ほとんどオスを産まないハチの謎を解明
令和3年5月11日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
ほとんどオスを産まないハチの謎を解明 ~母親どうしの協力行動であることが明らかに~
明治学院大学教養教育センター付属研究所の安部淳研究員が、理化学研究所数理創造プログラムの入谷亮介研究員、岐阜大学応用生物科学部の土田浩治教授、慶應義塾大学商学部の上村佳孝准教授、オックスフォード大学のStuart A. West教授とともに、オスを数パーセントしか産まないハチの謎を解明しました。
【発表機関】
明治学院大学
国立研究開発法人 理化学研究所
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
慶應義塾大学
【ポイント】
・メリトビアというハチの仲間が極端に少なくオスを産む理由は解明されていませんでしたが、一緒に産卵する母親がお互いの子孫を効率良く残すための一種の協力行動であることを明らかにしました。
・メリトビアでは、一緒に産卵する母親どうしの血縁関係によって産むオスとメスの割合を調節し、血縁者の母親が一緒に産卵するときに極端に少なくオスを産んでいました。
・オスを少なく産むことにより、血縁関係のある息子どうしの配偶相手をめぐる無駄な競争を避け、その分多くのメスを産めるため、お互いの子孫の数を増やせることが、DNA解析および数理的理論解析によって示されました。
・母親どうしは血縁関係を直接認識することはできず、近くに分散した(血縁者と遭遇しやすい)か、遠くに分散した(血縁者と遭遇し難い)か、という自己の経験にもとづいて間接的に血縁関係を推定していることが示唆されました。
【概要】
生物が産むオスとメスの割合は、それぞれの状況に応じ母親にとって最も効率よく子孫を残せる値に進化していることが、これまでの研究により明らかにされてきました。これまでの研究によれば、一緒に育ったオスとメスが交配する生物では、同じ母親から生まれた息子どうしの配偶相手をめぐる無駄な競争を避けるためオスを少なく産みますが、他の母親と一緒に産卵する場合は他人の息子との競争に備えてオスの割合を高めて産みます。しかし、寄生バチの仲間のメリトビアは、他の母親と一緒に産卵する場合でも常に極端に少なくオスを産む(オス率約2%)ため、本分野における謎とされてきました。
明治学院大学教養教育センター付属研究所の安部淳研究員は、理化学研究所、岐阜大学、慶應義塾大学、オックスフォード大学の共同研究者らとともに、野外調査、室内実験、DNA解析、数理的理論解析を統合することにより、その謎を解明しました。本研究では、メリトビアの一種であるMelittobia australicaの雌雄の産み方と母親間の血縁関係を自然環境下で調べました。メスが近隣に分散した場合は、血縁関係のある母親が一緒に産卵し、これまでの報告と同様に常にオスを少なく産んでいました。一方、メスが遠方に分散した場合は、血縁関係のない母親が一緒に産卵し、母親数が増えるほどオス率を高めて産むことが新たに分かりました。このような雌雄の産み方は、分散の仕方と母親の血縁関係を考慮した数理解析によっても、母親にとって最も効率よく子孫を残せる産み方であることが理論的に確認されました。血縁者の母親が一緒に産卵する状況でオスを少なくする産み方は、自身の息子だけでなく血縁関係のある息子どうしの配偶相手をめぐる競争を避け、その分メスを多く産むことができるため、お互いの子孫の数を増やす協力的な行動であることが示されました。
本研究成果は、米国東部標準時2021年5月10日(月)午後3時(日本時間5月11日(火)午前4時)にPNAS(米国科学アカデミー紀要)にオンライン掲載されました。
【研究内容】
■背景
生物が産むオスとメスの割合(性比)は必ずしも1対1ではなく、どちらかの性に偏る場合も多く見られます。その割合は母親にとって最も効率的に子孫を残せる値であることが、これまでの進化生物学における研究から明らかにされてきました。例えば、一緒に育ったオスとメスが交配する生物では、オスを少ない割合で産むことが知られています。オスは複数のメスと交配することができるため、母親はオスを少なく産むことにより、息子どうしが配偶相手をめぐって無駄に競争するのを避け、その分メスを多く産むことができ、より多くの子孫を残すことができるのです。しかし、そのような生物でも他の母親が存在する場合は、自身の息子が他人の息子と競争する状況に備えてオスの割合を高めて産みます(図1左)。多くの寄生バチ[注1]の仲間は、一緒に産卵する母親の数によって性比を調節[注2]し、単独で産むときはオスを少なく産む一方、母親数が増えるに従いオス率を増やすことが確認されてきました。
寄生バチの仲間の一属であるメリトビア(Melittobia;図2)のメスは、ハキリバチなどの蛹に数十から百個以上の卵を産み、孵化した幼虫は蛹の体液を摂取して成長し、羽化すると一緒に育ったオスとメスで交尾を行います。しかし、上の理論の予測に反し、メリトビアの性比は一緒に産卵する母親の数に関係なく常に極端にメスに偏る(オス率約2%)ため、この分野における謎とされてきました(図1左)。これまでに様々な仮説が提唱され検討されてきましたが、その性比を説明することはできていませんでした。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202105064556-O5-8tumM01I】
図1.一緒に育ったオスとメスが交配する場合に理論的に予測される性比(左図;橙色)と,先行研究で報告されていたメリトビアの性比(左図;黄緑),および本研究により新たに自然環境下で測定されたメリトビアの性比(右図).
