めての発見である。
●琉球列島はホラヒメグモ類やその他の洞穴棲クモ類の種多様性のホットスポットである。
3.研究の背景
土壌動物は陸上生態系において、機械的分解者、生態系エンジニア(微小生息環境を作り出す)、キーストーン捕食者(捕食者として様々な動物の個体数を調節する)などとして重要な役割を果たしていると考えられています。しかし、土壌動物の個々の分類群の分類学的解明は全般的に遅れており、そのことが、それらの分布や生息環境、生活史や系統分化のプロセスの解明を困難にしています。私たち研究グループは、分子系統学的なアプローチも取り入れながら、土壌動物の系統的多様性の解明と分類体系の更新に取り組んでいます。
東京都立大学大学院 理学研究科生命科学専攻のFrancesco Ballarin特任助教は、2018年11月から2年間、日本学術振興会外国人特別研究員として江口克之准教授の研究室に所属し、その後、現職に就いています。クモ類の系統分類学研究とともに、洞窟におけるクモ類などの多様化や適応進化の研究にも取り組んでいます。
Ballarin特任助教と江口准教授は「2020年度〜2022年度 東京都立大学 傾斜的研究費(全学分)学長裁量枠 戦略的研究プロジェクト(課題代表者:村上哲明教授)」の分担者として、琉球列島での陸上無脊椎動物の種多様性の解明に取り組んできました。例えば、江口が指導する塚本将氏は2021年4月に琉球列島に産する巨大なムカデ「リュウジンオオムカデ Scolopendra alcyona」を新種として記載命名しました(2021年4月13日プレスリリース「【研究発表】国内で143年ぶりのオオムカデの新種発見! 渓流に潜む、翡翠色に輝く国内最大のオオムカデ)」https://www.tmu.ac.jp/news/topics/30877.html)。その3ヶ月後、その種は種の保存法の緊急指定種となり保護対象となっています。
複雑な形成史を持つ琉球列島は生物の系統進化の研究を行う上での絶好のフィールドであり、多くの研究がなされてきていますが、それでも森林の土壌や洞窟などの地下間隙に生息する無脊椎動物の種多様性の解明は十分進んでいません。森林や石灰岩洞窟は土地開発などの人為的撹乱にさらされており、劣化・消失が進行しています。そうした環境に暮らす種の発見、分類、命名を迅速に進めることが、生物多様性保全のために不可欠です。
4.研究の詳細
数千の島々、広範囲にわたる異なる生息地、複雑な地質学的歴史によって形成された日本は、多くの固有種の動植物が生息する生物多様性のホットスポットであると考えられています。これに関連して、昆虫やクモなどの日本固有の節足動物の多様性と分布に関する知見は、島しょ群に生息する生物の多様化と進化の過程の研究、そして生物多様性の保全にとって重要です。
ホラヒメグモ科(Nesticidae)は、森林の落ち葉、植物の生い茂る崖、洞窟やその他の地下環境など、湿った暗い場所に生息する小型から中型のクモです。 彼らは広食性捕食者で、地表徘徊性の小型の節足動物を捕らえるために単純な足場状の網を構築します。 これらのクモは、特に地下生態系において、節足動物群集の主要な構成要素となっています。 日本には、世界中で知られている(学名がつけられている)ホラヒメグモ科の 20 % 以上が生息しているため、ホラヒメグモ科の多様性のホットスポットと言えます。 さらに、日本の種のほとんどは日本固有であり、さらには分布が狭い地域または単一の洞窟に限定されています。 しかし、これらのクモに関する研究は過去40年間行われていないため、日本におけるホラヒメグモ科の多様性の真の大きさは、まだ十分に研究されていません。特に「短肢系ホラヒメグモ類」は、日本には3種しかいないとされてきましたが、実際にはさらに多くの未記載種(学名が付けられていない種)が存在することが予想されました。
そこで、「短肢系ホラヒメグモ類」に焦点を当て、日本中の洞窟や森林の落葉から収集されたサンプルについて、形態学的観察とDNA塩基配列データに基づく解析(系統解析、種判別解析)の両方を組み込んだ統合的なアプローチにより、日本に産する種の実態、それぞれの種の分布を明らかにすることを本研究の目的としました。同種の雄成体と雌成体の間で形態的な差異がみられる種や分類群では、同種の雌雄を正確に対応づけるために、DNA塩基配列情報に基づく解析が不可欠です。
私たちが収集したデータにより、Nesticella属6種、Howaia属3種が識別され、日本産「短肢系ホラヒメグモ類」の種数が一挙に3倍に増加しました。日本本土および中部琉球に広く分布する既知の3種、チビホラヒメグモ(Howaia mogera)、コホラヒメグモ(Nesticella brevipes)、オキナワホラヒメグモ(Nesticella okinawaensis)については、それらの分布、生態、形態に関する追加情報を報告しました。 また、日本本土には、これまで類似種のコホラヒメグモと混同されていたアズマコホラヒメグモ(Nesticella terrestris)が別種として存在することを明らかにしました。さらに、琉球列島のさまざまな島から5新種を発見しました:与那国島から新種ドナンホラヒメグモ(Nesticella insulana)、石垣島から新種カクレホラヒメグモ(Nesticella occulta)、屋久島から新種ヤマコホラヒメグモ(Nesticella silvicola)、宮古島から新種ツヅピスキホラヒメグモ(Howaia alba)、沖永良部島から新種カイケンホラヒメグモ(Howaia subterranea)。
5新種のうち、カクレホラヒメグモ、ツヅピスキホラヒメグモ、カイケンホラヒメグモは、洞窟の最も深く暗い場所で発見されており、目や色の喪失など、地下環境の恒久的な暗闇(極限環境)での生活に対応した極端な形態的適応を示しています(真洞穴棲)。 ラテン語の学名は、それぞれ「隠れた」、「白い」、「地下に住んでいる」を意味するこれらの特徴を反映しています。
