RAS変異がんを標的にしたマイクロRNA核酸医薬シーズの開発に成功
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
RAS変異がんを標的にした マイクロRNA核酸医薬シーズの開発に成功
【本研究のポイント】
・ヒトの大腸がんで約40%、膵臓がんで約90%にRAS1)遺伝子の変異がみられます。RAS阻害剤は世界中で開発されているが構造上ポケットが無いため創出は難航しています。近年、RASの一つの変異にのみ有効な化合物が医薬品として使われるようになりましたが、そのRAS阻害剤も高頻度で薬剤耐性が獲得され一時的な効果しか見込めません。
・RASによる増殖シグナルはネットワークを形成しており、RASのみを阻害してもRASネットワークを抑えられません。従って、複数の遺伝子の機能を抑制するマイクロRNA2)が効果的です。
・我々が開発した化学修飾マイクロRNA143は、マウス血液中でも分解されにくく安定に存在し、RASネットワークを構成する複数の重要な遺伝子の発現を抑えて、RASネットワークを不能にしてがん細胞に細胞死を誘導しました。その効果は、それら遺伝子単独の発現抑制よりも強力でした。
・マウスモデルの検証においても、RASネットワークを抑制し腫瘍の増殖を抑制しました。腫瘍には新たな血管が形成されており、化学修飾マイクロRNA143の効果を増強した可能性が示されました。
【研究概要】
岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 杉戸信彦 特任助教、赤尾幸博 特任教授らの研究グループは、大腸がん・膵臓がんで高頻度に変異しているRASネットワークについて詳細にその機構を明らかにしました。さらに、そのネットワークを阻害するマイクロRNA核酸医薬3)シーズの開発に世界で初めて成功しました。これまでに6報の国際科学論文にて報告していた化学修飾マイクロRNA143の抗がんメカニズムの有用性について、RAS変異がんを対象に明らかにしました。RAS変異がんに対するマイクロRNA核酸医薬シーズとして期待されます。
今回の研究成果は、2022年9月22日(木)にMolecular Therapy – Nucleic Acids誌(インパクトファクター:10.183)のオンライン版で正式発表されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210138103-O4-tZOj0qct】
図1. miR-143#12のRASネットワーク抑制メカニズム
RAS経路は、上流(EGFR)からの刺激をRASを介してAKTとERKへシグナルを伝えて細胞の増殖・生存に寄与します。RAS変異がんでは、常にRASが活性化型を維持し、AKT、ERKへのシグナルをオンにして、がん細胞の増殖・生存を促進しています。RASを抑制してもAKT、ERKへ他経路からシグナルが伝わるため、効果は一時的で、また、AKTまたはERKだけ抑制しても一方の経路が使えるため効果は弱いです。そこで、 miR-143#12でRASネットワーク(RAS、AKT、ERK、SOS1)を抑制することにより、がん細胞の増殖を抑制することができます。
【研究背景】
RAS変異は最上位のドライバー癌遺伝子4)であり、これまでのがんゲノム解析からヒトのがんの約30%にRAS遺伝子の変異が観察されています。特に、ヒトの大腸がんで約40%、膵臓がんで約90%に観察され、悪性度に寄与しています。RASは10をこえる下流のシグナルを制御することで膨大なネットワークを形成しています。特に、PI3K/AKTとMAPK/ERKシグナルは細胞の増殖・生存に関する遺伝子の転写を誘導する重要なシグナル伝達経路となっています(図1)。そこで、RAS阻害剤の開発が世界規模で30年以上にわたり行われてきました。近年、ようやくRASの一つの変異にのみ有効な化合物が医薬品として使われるようになりましたが、そのRAS阻害剤も高頻度で薬剤耐性が獲得されることが報告され、一時的な効果しか見込めません。RASのみ阻害しても増殖抑制は一時的であり、RASネットワークにより代償性シグナル5)が活性化され、即時にその阻害はキャンセルされます。そのため、RAS単独を標的にしてもRAS変異がんを排除することは困難です。
【研究経緯】
赤尾幸博 特任教授はRAS及びRASネットワークを包括的に抑制するmicroRNA(miRNA)の研究を2006年から開始しました。その結果、RASシステムを破綻させる主要なmiRNAがmiR-143であることを明らかにしました。miR-143は、多くのがんにおいてその発現が正常組織と比較して低下しているがん抑制miRNAです。miR-143はRASのみならずその下流の増殖を誘導するシグナル系(エフェクターシグナル)PI3K/AKTとMAPK/ERKのAKT及びERKを標的にし、相乗的にこれらのシグナルを抑制することが分かりました。しかしながら、市販のmiR-143では活性が弱く、臨床応用を見据えた化学修飾miR-143の開発が必要でした。
【研究成果】
近年、杉戸信彦 特任助教、赤尾幸博 特任教授らは化学修飾を施したmiR-143#12の開発に成功しました。100をこえるmiR-143誘導体から最もヌクレアーゼ耐性で、抗がん活性はヒト大腸癌細胞株DLD-1において市販のmiR-143の数十倍でした。miR-143#12はガイド鎖6)に様々な化学修飾をしており、多くのmiR-143誘導体の中で卓越した活性を有していました(図2)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210138103-O5-THI2Oa2P】