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202105064556-O7-uXG2mn4k】
図2.メリトビア(Melittobia australica)のオス(右側の茶色い個体)とメス(左側の黒い個体)の成虫.体長1 mm程度で,性的二型が顕著.オスは複眼を欠き,翅が小型で飛ぶことはできない.羽化後オスが分散することはなく,一緒に育ったメスたちと交尾を繰り返して一生を終える.交尾したメスは,新たな寄生先を求めて分散する.
■研究手法
これまでメリトビアで報告されてきた性比は主に実験室内で測定されてきましたが、本研究では自然環境下で産卵されたメリトビア(Melittobia australica)の性比を測定しました。さらに、DNA解析によって個体間の血縁関係を調べました。それらから明らかになったメリトビアの生態を考慮して数理モデルを作成し、包括適応度理論[注3]にもとづいて、母親にとって最も効率的に子孫を残せる性比を計算しました。
■研究結果
メリトビアでは、メスの分散の仕方によって異なる性比で産むことが新たに分かりました。メスが近隣の蛹に歩いて分散して産卵した場合は、一緒に産卵する母親の数に関係なくほとんどメスばかりを産む一方、遠方の蛹に飛んで分散した場合は、一緒に産卵する母親数が増えるにつれオスの割合を高めて産んでいました(図1右)。DNA解析の結果、近隣の蛹に一緒に産卵していた母親どうしは高い血縁関係を示したのに対し、遠方の蛹に産卵する場合は血縁関係のない赤の他人が一緒に産卵していました。
遠方に飛んで分散する場合は、既存理論の予測どおり、血縁関係のないオスとの配偶相手をめぐる競争に備えてオスの割合を高めて産んでいると考えられます。一方、近隣に歩いて分散する場合は、自身の息子だけでなく血縁関係のある息子どうしの競争を避けるため、協力的にオスを少ない割合で産み、その分メスを増やしているものと考えられました(図3)。ここで見られた性比は、分散の仕方によって母親間の血縁関係が変わることを想定した数理モデルを解析することによって、それぞれの母親にとって最も効率良く子孫を残せる産み方であることが理論的にも確認されました。さらに、メリトビアは一緒に産卵する母親の血縁を直接認識することができないことも示されたため、分散の仕方によって間接的に血縁関係を推定し、それに応じて性比を調節していることが示唆されました。これまでに報告されていたメリトビアの性比は、実験室内で遠方に分散した経験のないメスによって示されたものであり、血縁関係のある母親と一緒に産卵する状況を想定し、常にオスを少なく産んでいたものと考えられました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202105064556-O9-3H9ej481】
図3.メリトビアの分散様式の違いによる母親どうしの血縁関係と性比に関する概略図.寄生されるオオハキリバチは竹筒などの間隙に巣を作り,その蛹は連続して存在する.そのため,メリトビアのメスは歩いて同じ巣の中の別の蛹を探すか,飛翔して別の巣の蛹を探すかのいずれかの方法によって分散する.
■展望
今回メリトビアで確認された母親数と母親間の血縁関係による性比の調節は、世界で初めての例です。そのような調節が、相手個体との血縁関係を直接認識するのではなく、自身の分散方法の違いによって決定されていることも示されました。この発見は、ハチの行動や性比調節の理解に留まらず、生物がどのようなときに自己中心的に振る舞い、どのようなときに協力的に振る舞うのかという社会行動全般の理解に応用されることが期待されます。
■用語解説
[注1] 寄生バチ
他の昆虫類等の体内もしくは体表に産卵し、孵化した幼虫が産み付けられた昆虫を摂食して育つハチの仲間の総称。寄生バチの種類ごとに、ある程度決まった範囲の昆虫類に寄生する。
[注2] ハチの仲間の性比調節
ハチの仲間は単数倍数性という性決定機構を持ち、遺伝子のセットを2組持つ(二倍体)とメスに、1組持つ(一倍体)とオスに成長する。そのため、母親は産卵時に精子を受精させて受精卵によりメスを産むか、受精させず未受精卵によりオスを産むかにより、子の性を調節することができる。
[注3] 包括適応度理論
進化の過程で生物の生存や繁殖に有利な遺伝子は、世代を経るごとに頻度を増すと考えられるが、親から子に伝わる遺伝子だけでなく、相互作用する血縁者を介して次世代に伝わる遺伝子も含めて遺伝子の頻度が増えたかどうかを解析するための理論。血縁者間の協力行動等、社会行動の進化の解析に用いられる。
【論文情報】
表題:A solution to a sex ratio puzzle in Melittobia wasps (寄生バチメリトビアが示す性比の謎への解答)
著者:安部 淳(明治学院大学),入谷亮介(理化学研究所),土田浩治(岐阜大学),上村佳孝(慶應義塾大学),Stuart A. West(オックスフォード大学)
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)
公開日:2021年5月10日(月)午後3時(日本時間5月11日(火)午前4時)
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