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ハイスループット計算に基づく新たな合金の探索


41種類の原子層合金を予言

令和3年3月30日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

ハイスループット計算に基づく新たな合金の探索 41種類の原子層合金を予言

 周期表中の適当な2つの金属元素を混合すると「(2元)合金」が形成します。2020年に、銅(Cu)と金(Au)の原子層が一層ずつ積層した極端に薄い「原子層合金」の実験的な合成が報告されました。
「CuAu以外に原子層合金は存在するのか?」という疑問が自然に浮かびますが、候補物質数が膨大となるため計算の実行は困難でした。岐阜大学工学部応用物理コースの小野頌太助教と同コース学部4年の里見歩乃佳は、スーパーコンピュータを利用したハイスループット計算(注1)手法を用いてこの困難を克服し、2000種類以上の原子層合金の安定性を網羅的に調べました。結晶構造に注目した解析を行うことで、41種類の新しい原子層合金が安定に存在することを予言しました。
 本研究成果は、日本時間2021年3月29日(月)に米国物理学会発行のPhysical Review B誌のオンライン版で速報(Letter)として発表されました。

【研究背景】
 周期表には、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、アルミニウム(Al)など、様々な金属元素が記載されおり、この中から適当な2つの金属元素を選び混ぜ合わせると「(2元)合金」が形成されます。合金は、金属元素の組合せや混合比などに依存してその機械的性質や磁気的性質などが変化するため、様々な工業材料の母材として応用されています。2020年の合金研究のブレイクスルーとして、原子数層からなる極端に薄い2次元構造を持つ合金(CuAu)の実験的な初合成が報告されました。「原子層構造」は、2004年に炭素原子が蜂の巣格子を組んだグラフェンが合成されて以来、物質が取り得る結晶構造の一つとして認識されています。このため、「CuAu以外に原子層合金は存在するのか?」「その原子層構造はどのようなものか?」という疑問が自然に浮かびます。

 新物質を実験に先立って予測するためには、計算物質科学の方法に基づくエネルギー計算や格子振動計算を実行し、その物質が安定であるかどうかを検証する必要があります。しかし実際的な問題として、研究者が所有する計算機が1台のみの場合、考察対象となる大量の物質群に対してエネルギー計算などを実行することは大変困難です。周期表には、放射性元素を除くと40種類以上の金属元素が存在し、2元合金の組合せは1000種類程度と見積もられます。また、各々の合金に対して例えば5種類の結晶構造を考える場合、5000個の候補となる構造があります。一つの構造のエネルギー計算に10分の計算時間を要すると仮定すると、総計算時間は50000分 = 833時間 = 34.7日となり、計算を完了するためには膨大な時間が必要です。格子振動計算を網羅的に実行する場合は、さらに10倍以上の時間が必要です。このため上述の問題に取組むには、たくさんの計算機の集合体であるスーパーコンピュータを用いて大量の計算を同時に実行する「ハイスループット計算」を行う必要があります(図1)。

【研究成果】
 本研究では、東京大学物性研究所スーパーコンピュータ「システムB、C」と名古屋大学スーパーコンピュータ「不老」を利用して、計5405個の2元合金のエネルギーを網羅的に計算しました。具体的には、46種類の金属元素の組合せ1081種類の合金に対して図2に示すような2種類の原子層構造(2次元構造)を考察しました。参照として、3種類の3次元構造(タングステンカーバイド構造など)を考察しました。エネルギーと格子振動の計算を実行するため、電子状態計算プログラムQuantum Espressoを用いました。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202103302982-O6-Kf6j3Nj6




【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202103302982-O5-zD2Gu1l4

● 計算結果1:まず、合金の安定性を判断する指標となる「形成エネルギー」という量を計算し、2元合金の安定性を調べました。その結果、蜂の巣格子構造を持つ6個の合金(AlPt, AuBa, AuLi, AuRb, LiPt, LuPt)と正方格子構造を持つ13個の合金(AlPt, AuBa, AuCa, AuCs, AuK, AuLi, AuRb, AuSr, BaPt, LuPt, PtSc, PtSr, PtY)のみが負の形成エネルギーを持ち、エネルギー的に安定であることがわかりました。不思議なことに、実験的合成が確認されているAuCuの蜂の巣格子構造は、正値の形成エネルギーが算出され、それゆえ不安定構造であると予測されました。また、負値の形成エネルギーを持つこれら19個の合金に対して「格子振動計算」を実行し、原子位置の微小変位に対する安定性(動的安定性)も調べたところ、今度は逆に、AlPtとLiPtの蜂の巣格子構造を除く、計17個の原子層合金は不安定であることが予測されました。