アズマコホラヒメグモ、コホラヒメグモ、新種ヤマコホラヒメグモの3種は、単一の系統群を構成します。アズマコホラヒメグモは東日本、コホラヒメグモは西日本に分布し、近畿地方において若干の分布の重なりがみられます。また、九州南部まではコホラヒメグモが分布し、屋久島にはその姉妹群であるヤマコホラヒメグモが分布しています。チビホラヒメグモについては、2つの主要な種内系統が、トカラ海峡を境に北東と南西に分かれて分布しています。中琉球(奄美諸島、沖縄諸島)に分布するオキナワホラヒメグモ、石垣島に分布するカクレホラヒメグモ、与那国島に分布するドナンホラヒメグモは互いに系統的に深く分岐します。このように、地理的構造に対応した分布パターンが見られます。
本研究は洞窟の保全に関しても示唆を与えるものです。真洞穴棲のカクレホラヒメグモ、ツヅピスキホラヒメグモ、カイケンホラヒメグモは、いずれも少数の洞窟、または単一の洞窟のみから発見されており、高度に隔離された固有性の高い集団であり、また洞窟深部では餌資源が乏しいことから、個体数も多くないと推測されます。一般的に、 洞窟深部の極限環境に適応した真洞穴棲の種は環境変化に極めて敏感で、洞窟外では長時間生存できないことから、周辺の洞窟に自力で移動分散することは極めて困難です。これらの理由により、洞窟への適応進化の貴重な例として、これらのクモ類が住む洞窟の環境を適切に保護する必要があります。
結論として、私たちの研究は、琉球列島が土壌や地下間隙に暮らす無脊椎動物の種多様性のホットスポットであることを裏付けています。また、これらの土壌棲・洞窟棲クモ類に関するさらなる研究が、琉球列島や日本列島の生物相の起源と進化に新たな光を当て、動物がこの地域の環境にどのように適応し多様化してきたかについての新しい知見をもたらすことを期待しています。
【論文情報】
<タイトル>
Integrative taxonomic revision of the genera Nesticella and Howaia in Japan with the description of five new species (Araneae, Nesticidae, Nesticellini)
<著者名>
Ballarin F, Eguchi K.
<雑誌名>
ZooKeys,1174:219-272(論文公開日:2023年8月11日)
<DOI>
10.3897/zookeys.1174.101251
5.研究の意義と波及効果
種は識別され、記載命名されることによって、さらなる科学的研究の対象となります。今回発見された5新種のうちの3種は洞窟の最深部のみに生息し、洞窟に適応した形態変化(目や体色の喪失)が見られます。それらの種の形態学的、行動学的、生理学的特徴を洞窟の外の土壌中に生息する近縁種と比較することで、適応進化のプロセスに関する知見が得られる可能性があります。
一方で、琉球列島の石灰岩洞窟は、土地改変による破壊や汚染(洞窟内へのゴミや汚水の流入)、過剰な観光開発・利用(例えば常時点灯する照明装置の設置など)にさらされています。洞窟に完全に適応した真洞穴棲種は、もはや外界では生活できず、他の洞窟へ移住することも困難なため、洞窟内の生息環境の破壊や悪化は種や地域個体群の絶滅に繋がります。洞窟や地下環境における種多様性の喪失は、地上における種多様性の喪失よりも気付かれないままに進行してしまうため、早急な調査が必要です。また、保全の必要性に対する啓発活動も併せて必要です。洞窟は、人々の関心を集めやすい「神秘性」を帯びており、地元の宗教的な儀式の場としても古くから利用されてきました。そこに住む不思議な形や生き様を示す洞窟棲動物もまた、人々に生物多様性保全の重要性を説く伝道師としての役割を果たせるのではないでしょうか。
生物多様性の奥深さと保全の必要性を理解するための教育・普及活動において、洞窟棲動物はとても良い教材ですが、多くの人が訪れると、それだけで洞窟内の生息環境は悪化してしまいます。洞窟の過剰な観光利用は禁物です!そっと、静かに彼らの暮らしを見守りましょう。なお、ホラヒメグモ類は人畜に咬傷などの害を与えることはありません。
6.論文著者のコメント
生物相の研究が長きにわたって行われてきている琉球列島においても、森林の土壌や地下環境に暮らす無脊椎動物の種多様性は未だ十分に解明されていません。我々はコロナ禍によって2020年から海外での調査研究活動を小休止し、琉球列島での調査を進めてきました。この3年間で多くの新種候補を発見し、目下、複数の論文を執筆中です。とはいえ、生息環境の破壊のスピード、種や地域個体群の絶滅のスピードには、残念ながら全く追いつけていないでしょう。
琉球列島を中心とした東アジア、東南アジアの種多様性の解明のスピードを劇的に高め、生物多様性保全に繋げていくには、分類学研究の基盤強化が必要です。現在、沖縄県が誘致に全力を尽くしている「国立沖縄自然史博物館」は、分類学研究を支える理想的な拠点となるはずです。人間以外の生物にとって国境は意味を持ちません。琉球列島に生息する生物は大陸からの祖先集団の定着と、その後に起こった繰り返しの地理的隔離と再分散の過程を経ながら独自の進化を遂げてきました。そのような広域的な繋がりを背景に持つ種多様性を明らかにしていくためには、多国・地域間での互恵的で対等な研究ネットワークの形成、そのもとでの次世代の研究者の育成も必要です。「国立沖縄自然史博物館」はそうした機能も果たしてくれるはずです。
今回の研究が、「国立沖縄自然史博物館」の必要性への理解が深まるきっかけになれば、幸いです。
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