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消化管における飲⽔感知メカニズムを解明


−⽣体内イメージングによる神経活動のリアルタイム観察−

 飲⽔量を調整し、体液恒常性を維持することは、⽣物が⽣きる上で必要不可⽋です。飲⽔後に消化管内で浸透圧変化が感知されることで、脳内の飲⽔促進ニューロンが抑制され、飲⽔抑制が起こることが⽰唆されてきましたが、そのメカニズムは⻑らく不明でした。新潟⼤学⼤学院医⻭学総合研究科⼝腔⽣化学分野の市⽊貴⼦助教(研究当時:カリフォルニア⼯科⼤学岡勇輝教授研究室・博⼠研究員)らの研究グループは、マウスを⽤いたin vivoイメージング(注1)実験を⽤いて、消化管を制御する迷⾛神経の感覚神経節(注2)をリアルタイムに観察することで、腸管内の⽔による低浸透圧刺激に特異的に反応する神経群を⾒出しました。さらに、この低浸透圧感知には、肝⾨脈(注3)が消化管ホルモンを介して、主要な働きをしていることを明らかにしました。本研究成果は、2022年1⽉26⽇(英国時間)に英国科学誌「Nature」にオンライン公開されました。

【本研究成果のポイント】
・消化管を支配する迷走神経あるいは脊髄神経の求心性感覚神経節のマウスin vivoイメージングの実験系を確立し、リアルタイムでの神経活動記録を可能とした。 
・in vivoイメージングを用いて、消化管への水による低浸透圧刺激に特異的に反応する神経群を見出した。
・消化管における飲水後の低浸透圧感知には、肝門脈が主要な働きをしていることを明らかにした。

Ⅰ.研究の背景
 適切な飲水欲求の調節は、体液恒常性の維持に必要不可欠です。神経系による飲水制御メカニズムとして、脳内の脳弓下器官(SFO, subfornical organ)に存在する神経群が飲水促進に寄与することが知られています(Oka, et al., Nature, 2015)。このSFOの飲水促進ニューロンは、飲水後に体液浸透圧が変化する以前に強く抑制されることから、神経系による飲水抑制機構が存在することが示唆されてきました。飲水後の飲水抑制には、液体嚥下に反応して起こる一次抑制と、消化管での浸透圧感知によって持続性に働く二次抑制があると考えられています(図1)。二次抑制のメカニズムには不明な点が多く残されており、消化管における飲水感知シグナルが中枢神経系に伝達される仕組みはわかっていませんでした。本研究では、確立したin vivoイメージングの実験系を用いて、消化管内の浸透圧変化がどのように感知され、飲水後の飲水抑制に寄与するのかを調べました。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202201276627-O2-Yh2c9A78

 
Ⅱ.研究の概要、成果
 消化管の感覚受容には、迷走神経が重要な役割を果たすことが知られています。これまでに、消化管内の浸透圧変化に対する迷走神経の応答は部分的な知見しか得られておらず、飲水に応じた低浸透圧刺激が迷走神経を活性化するかは不明でした。まず本研究グループは、マウスの迷走神経群から電気生理学的手法を用いて神経活動を記録する実験系を構築しました。具体的には、マウスin vivoにおいて飲水を模した腸管内への水灌流刺激を行うと同時に、迷走神経の応答を複合活動電位(注4)として記録する手法を確立しました。このin vivo複合活動電位記録の結果、迷走神経が腸管内の水刺激に強く応答することを見出しました。次に、in vivoカルシウムイメージングによる単一細胞レベルでの神経応答の可視化を行うため、迷走神経の求心性感覚神経節である節状神経節のin vivoイメージングの実験系を確立しました(図2a)。具体的には、感覚神経依存的にカルシウムセンサー(GCaMP)を発現するマウスを用いて、腸管内への水灌流刺激を行うと同時に、節状神経節ニューロンの応答を観察しました。その結果、迷走神経において、水による低浸透圧刺激に特異的に応答する神経群が存在することが明らかになりました(図2b)。
 一方で、消化管の感覚受容は迷走神経のみならず、脊髄神経の求心性感覚神経も担っており、脊髄神経も飲水抑制に何らかの役割を果たす可能性がありました。この可能性を考慮し、脊髄後根神経節のin vivoイメージングの実験系を確立し、反応を観察しました。その結果、皮膚への触刺激や酢酸溶液による侵害刺激に対する反応が観察された一方で、腸管への水灌流刺激に対してはほとんど応答が見られませんでした。よって、迷走神経と比較して、脊髄神経は腸管での低浸透圧感知にはほとんど寄与しないことが示唆されました。
 次に、消化管内の低浸透圧に反応する神経群のマーカー遺伝子を探索し、低浸透圧応答神経群を含む遺伝子tachykinin 1 (Tac1)と、含まない遺伝子としてneurotensin (Nts)を同定しました。それぞれの遺伝子のプロモーターでドライブされるCre(注5)マウスに、Cre依存的に蛍光色素を遺伝子導入するアデノ随伴ウィルスを節状神経節にインジェクションし、末梢器官への投射分布を確認しました。その結果、Tac1-Creで消化管と肝臓を繋ぐ血管である肝門脈への投射を確認したのに対し、Nts-Creでは認められませんでした。この結果から、肝門脈が低浸透圧感知に寄与するのではないかと考えました。腸管から吸収された水分、栄養素は、上腸間膜静脈を経由してすべて肝門脈へ集められることから、肝門脈を支配する神経群が、水分や栄養素の感知に何らかの役割を果たす可能性が示唆されました。そこで、肝門脈を支配する迷走神経の分枝(肝枝)を切除し、腸管への低浸透圧刺激に対する応答を調べました。その結果、切除後に低浸透圧刺激に対する応答が消失することを確認しました(図3)。マウス行動実験においても、肝枝切除後に脱水後の飲水量が有意に増加することが確認されました。さらに、脳内のSFOの飲水時のリアルタイム神経活動をファイバーフォトメトリ(注6)によって観察したところ、肝枝切除後に、飲水後のSFO飲水促進ニューロンの活動抑制が阻害されることを確かめました。以上の結果から、末梢器官において、肝門脈を支配する迷走神経が低浸透圧刺激の感知に寄与することが明らかとなりました。
 次に、肝門脈が直接的に低浸透圧刺激を感知するかどうかを調べるために、肝門脈へカテーテルを挿入し、低張食塩水を注入した際に、迷走神経の応答が見られるか調べました。その結果、肝門脈への直接的な低浸透圧刺激に対する応答は認められませんでした。そこで、消化管ホルモンの関与を想定し、主要な消化管ホルモンを肝門脈へ注入した際の迷走神経応答を調べました。各種ホルモンのうち、血管作動性腸管ペプチド(VIP, vasoactive intestinal peptide)による迷走神経応答が、肝枝切除後に消失し、かつ、腸管の水灌流によって応答する神経群と4割程度同一であることを見出しました。これにより、飲水後に腸管にて低浸透圧が感知された後、VIPをはじめとする消化管ホルモンが分泌され、肝門脈に作用することで、迷走神経を介して中枢に飲水抑制シグナルが送られている可能性が示唆されました。
 本研究により、長らく不明であった消化管における飲水抑制回路が明らかとなり、生物が生きる上で必須な体液恒常性を維持する神経基盤の一端が解明されました。

