ケルセチンとその誘導体のがん転移抑制機構の一端を明らかにしました
令和4年6月13日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
ケルセチンとその誘導体のがん転移抑制機構の一端を明らかにしました フラボノイドプローブの開発及びケルセチン誘導体と標的タンパク質の作用様式の解明
【本研究のポイント】
・代表的なフラボノイド注1)であるケルセチンとその誘導体はがんの転移を抑制することが報告されている。
・フラボノイドの生理活性メカニズムを明らかにするための5種類の新しいフラボノイドプローブを合成しました。
・このフラボノイドプローブを用いたプルダウンアッセイ注2)によりケルセチン誘導体の標的タンパク質としてmatrix metalloproteinase-1 (MMP-1) 注3)を同定しました。
・ケルセチン誘導体は、MMP-1の活性中心である金属イオン付近に結合することで、MMP-1を阻害することを明らかにしました。
・MMP-1は抗癌細の転移に関わるため、ケルセチン誘導体のがん転移抑制剤としての応用が期待されます。
【研究概要】
岐阜大学応用生物科学部山内恒生助教のグループは代表的なフラボノイドであるケルセチンとその誘導体のがん転移抑制機構の一端を、標的タンパク質の結合様式を調査することにより明らかにしました。5 種類のフラボノイドプローブを新たに合成し、これを使ったプルダウンアッセイにより、ケルセチン誘導体の標的タンパク質としてMMP-1を同定しました。ケルセチンおよびその誘導体(3MQ)は MMP-1 を阻害しました。また、表面プラズモン共鳴(SPR)法により、ケルセチン誘導体とMMP-1 触媒ドメインとの濃度依存的な相互作用が示されました。また、核磁気共鳴分光 (NMR) 法により、3MQはMMP-1の金属イオン周辺と相互作用することがわかりました(図1)。フラボノイドプローブの開発により、新たな標的タンパク質発見の可能性が広がり、フラボノイドの多様な生理活性の中核的なメカニズムが明らかになると期待されます。
本研究成果は、日本時間2022年6月6日にBioorganic &Medicinal Chemistry誌のオンライン版で発表されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202206132466-O5-62u0966J】 図1 Quercetinとその誘導体のがん細胞遊走阻害機構
【研究背景】
がんは、細胞の異常増殖と転移を特徴とする疾病です。がんの進行は4つの段階で起こります。このうち「転移」は、がん細胞が移動することによって、がんが発生した場所から体のさまざまな部位に広がっていく段階です。そのため転移の抑制はがんの治療において重要であり、これまでに細胞運動の促進に関連する遺伝子、酵素、リガンド、細胞内シグナルがいくつか報告されています。
フラボノイドは、植物に含まれる二次代謝物の一種で、C6-3-6骨格を有しています。フラボノイドの薬効については多くの研究がなされており、抗酸化作用、抗炎症作用、抗がん作用など幅広い生理作用を示すことが報告されています。ケルセチンには、抗酸化作用、メラニン生成抑制作用、抗腫瘍作用など、さまざまな生理活性があることが多くの研究で示されています。さらに、いくつかのタンパク質がケルセチンの標的となることが報告されています。以前の研究で、ケルセチン誘導体が皮膚がん、及び卵巣がん細胞において抗遊走および抗浸潤活性注4)を示すことが明らかにされています。また、ケルセチンは、マウスの体内で転移を抑制することも報告されています。しかし、ケルセチン及びその誘導体の抗遊走、抗浸潤、抗転移活性の分子機構は、20年以上にわたって解明されていませんでした。そこで、本研究では、ケルセチン誘導体の標的タンパク質を、プルダウンアッセイを用いて調査し、ケルセチン誘導体との作用機序をNMRやSPR法を用いて調査しました。
【研究成果】
本研究では、フラボノイドの特定の水酸基にキャリアビーズを結合させ、標的タンパク質を決定するプルダウン法に用いるフラボノイドプローブの新しい合成法を開発しました。本プローブを用いてケルセチン誘導体の標的タンパク質を明らかにし、その作用様式をタンパク質のNMR測定により明らかにしました。