図2. 化学修飾miR-143#12の配列とヌクレアーゼ耐性実験
化学修飾miR-143#12の配列(上段)は、片方のRNAにのみ化学修飾を施しています。miR-143#12はウシ血清中(下段左)及びマウス血液中(下段右)において、分解されにくく安定に存在しました。
強力な抗がん活性をもつmiR-143#12を用いることで不活性型RAS/ADPから活性型RAS/ATPに変換するSOS1も標的にしていること、さらにRASエフェクターシグナルの標的遺伝子がRAS自身であること、つまりRAS正の制御回路の存在が明らかになりました。RAS変異大腸癌ではEGFRやAKT、MAPKに対する分子標的薬の効果は代償性のカスケードが働くため一過性であり期待出来ません。miR-143#12はこれまで明らかにできなかった詳細なmiR-143/RAS カスケードを明らかにしました(図3)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210138103-O6-38D8Gc26】
図3. RASネットワークの全貌
AKT、ERK下流で、RAS mRNAを発現させて上流のRASを補充する、RASの正の制御回路が存在することが明らかになりました。RASの正の制御回路が存在することで、RASを阻害しても一時的に阻害されるだけでエフェクターシグナルのAKT、ERKから新しいRASを供給されてしまいます。
ヒト大腸がん細胞を皮下に移植したヌードマウスにmiR-143#12を局所投与した結果、低用量で顕著な腫瘍増殖抑制が示されました。投与されたマウス腫瘍サンプルにおけるタンパク発現では、RASネットワーク(RAS、AKT、ERK、SOS1)の発現が低下していました。in vitro(試験管内)実験でのmiR-143#12の効果は動物実験でも実証されました。さらに、新たな知見として、血管のマーカーであるCD31で腫瘍サンプルを染色すると、miR-143#12の浸透したであろう部位で顕著に染色が確認されました。つまり、miR-143#12は正常な血管新生を誘導し、自身の効果を増強した可能性が示唆されました(図4)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210138103-O7-0ex925af】 【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210138103-O8-9SeqozVY】
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210138103-O9-a1n2wD79】
図4. マウスモデルにおけるmiR-143#12の抗腫瘍効果
(左上)miR-143#12投与における腫瘍サイズの経時的変化を確認し、コントロールに比べmiR-143#12投与群でサイズの増大を抑制しています。(左下)腫瘍サンプルにおいて、RASネットワークに関わるタンパクの量を確認したところ、miR-143#12投与で発現が抑制されていました。(右)CD31染色により、miR-143#12投与群で、血管新生を確認しました。
【今後の展開】
がん化に最も重要な役割を果たしているドライバー遺伝子であるRASの変異を有するがんの根治には、RAS、AKT、ERKそれぞれを単独阻害しても不十分であり、我々が開発した化学修飾miR-143#12による複合的なRASネットワークの抑制が最適であることが明らかになりました。さらに、マウスモデルにおいて血管新生が観察され、それに伴った低濃度での抗腫瘍効果が示されました。今後、miR-143#12の効果が全身投与で反映される薬剤送達システムの開発が望まれます。
【論文情報】
雑誌名:Molecular Therapy – Nucleic Acids
タイトル:Chemically-modified MIR143-3p exhibited anti-cancer effects by impairing the RAS network in colorectal cancer cells(化学修飾されたMIR143-3pは、大腸がん細胞のRASネットワークを阻害することにより抗がん作用を示した)
著者:Nobuhiko Sugito, Kazuki Heishima, Yukihiro Akao(杉戸信彦、平島一輝、赤尾幸博)
DOI番号:10.1016/j.omtn.2022.09.001
論文公開URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2162253122002396
各種RAS変異がんに対する効果を報告したこれまでの国際科学論文(References)
大腸がん(Colon cancer)
Impairment of RAS signaling networks and increased efficacy of epidermal growth factor receptor inhibitors by a novel synthetic miR-143. Akao Y, Kumazaki M, Shinohara H, Sugito N, Kuranaga Y, Tsujino T, Yoshikawa Y, Kitade Y. Cancer Sci. 2018 May;109(5):1455-1467. doi: 10.1111/cas.13559. Epub 2018 Apr 14.
