肥満センサーを発見!
2023年3月3日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
肥満センサーを発見! -肥満・メタボの原因の一端を解明-
岐阜薬科大学薬理学研究室の深澤和也助教,岐阜薬科大学薬理学研究室・岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科・岐阜大学高等研究院One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター(COMIT)の檜井栄一教授らの研究グループは,米国ノースウエスタン大学,金沢医科大学,金沢大学,名古屋市立大学,国立障害者リハビリテーションセンター,東京医科歯科大学,米国国立衛生研究所(NIH)との共同研究により,脳内アミノ酸トランスポーターが肥満センサーとして働くことを発見しました。
肥満は,体脂肪が過剰に蓄積した状態です。“肥満は万病のもと”と言われるように,糖尿病,高血圧,心疾患,がん,脳卒中などの数多くの疾患の“もと”になり,私たちの健康寿命のみならず平均寿命を縮めます。食生活の欧米化,様々なストレス,生活習慣の乱れ,あるいは運動不足などにより,肥満人口は年々増加しており,肥満に対する画期的な予防・治療法の確立は,本邦での喫緊の課題といえます。
栄養素の一つであるアミノ酸は,タンパク質合成の材料としての受動的な働きだけではなく,シグナル伝達分子として能動的に働いています。アミノ酸シグナルの開始にはアミノ酸トランスポーター(※1)を介したアミノ酸の細胞内流入が欠かせません。l-type amino acid transporter 1(LAT1)(遺伝子名:Slc7a5)は,ロイシンやイソロイシンなどの分岐鎖アミノ酸を細胞内へ輸送するアミノ酸トランスポーターです。
本研究では,神経細胞のアミノ酸トランスポーターLAT1の不活化が,肥満を誘発することを発見し,LAT1が,脳内アミノ酸バランスを感知し,体重コントロールに重要な役割を担っていることを世界で初めて明らかにしました。本研究成果は,脳内アミノ酸トランスポーターを標的とした肥満・メタボリックシンドローム(※2)に対する新規治療法の確立に貢献することが期待されます。
本研究成果は,米国学術雑誌『JCI insight』に掲載されました。
【本研究のポイント】
・肥満は“万病のもと”であり,原因の解明や新たな予防・治療法の確立が望まれています。
・視床下部神経細胞のLAT1の働きを抑えると,交感神経系の不活化を介して,肥満やインスリン抵抗性(※3)などが誘発されることを発見しました。
・視床下部神経細胞のLAT1は,mechanistic target of rapamycin complex-1(mTORC1)(※4)経路を介して,全身エネルギー代謝を調節していることが分かりました。
・以上の成果により,脳内アミノ酸トランスポーターが,肥満やメタボリックシンドロームに対する新しい治療標的となることが期待されます。
【研究成果の概要】
脳の視床下部では,神経細胞がアミノ酸を含む様々な栄養素を感知・統合し,内分泌系や自律神経系を介して,体温,血圧,摂食,生殖,睡眠・覚醒などの多様な生理機能を精密に調節しています。しかしながら,「視床下部の神経細胞がどのようにアミノ酸バランスを感知し,どのようなメカニズムで生体恒常性を調節しているのか?」については,よく分かっていませんでした。
研究グループはまず,遺伝子改変マウスを用いて,「視床下部神経細胞の LAT1 はどのような機能を担っているのか?」を検討することにしました。視床下部神経細胞の LAT1 を特異的に欠損させたマウス(以下, LAT1 欠損マウス)を作製し,その表現型の解析を行いま した。その結果, LAT1 欠損マウスは , 肥満やインスリン抵抗性などの様々な代謝異常を呈することが分かりました (図 1A - E )。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202303033574-O6-0lk69950】
図1:視床下部神経細胞のLAT1欠損により,様々な代謝異常が誘発される。
次に,「なぜ視床下部神経細胞のLAT1の働きを抑えると,様々な代謝異常を呈するのか?」を明らかにするため,代謝異常に先駆けて起こる変化を詳細に解析しました。その結果,LAT1欠損マウスでは,肥満を呈する前から,交感神経系の不活化が認められる(図1F)とともに,視床下部神経細胞でのレプチン抵抗性(※5)が確認されました。