フラボノイド誘導体にBorax、Benzyl、acetoglucose保護でアミノエトキシ基を特異的に導入し、5種類のフラボノイドプローブを作製しました(図2)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202206132466-O6-373d0647】 図2 合成した5種類のフラボノイドプローブ
合成したフラボノイドプローブを用いたプルダウンアッセイにより、MMP-1がケルセチン誘導体の標的タンパク質の一つであることが示唆されました。ケルセチン誘導体とMMP-1の結合様式をSPRおよびHSQC分析により検討しました。SPR解析では、ケルセチン誘導体とリコンビナントMMP-1触媒ドメインの相互作用は濃度依存的であることが確認されました。また、結合の強さを示すKd値を算出したところ、3MQはケルセチンよりも強力にMMP-1と結合していることが明らかとなりました。MMP-1阻害活性及び、がん細胞遊走阻害活性がケルセチンよりも3MQの方が強いことから、このSPRの結果はこれらの結果を支持していました。15N標識したMMP-1触媒ドメインを用いた1H-15N HSQC NMR解析により、3MQはZn2+イオンだけでなく、Ca2+イオンも含むすべての金属イオン付近と相互作用していることが示されました(図3)。これらの結果から、ケルセチン誘導体は金属イオン付近に結合することでMMP-1の活性を阻害し、がん細胞の遊走を抑制しているのではないかと考察しました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202206132466-O7-TO0EeQWa】 図3 3MQのMMP-1への相互作用箇所
【今後の展開】
ケルセチンは玉ねぎや柑橘類など植物中に多く含まれており、抗炎症や高肥満、抗がん活性など様々な生物活性が報告されています。ところが、その作用メカニズムは十分に明らかにされていません。フラボノイドプローブの開発と結合様式の解明は、新たな標的タンパク質発見の可能性を広げ、フラボノイドの多面的な生理活性の中核となるメカニズムを明らかにすることができるのではないかと期待しています。また、ケルセチン誘導体のがん転移阻害の標的タンパク質の一つをMMP-1であることが示唆されたため、MMP-1を阻害する新たな化合物の探索につなげることができるのではないかと考えています。
【論文情報】
雑誌名:Bioorganic &Medicinal Chemistry
タイトル:Development of flavonoid probes and the binding mode of the target protein and quercetin derivatives
著者:AyakaTsuchiya, Miho Kobayashi, Yuji O.Kamatari, Tohru Mitsunaga, KoseiYamauchi
DOI番号:10.1016/j.bmc.2022.116854
論文公開URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0968089622002462
【用語解説】
1)フラボノイド:
植物中に広く分布するポリフェノールの一種。細胞や動物レベルで様々な生物活性が報告されている。
2)プルダウンアッセイ:
化合物と結合するタンパク質を調査するための一般的な方法の一つ。プローブと結合したタンパク質は沈殿を生じるため、これを回収してタンパク質の解析を行う。低分子化合物の標的タンパク質を同定することは、ドラッグデザインにおいて非常に重要とされている。
3)MMP-1:
がんの転移に関わるコラーゲン分解酵素のひとつ。細胞間コラーゲンを分解することで細胞同士が離れやすくなり、がん細胞の移動、転移が生じやすくなります。
4)遊走・浸潤:
遊走とは、がん細胞の移動を意味し、浸潤はがん細胞が組織に入り込むことを意味する。がん細胞が移動し、コラーゲン分解酵素により組織を破壊しながら血管内に侵入し、移動することでがんの転移が生じる。
【研究者プロフィール】
山内 恒生(やまうち こうせい):論文責任著者
岐阜大学 応用生物科学部 助教
土屋 綾香(つちや あやか):論文筆頭著者
岐阜大学 連合農学研究科 D2
小林 美穂(こばやし みほ)
岐阜大学 糖鎖生命コア研究所 技術補佐員
鎌足 雄司(かまたり ゆうじ)
岐阜大学 糖鎖生命コア研究所 助教
光永 徹 (みつなが とおる)
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