侮るなかれ! 体育、部活現場の熱中症による深刻な“後遺症” “命綱”は経口補水液の活用
ウィズ・コロナ生活に完全に戻り、新型コロナ流行以前と同様に思い切り体育や部活動に専念することが許される夏がやってきました。そこで、コロナ流行期以上に細心の注意を払わねばならないのが、熱中症対策です。日本における熱中症による救急搬送者数は例年5万人前後を推移、災害級の暑さと呼ばれた2018年には約95,000人を記録。熱中症は暑熱環境における脱水と高体温に起因する症状で、正しい環境管理、栄養管理、摂水管理をしていれば確実に防げるにも関わらず、知識のなさから命を落としたり、重度の後遺症を負ってしまう人も後を絶たないのが現状です。
最悪の場合死亡することもある熱中症ですが、熱中症への正しい対処がなされなかったために脳障害、神経障害などの重い後遺症につながる場合もあることへの理解はあまり浸透していないかもしれません。
親書をもとに、熱中症による後遺症の原因と、後遺症を起こさないための正しい熱中症への対処について解説します。
【著者】
済生会横浜市東部病院 患者支援センター長/周術期支援センター長/栄養部部長
医師 谷口英喜先生
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202307147159-O4-Ib8M8e1n】
専門は麻酔・集中治療、経口補水療法、体液管理、臨床栄養、周術期体液・栄養管理など。日本麻酔学会指導医、日本集中治療医学会専門医、日本救急医学会専門医、TNT-Dメディカルアドバイザー。1991年、福島県立医科大学医学部卒業。学位論文は「経口補水療法を応用した術前体液管理に関する研究」。著書『いのちを守る水分補給~熱中症・脱水症はこうして防ぐ』(評言社)ほか多数。
熱中症の後遺症とは
メディアなどでは、熱中症被害数に関して死亡者数、すなわち、命を落としたことにフォーカスして報道されることが多いですが、実は重度の熱中症のせいで重い後遺症に苦しめられる人が多数存在します。
熱中症の後遺症には、中枢神経障害による高次機能障害で記憶力が悪くなったり、成長を妨げられたり、身体の一部が動かなくなってしまうなどの症状があります。日本救急医学会の『熱中症診療ガイドライン2015』にも、熱中症の後遺症は脳障害をはじめとした中枢神経障害だと明記されています。
熱中症の大きな要因の1つは脱水症ですが、脱水症によるダメージを受けやすい3つの臓器は、「脳」「消化器(胃・腸)」「筋肉」の3つ。そのうち、一度、障害を受けたらもとに戻らない臓器が「脳」、いわゆる中枢神経です。熱中症にともなう脱水症により、脳血流が減少し、さらに異常高体温が加わると、脳神経に障害が生じます。その結果として、高次機能障害(記憶力低下や判断力低下)や麻痺、嚥下機能障害、歩行機能障害などの後遺症が残ることがあります。
脱水、及び高体温による脳、神経へのダメージをいかに食い止めるか、時間との戦いです。高体温・脱水状態をいかに早く回復させるかが、後遺症になるかの分かれ道でもあります。
重度の障害を負わずとも、倦怠感やめまい、頭痛などが長期間(数週間から半年、数年など)継続することもあり、これらが実は熱中症の後遺症だった、というケースも。後遺症を残さないためにも、熱中症の可能性がある場合は、すぐに応急処置を行うことが重要です。
脳のダメージの次に起こるのが「筋肉のダメージ」
筋肉も脱水や熱の影響を直に受けやすい臓器です。筋肉自体はダメージを受けても再生しますが、脱水によって筋肉から出るミオグロビンという有害物質は腎臓に負担をかけ、腎不全を引き起こす危険性をはらんでいます。
熱中症になった際は十分な水分補給をし、尿としてミオグロビンを排出する必要がありますが、脱水状態だと身体から排出される尿の量が減り、ミオグロビンがどんどん蓄積して、高ミオグロビン血症という恐ろしい病態を招く可能性が。これが原因で生涯(要・確認)透析が必要になる後遺症につながる可能性もあります。
熱中症の後遺症リスクが高いシーン
子どもの夏の体育や部活動など、暑熱環境で極端な脱水を起こしやすい環境での熱中症は、後遺症のリスクが高いといえます。子どもが日常生活を送れなくなるほどの重度の後遺症を負ってしまうケースも多いことから、プライバシーの問題で公表させないケースもありますが、当事者と教育現場などの管理者間での訴訟問題に発展することもあります。
心身の発達のために取り組むスポーツ活動で熱中症になり、重症化させてしまった場合、競技生命を奪うだけでなく、その後のQOLにも影響するリスクがあること、子供たちの命だけではなく将来も預かっているという意識を指導者が持つことが非常に重要です。また、指導者自身の将来さえ左右しかねないことも肝に銘じましょう。
子供たちや、健康な成人で後遺症が残るほどの熱中症は非日常的なシチュエーションである暑熱環境下での激しいスポーツや労働の現場で多く発生します。一方、高齢者では日常生活の中である屋内(住居内)で熱中症の発生率が高く重篤化しやすいのです。例えばエアコンによる温度調節に積極的でない高齢者の方が熱中症で意識を失い、長時間誰にも発見されない場合などでも重症化のリスクがあります。スポーツ関係者、指導者以外でも油断はできません。