 
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202201276627-O3-fp4O8ubW
図2: a, マウス節状神経節イメージング模式図。 b, Water、500 mM NaCl、300 mM glucoseをそれぞれ20秒間、腸管内に灌流した際の節状神経節ニューロンの反応。同一神経節内での反応ニューロン(上段)。個別ニューロンの応答を示したHeat map(下段左)。反応したニューロンの総数を示したベン図(下段右)。それぞれ特異的な神経細胞集団が反応した。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202201276627-O4-zFoh30E1
 
図3:迷走神経肝枝の選択的切除の模式図(左)。肝枝切除前・切除後の、水を腸管内に灌流した際の節状神経節ニューロンの反応。切除後に反応が消失した(右)。

 
Ⅲ.今後の展開
 今回、消化管への低浸透圧刺激に対し、VIPをはじめとする消化管ホルモンが肝門脈に作用することで、迷走神経応答が起きていることが示唆されましたが、腸管においてどのようにして低浸透圧が感知され、ホルモン分泌が行われているのかは明らかになっていません。また、迷走神経の節状神経節からのシグナルがどういった経路を介して脳内のSFOニューロンに伝達されているのかに関してもよくわかっていません。今後はこれらを明らかにしていきたいと考えています。また、本研究で確立したイメージング技術は、飲水行動だけでなく、摂食行動などの別の欲求行動の制御メカニズムの解明に応用できます。さらに、各種栄養素の感知や侵害受容といった他の感覚受容に対する迷走神経、脊髄神経の役割を明らかにしていくことも可能であり、さらなる研究の発展が期待されます。

Ⅳ.研究成果の公表
 本研究成果は、2022年1月26日16時(英国時間)、英国科学誌「Nature」に掲載されました。
論文タイトル:Sensory representation and detection mechanisms of gut osmolality change
著者:Takako Ichiki, Tongtong Wang, Ann Kennedy, Allan-Hermann Pool, Haruka Ebisu, David J. Anderson and Yuki Oka
doi: 10.1038/s41586-021-04359-5
URL: https://www.nature.com/articles/s41586-021-04359-5

Ⅴ.謝辞
 本研究は、日本学術振興会 海外特別研究員制度の支援を受けて行われました。

 
【用語解説】
(注1)in vivoイメージング…生体内でのイメージング
(注2)感覚神経節…末梢神経系からの感覚刺激を中枢に伝達する感覚ニューロンの神経細胞体が集合している部分。
(注3)肝門脈…消化管と肝臓を繋ぐ血管。腸管から吸収された水分、栄養素は、上腸間膜静脈を経由してすべて肝門脈へ集められる。
(注4)複合活動電位…神経線維の活動電位(刺激によって細胞膜に生じる一過性の膜電位変化)の総和。
(注5)Cre…DNA組み換え酵素。DNA分子の特定の配列(loxP)同士の間で組換えを起こす部位特異的組換え酵素として遺伝子改変マウスの作製等でよく用いられる。
(注6)ファイバーフォトメトリ…脳内に埋め込んだファイバーを通して、カルシウムインジケータからの蛍光強度の変化を検出することで、脳内の神経細胞活動をリアルタイムに観察することができる研究手法。

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