 以上を整理すると、「合金の形成エネルギーが負値であることは、その合金が動的安定性を持つための十分条件でも必要条件でもない」という結論を得ます。合金の安定性に関する研究において、計算物質科学の手法を用いると、形成エネルギーは比較的容易に計算可能です。しかし本研究結果は、このエネルギー値だけで原子層合金の安定性を完全に理解することはできないことを示しています。

● 計算結果2:そこで、合金の形成エネルギーではなく「結晶構造の類似性(注2)」に注目し、安定な原子層合金の探索を行いました。具体的には、「タングステンカーバイド構造(Bh構造)が安定に存在するならば、蜂の巣格子構造の原子層合金も安定である」と予想し、安定性を持つ候補物質の格子振動計算を行いました。その結果、予想通りのデータが得られ、計41種類の蜂の巣格子構造を持つ原子層合金が安定に存在することを予言しました(15種類のLi合金、その他AlPtなどを含む26種類の合金)。

【今後の展開】
 本研究では、スーパーコンピュータを用いたハイスループット計算手法と計算物質科学の方法を用いて、5000種類以上の2元合金の形成エネルギーを計算しました。従来の形成エネルギーの計算値は、合金の安定性を精密に予測しないことを示し、41種類の原子層合金を予言しました。今後は、原子層合金を安定化させるための基板物質を予測すること、物質の合成可能性に関する理解を深めることなどが課題となります。2020年以降、小野氏は原子層の安定性に関して様々な研究成果を発表しており(論文1, 2, 3。論文1と2については2020年10月30日付の岐阜大学プレスリリースにて報告済み)、これらの成果と本研究成果(論文4)は、計算物質科学と実験物理学が連携して新物質を創成するための重要な基礎となり得ます。

【論文情報】原子層の安定性に関連した最近の研究
論文(1)、(2):2020年10月30日付の同プレスリリースより再掲
論文(3):原子層の安定性を議論する数理モデルについての研究
論文(4):本研究

(1)ポロニウメン:原子番号84のポロニウムの原子層
雑誌名:Scientific Reports誌
タイトル:Two-dimensional square lattice polonium stabilized by the spin-orbit coupling
著者:Shota Ono
DOI番号:10.1038/s41598-020-68877-4
論文公開URL:https://www.nature.com/articles/s41598-020-68877-4

(2)原子層金属の動的安定性
雑誌名:Physical Review B誌
タイトル:Dynamical stability of two-dimensional metals in the periodic table
著者:Shota Ono
DOI番号:10.1103/PhysRevB.102.165424
論文公開URL:https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.102.165424

(3)レナード・ジョーンズ粒子系の原子層構造
雑誌名:Physical Review B誌
タイトル:Theory of dynamical stability for two- and three-dimensional Lennard-Jones crystals
著者:Shota Ono and Tasuku Ito
DOI番号:10.1103/PhysRevB.103.075406
論文公開URL:https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.103.075406

(4)2次元2元規則合金のハイスループット計算探索:エネルギー安定性と3次元構造の合成可能性
雑誌名:Physical Review B誌(Letter)
タイトル:High-throughput computational search for two-dimensional binary compounds: Energetic stability versus synthesizability of three-dimensional counterparts
著者:Shota Ono and Honoka Satomi
DOI番号:10.1103/PhysRevB.103.L121403
論文公開URL:https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.103.L121403

【用語解説】
(注1)ハイスループット計算:複数台の計算機を用いて大量の計算データを収集する方法。量子力学における密度汎関数理論を用いると、原子位置と原子の種類のみの情報を用いて物質の電子状態や原子に作用する力を予測することができる。計算機性能の向上に伴い、各々の物質の物性予測に必要な計算時間が短縮した。このため、複数の計算機(スーパーコンピュータなど)を用いることで大量の計算ジョブを実行し、膨大な数の物質の物性予測を効率的に行うことができるようになった。

(注2)結晶構造の類似性:ここでの「類似性」の意味は、「Bh構造も蜂の巣格子構造も、異なる金属元素からなる三角格子構造を面に垂直な方向に交互に積層させた構造である」ということである。結晶構造の類似性に基づき合金の安定性を解析するというアイデアは、上記論文2においてすでに提案されていたが、適用例がAlCuとCuZnのみであった。

【研究者プロフィール】
岐阜大学工学部 電気電子・情報工学科 応用物理コース
<略歴>
2012年 北海道大学大学院工学研究科応用物理学専攻博士後期課程 修了(工学)
2012年 横浜国立大学大学院工学研究院 研究教員、同助教(〜2016年3月)
2015年 米国カリフォルニア大学バークレー校 客員研究員(3ヶ月)
2016年 岐阜大学工学部電気電子・情報工学科 助教

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