生体分子モーターによって駆動される物質輸送機構における失活したモーターの影響を解明
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
生体分子モーターによって駆動される物質輸送機構における
失活したモーターの影響を解明
細胞内には力発生や物質輸送を担う分子機械(生体分子モーター(注1))が存在する。近年、この生体分子モーターを体外に取り出して、バイオセンサー(注2)での物質輸送機構として利用することが目指されている。岐阜大学工学部の新田高洋准教授、工学研究科のSamuel Macharia Kang’iriさんらの研究グループは、カナダMcGill大学のAndrew SalemさんとDan V. Nicolau教授との共同研究で、この物質輸送機構における失活したモーターが物質輸送に与える影響を解明した。
本研究成果は、2022年2月3日(木)(日本時間)にBiosensors and Bioelectronics誌のオンライン版で発表された。
【発表のポイント】
・生体分子モーターは細胞内で力発生や物質輸送を担う分子スケールの機械である。
・この生体分子モーターを細胞外に取り出してバイオセンサーの物質輸送に用いることにより、バイオセンサーの検出時間を短縮できる。しかし、バイオセンサー表面に固定すると生体分子モーターが機能しなくなり(失活し)、バイオセンサーでの物質輸送が効率的に行えなくなることがある。
・本研究は、バイオセンサーでの効率的な物質輸送を行うためには、90%以上の生体分子モーターが機能していなければならないことをシミュレーションを用いて示した。
・本研究は、生体分子モーターを利用したバイオセンサーとして適切な材料を選択する指針を与えるもので、高性能なバイオセンサーの開発に寄与することが期待できる。
【研究背景】
生体分子モーターは、細胞内での力発生や物質輸送を担う分子スケールの機械である。この生体分子モーターを体外に取り出して、分子シャトルというマイクロスケールの物質輸送機構を構築することが出来る(図1)。分子シャトルでは、表面に固定した生体分子モーターによって、輸送物質を載せたタンパク質繊維を駆動する。近年、この分子シャトルをバイオセンサーに利用することが目指されている。分子シャトルを用いることにより、これまで検出時間を短縮するために必要であったポンプなどの外部駆動装置が不要になり、小型で独立した高性能のバイオセンサーが実現することが期待されている。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202202047035-O5-Ydm9nb38】
図1 分子シャトルの概念図
これまでに分子シャトルを用いたバイオセンサーの試作機が作製されているが、バイオセンサーの性能に影響するのが失活したモーターの存在である。失活とは、生体分子モーターが機能しなくなることであり、失活した生体分子モーターがあると分子シャトルのスピードが低下し輸送効率が大幅に低下することがある。これは、生体分子モーターが表面に固定された際に、表面の物質と相互作用し、生体分子モーターが駆動力を発生できず、分子シャトルに結合したままとなるため、分子シャトル運動の抵抗となってしまうからである(図2)。しかし、失活したモーターが表面上に実際どの程度存在するかを実験的に計測することは難しいため、実験研究では失活した生体分子モーターの影響を調べることは難しい。そこで我々は、コンピュータシミュレーションを用いて、失活したモーターの影響を調べた。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202202047035-O6-6Vol8STx】
図2 失活した生体分子モーターは分子シャトル運動の抵抗となってしまう
【研究成果】
シミュレーションを用いて、様々な割合で活性な生体分子モーターと失活した生体分子モーターが混在する表面上を運動する分子シャトルの運動を観察した(図3)。その結果、バイオセンサー表面にある生体分子モーターのうち90%以上が機能していなければ、輸送機構は大幅に低下することを明らかにした(図4)。このメカニズムを明らかにするために解析をすすめた結果、失活した生体分子モーターは活性な生体分子モーターに比べ結合時間が長いため、実際に分子シャトルに結合している生体分子モーターの中では失活したモーターの割合が高くなることがわかった(図5)。このため失活したモーターの抵抗に対抗するためには、より多くの活性な生体分子モーターが必要であることがわかった。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202202047035-O7-4vEplsyw】
図3 分子シャトルの軌跡 (左)70%の生体分子モーターが機能している場合、分子シャトルはほとんど動いていない。(中)94%の生体分子モーターが機能している場合、分子シャトルとはスムーズには動かない。(右)98%の生体分子モーターが機能している場合、分子シャトルはスムーズに運動する。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202202047035-O8-abRW8p33】
図4 活性な生体分子モーターの割合と分子シャトルの移動速度
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202202047035-O9-RJpOks6g】
図5 バイオセンサー表面にある活性な生体分子モーターの割合と、分子シャトルに結合している活性な生体分子モーターの割合
一方、これまでに報告されている実験結果では、10%から70%程度でも物質輸送が行われており、我々のシミュレーション結果との隔たりがある。この隔たりについて、シミュレーション結果と,生体分子モーターの大きさなどの考察から、以前の実験では生体分子モーターがバイオセンサー表面で多重層を形成していることが示唆された。
【今後の展開】
本研究は、生体分子モーターを利用したバイオセンサーの適切な基板材料を選択する際の指針を与えるもので、高性能なバイオセンサーの開発に寄与することが期待できる。
【論文情報】
雑誌名:Biosensors and Bioelectronics
タイトル:Effects of defective motors on the active transport in biosensors powered by biomolecular motors
著者:Samuel Macharia Kang’iri, Andrew Salem, Dan V. Nicolau, Takahiro Nitta
DOI番号:10.1016/j.bios.2022.114011
論文公開URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0956566322000513
【用語解説】
(注1)生体分子モーター:
生体内に存在するタンパク質の一種で、筋肉の収縮などを担うミオシン、細胞内物質輸送などを担うキネシンなどがある。アデノシン三リン酸という物質を分解するときに得られるエネルギーを利用して、力発生や運動を行う。
(注2)バイオセンサー:
生体分子を検出する機器で、検出したい生体分子を機器内の検出部分に輸送する必要がある。この輸送には、検出したい生体分子を含んだ液体をポンプなどの外部装置を用いて流すことによって行われることが多い。
【研究者情報】
新田高洋(にった たかひろ):論文責任著者
岐阜大学工学部電気電子・情報工学科応用物理コース 准教授
Samuel Macharia Kang’iri (サミュエル マシャリア カンギリ):論文筆頭著者
岐阜大学大学院工学研究科
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