後遺症対策としては、まず身体を冷やして、脱水への対処を
熱中症の後遺症を防ぐためには、体温を下げるとともに、迅速な脱水症の治療が必須です。
熱中症のような症状(フラつく、ぼーっとする等)が少しでも現れたら、即座にクーラーの効いた涼しい場所に移動させ、確実に迅速に水分補給を実施します。その手段には「経口補水療法」および「輸液療法(病院での点滴)」があります。脱水症になったら、すぐに経口補水療法あるいは輸液療法がなされることが後遺症を残さない上で非常に重要です。心肺停止になったら、すぐにAEDを準備、と同レベルの迅速さが求められます。
「病院に行くべき?」の判断基準
本人に意識がある場合に、病院に連れていくかを判断する、簡易的な方法があります。その方法が、未開封のペットボトルを使った判定法です。
通常の大人であれば、
1)未開封のペットボトルを自力で開封でき、
2)開けたペットボトルを口元に運び、中味を自力で飲むことができます。
しかし、重度の脱水症になると、1)あるいは2)が不可能になります。そのような場合には重度と判定して、病院へ搬送してください。
また、体温上昇が激しい、話しかけても明瞭に応答できないなどの劇的な症状の場合は、わきの下や太腿の付け根などの太い血管の通る場所に氷嚢をあてる、氷風呂に入れるなど、迅速に体温を冷やし、即座に「OS-1」などで知られる経口補水液を飲ませることが重要です。同時に、すぐに救急車を呼び、病院で輸液療法(点滴)を行うようにしましょう。
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熱中症の傾向があれば、経口補水液を早めに飲ませる
経口補水液を飲ませる治療法を、経口補水療法(oral rehydration therapy:ORT)といいます。
ORTとは、脱水症の改善および治療を目的として水・電解質を経口的に経口補水液(oral rehydration solution:ORS)により補給する治療方法。経口補水液を摂取することで、輸液療法に匹敵する水・電解質補給効果が得られるので、ORTにより、病院に行かなくても学校・会社・家庭などの現場で、水・電解質補給を迅速に行うことができます。体育・スポーツの指導の際には、必ず、近くに経口補水液を備えるようにしてください。熱中症の症状が現れたら、可及的速やかに身体に効率よく吸収される「経口補水液」を飲みたいだけ飲ませ、脱水状態を緩和する必要があります。
ヒトのからだに摂取された水分(水・電解質)は、小腸で約95%が吸収され、残りが大腸で吸収されます。経口補水液も、小腸において水・電解質の吸収が最も速く行われる“至適濃度比率”で組成されています。経口補水液を使いこなすことが、脱水症の重症化や後遺症の発生を防ぐことにつながります。
経口補水液の飲み方
脱水症と判断したら、できるだけすぐに経口補水液を飲み始めてください。はじめの500ミリリットルは速やかに、その後はちびちびと摂取します。体調が快復してきたら、通常の飲料・食事にかえましょう。
スポーツドリンクとORSの違いは水分吸収速度です。スポーツドリンクの目的は、水分よりも、運動で消耗してしまったエネルギーやビタミンの補給です。脱水対策には経口補水液が理想的です。
経口補水液は薄めたり、とろみ剤を加えたりするのはNG。果汁を添加するなら、1リットルに対し10ミリリットルが上限です。
症状が緩和したからと安心するなかれ
熱中症の症状がいったんは快復したかのように見えても、再びジワジワと症状が現れ、後遺症につながる恐れもあります。熱中症の症状が出たら、涼しい場所に避け、まず経口補水液を本人が飲みたいだけ飲ませ、身体を冷やして休養を取らせるようにしましょう。症状が落ち着いても、少なくとも丸1日程度は、周囲に異常に気付ける人がいるようにしましょう。持病をお持ちの方や高齢者の場合には、必ずかかりつけ医に報告してください。
後遺症を残さないためには、熱中症を重症化しないで早期に発見し、正しい対処をすることに尽きます。
熱中症の際の正しい対策を、わかりやすい専門書を通して理解しておくことで、多くの命を救うことができます。
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書籍紹介
「いのちを守る水分補給 ~熱中症・脱水症はこうして防ぐ」
著者/谷口 英喜 定価: 1,400円(税別) 発行/2023年6月
一般飲料水から経口補水液まで、また 日常生活から脱水症まで。
経口補水療法の名医が教える、すぐに役立つ健康水の飲み方。夏期の脱水症・熱中症を前に、麻酔医であり経口補水液療法の第一人者が、「正しい水分補給」についてわかりやすく解説した、命と健康を守る人すべてに備えてほしい一冊です。「水」そのものに関する健康書はたくさんありますが、病気のリスクを軽減する水分補給についての健康書は初でもあります。
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