膀胱がん(Bladder cancer)
Anti-cancer Effects of a Chemically Modified miR-143 on Bladder Cancer by Either Systemic or Intravesical Treatment. Yoshikawa Y, Taniguchi K, Tsujino T, Heishima K, Inamoto T, Takai T, Minami K, Azuma H, Miyata K, Hayashi K, Kataoka K, Akao Y. Mol Ther Methods Clin Dev. 2019 Feb 20;13:290-302. doi: 10.1016/j.omtm.2019.02.005. eCollection 2019 Jun 14.
胃がん(Gastric cancer)
Synthetic miR-143 Inhibits Growth of HER2-Positive Gastric Cancer Cells by Suppressing RAS Networks Including DDX6 RNA Helicase. Tokumaru Y, Tajirika T, Sugito N, Kuranaga Y, Shinohara H, Tsujino T, Matsuhashi N, Futamura M, Akao Y, Yoshida K. Int J Mol Sci. 2019 Apr 5;20(7):1697. doi: 10.3390/ijms20071697.
腎がん(kidney cancer)
Synthetic miR-143 Exhibited an Anti-Cancer Effect via the Downregulation of RAS Networks of Renal Cell Cancer Cells In Vitro and In Vivo. Takai T, Tsujino T, Yoshikawa Y, Inamoto T, Sugito N, Kuranaga Y, Heishima K, Soga T, Hayashi K, Miyata K, Kataoka K, Azuma H, Akao Y. Mol Ther. 2019 May 8;27(5):1017-1027. doi: 10.1016/j.ymthe.2019.03.004. Epub 2019 Mar 13.
横紋筋肉腫(Rhabdomyosarcoma)
Synthetic MIR143-3p Suppresses Cell Growth in Rhabdomyosarcoma Cells by Interrupting RAS Pathways Including PAX3-FOXO1. Sugito N, Heishima K, Ito Y, Akao Y. Cancers (Basel). 2020 Nov 10;12(11):3312. doi: 10.3390/cancers12113312.
【用語解説】
1)RAS:がんの中で最も頻度が高く異常を示すがんドライバー遺伝子、その異常は多岐にわたる。
2)マイクロRNA:21−25塩基の2本鎖RNAで複数のメッセンジャーRNA(遺伝子)に結合してその翻訳を負に調節している。
3)核酸医薬:DNA,RNAを用いた医薬品
4)ドライバー癌遺伝子:がん細胞の増殖に関与する責任遺伝子
5)代償性シグナル:主経路が障害されたときに機能する代替シグナル系
6)ガイド鎖:マイクロRNA2本鎖のうち、標的の遺伝子に結合するRNA鎖
【研究支援】
本研究は、AMEDのP-CREATE(JP21cm0106202)の支援を受けました。
【研究者プロフィール】
岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 特任助教
<略歴>
2014年3月 岐阜大学工学部生命工学科 卒業
2014年4月 岐阜大学大学院工学研究科生命工学専攻 入学
2016年3月 岐阜大学大学院工学研究科生命工学専攻 修了
2016年4月 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科創薬科学専攻 入学
2019年3月 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科創薬科学専攻 修了 博士(薬科学)
2019年4月 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 AMED研究員
2022年4月 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 特任助教
赤尾 幸博(あかお ゆきひろ)
岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 特任教授
<略歴>
1978年3月 大阪医科大学卒業
1978年4月 名古屋第一赤十字病院内科(骨髄移植)
1984年4月 名古屋大学医学部第一内科、分院内科 (医学博士取得)
1988年9月 米国ウイスター研究所 (Dr. Calro Croce)
1990年9月 名古屋大学医学部分院内科
1991年4月 愛知県がんセンター研究所 (化学療法部) 主任研究員
1993年9月 大阪医科大学 助教授
1996年7月 岐阜県国際バイオ研究所 部長
2009年4月 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 教授
2018年4月 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 特任教授
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