最後に,「視床下部神経細胞のLAT1がどのようなメカニズムで全身エネルギー代謝を調節しているのか?」を検討しました。組織学的解析から,LAT1欠損マウスの視床下部神経細胞では,mTORC1経路が不活化していることが分かりました。さらに,遺伝学的なmTORC1経路の活性化によって,LAT1欠損マウスで観察される様々な代謝異常が著明にレスキューされることが分かりました。
本研究成果より, 視床下部神経細胞の LAT1 は ,脳内アミノ酸バランスを感知し, mTORC1 シグナル経路を介して交感神経系を調節することで, 全身エネルギー代謝調節に重要な役割を果たしていることが明らかになりました (図 2 )。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202303033574-O8-vXwcK97M】
図2:本研究成果のまとめ: 脳内アミノ酸トランスポーターLAT1は肥満センサーとして働き,その機能異常により,肥満・メタボが誘発される。
【研究成果の意義・今後の展開】
令和元年の「国民健康・栄養調査」によると,本邦の肥満(BMI≧25 kg/m2)の割合は,男性33.0%,女性22.3%に上り,実に成人の3~4人に1人が肥満です。肥満にともない,糖尿病,高血圧,心疾患,がん,脳卒中,睡眠時無呼吸症候群,月経異常など様々な疾病を合併しやすくなります。本研究成果は,「肥満センサーとしての脳内アミノ酸トランスポーター」という新しい概念を提供するとともに,「栄養素の感知・統合による中枢性の体重コントロール」に新たなエビデンスを付与します。さらに本研究成果を展開することで,肥満やメタボリックシンドロームに対する革新的治療法の提供に繋がることが期待されます。
【用語解説】
※1 アミノ酸トランスポーター
細胞膜上に存在するタンパク質の一種。細胞内外のアミノ酸を輸送する働きを持つ。
※2 メタボリックシンドローム
過剰な内蔵脂肪の蓄積に加えて,高血糖,高血圧,脂質異常などが合わさった状態。
※3 インスリン抵抗性
膵臓からインスリンが血中に分泌されているにもかかわらず,標的臓器でのインスリンの作用が低下している状態。
※4 mTORC1
細胞の成長,増殖,生存,分化などのさまざまな機能を調節するタンパク質複合体。
※5 レプチン抵抗性
脂肪細胞からレプチンが血中に分泌されているにもかかわらず,標的臓器でのレプチンの作用が低下している状態。
【掲載論文】
雑誌名:JCI insight
論文名:l-type amino acid transporter 1 in hypothalamic neurons in mice maintains energy and bone homeostasis
(視床下部神経細胞のアミノ酸トランスポーターLAT1は全身エネルギー代謝および骨代謝を調節する)
著者名:Gyujin Park, Kazuya Fukasawa, Tetsuhiro Horie, Yusuke Masuo, Yuka Inaba, Takanori Tatsuno, Takanori Yamada, Kazuya Tokumura, Sayuki Iwahashi, Takashi Iezaki, Katsuyuki Kaneda, Yukio Kato, Yasuhito Ishigaki, Michihiro Mieda, Tomohiro Tanaka, Kazuma Ogawa, Hiroki Ochi, Shingo Sato, Yun-Bo Shi, Hiroshi Inoue, Hojoon Lee, and Eiichi Hinoi.
(朴奎珍,深澤和也(同等筆頭著者),堀江哲寛,増尾友佑,稲葉有香,辰野貴則,山田孝紀,徳村和也,岩橋咲幸,家崎高志,金田勝幸,加藤将夫,石垣靖人,三枝理博,田中智洋,小川数馬,越智広樹,佐藤信吾,ユンボシ,井上啓,ホジュンリー,檜井栄一)
DOI:10.1172/jci.insight.154925
本研究は,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業(研究開発代表者:檜井栄一),日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究B(一般・特設)(研究代表者:檜井栄一)などの支援を受けて行ったものです。
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