トランプ氏が米大統領に就任…地球温暖化を前に考える、日本のエネルギー政策
トレンド総研
2020年以降の気候変動抑制の国際枠組み「パリ協定」
協定脱退の意向を示していた、トランプ氏が米大統領に就任…
就任後の判断は? 今後の方針は?
地球温暖化を前に考える、日本のエネルギー政策
生活者の意識・実態に関する調査を行うトレンド総研では、このたび、「地球温暖化対策」をテーマにレポートします。
2016年11月、気候変動抑制に関する新たな枠組みの合意を目指す国連の会議「COP22(国連気候変動枠組条約第22回締約国会議)」が開催されました。一方、同じタイミングでアメリカ大統領選挙がおこなわれ、共和党のドナルド・トランプ氏が勝利したことが大きな話題に。トランプ氏は、温暖化対策に否定的な考えや、「パリ協定」からの脱退意向も示していたことから、2017年1月の大統領正式就任後の動向に注目が集まっています。
そこで今回、トレンド総研では、こうした実態をふまえ、「地球温暖化対策」に関する生活者の理解度や考えを把握すべく、意識調査を実施。同時に、国連交渉において交渉官を務めてきた東京大学公共政策大学院・有馬純教授へのインタビューもおこないました。
<レポートサマリー>
【1:生活者調査】 「地球温暖化」に関する意識調査
■「地球温暖化対策」に関心を持つ生活者の割合は高いものの、知識や情報は十分でない人が多い。
■しかしながら、世界や日本が置かれている実態に対しては、問題意識を感じる人が多数。
■回答者からは、「アメリカの意向とは関係なく、日本は温暖化対策に積極的に向かい合うべき」、
「先進的技術を持つ国こそ、率先して温暖化対策に取り組むべき」などの声が多かった。
【2:専門家インタビュー】 地球温暖化と各国事情を前に考える、日本のエネルギー政策
■「COP21」で採択された「パリ協定」は、先進国か途上国かにかかわらず、
全ての国が温室効果ガスの排出量の削減・抑制のための目標を掲げるという“全員参加型”の枠組み。
2016年12月の「COP22」では、今後2年かけてそのための具体的なルール作りをおこなっていく、ということが決まった。
■一方で、「COP22」の期間中には、ドナルド・トランプ氏が次期米大統領に当選。
これにより、アメリカの温暖化対策は大きく後退するであろうという見方が有力。
各国の削減目標の引き上げに関する動きに影響が生じる可能性も出てきた。
■トランプ政権がどのような選択をしたとしても、日本は「パリ協定」を尊重すべきであり、
温暖化対策においても最大限努力することが求められる。
■日本のエネルギー政策についても、国内産業における海外との競争力などをきちんと見極めた上で講じるべき。
特に、日本のように国内に資源が乏しい場合は、特定のエネルギーに依存するのではなく、
原発など様々な電源を組み合わせたエネルギーの「ベストミックス」が非常に重要になってくる。
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【1:生活者調査】 「地球温暖化対策」に関する意識調査
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はじめに、一般生活者(20~50代男女)500名を対象に、「地球温暖化対策」に関する意識調査を実施しました。
<調査概要>
・調査名:地球温暖化対策に関する調査
・調査対象:20~50代の男女 500名(性別・年代 均等割付)
・調査方法:インターネット調査
・調査期間:2016年12月12日(月)~2016年12月13日(火)
◆ 温暖化対策に対する生活者の関心度合い
まず、「地球温暖化対策に関心がある」人の割合を調べたところ、64%と高い結果に。また、「地球温暖化に対する国際的な取り組みについて関心があるか」を聞いた質問でも、56%と半数以上が「ある」と答えました。
しかし一方で、2016年11月に開催された「COP22(国連気候変動枠組条約第22回締約国会議)」について知っているかを聞いたところ、「具体的にどのようなものか知っている」と答えた人はわずか9%。また、2020年以降の気候変動抑制の国際的枠組みである「パリ協定」について、「具体的にどのようなものか知っている」と回答した人も10%にとどまりました。
◆ 「地球温暖化」や「パリ協定」に関連する話題、それぞれの認知度は?
そこで今回の調査では、「地球温暖化」や「パリ協定」に関連するいくつかの話題を提示し、それらを知っていたかどうかを聞いたところ、下記のような結果に。
●日本は世界第5位の温室効果ガス排出大国である
知らなかった:66%
知っていた:34%
●東日本大震災が発生した2011年度以降、日本のCO2排出量は増加している
知らなかった:59%
知っていた:41%
●トランプ次期米大統領は、「パリ協定」から脱退する意向を示す発言をしている
知らなかった:61%
知っていた:39%
調査結果からは、「地球温暖化」に関する人々の意識は高いものの、それに付随する知識や情報は十分でないことが明らかになりました。
その一方で、こうした内容について「問題だと思うか」を聞いたところ、「日本は世界第5位の温室効果ガス排出大国である」ことについては74%、「トランプ次期米大統領は、『パリ協定』から脱退する意向を示す発言をしている」ことについては66%が「問題だと思う」と回答。今回の調査を通じて世界や日本が置かれている実態を知ったことで、問題だと感じた人も多い様子がうかがえます。
実際に回答者たちからは、「アメリカの意向とは関係なく、日本は温暖化対策に積極的に向き合うことが重要」(47歳・男性)、「先進的技術を持つ国こそ、率先して温暖化対策に取り組むべき」(29歳・女性)などの声が多くみられました。
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【2:専門家インタビュー】 地球温暖化と各国事情を前に考える、日本のエネルギー政策
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今回のアンケート調査では、日本や世界の地球温暖化対策に対する、生活者の認知度の低さが明らかになりました。そこで今回は、今後の温暖化対策をどのように捉えていくべきか、国連交渉において交渉官を務めてきた東京大学公共政策大学院・有馬純教授へのインタビュー取材をおこないました。
◆ 「COP21」で採択された、「パリ協定」とは?
Q. 「パリ協定」は、今回の調査で一般生活者の認知度が低かったのですが、あらためて教えてください。
「パリ協定」は2015年の「COP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)」において採択された、2020年以降の気候変動抑制の国際的枠組みです。「パリ協定」の最大の特徴は、それ以前に採択された「京都議定書」と違い、先進国か途上国かにかかわらず、全ての国が温室効果ガスの排出量の削減・抑制のための目標を掲げるという「全員参加型」の枠組みになったという点です。
もう一つの特徴は「目標設定」にあります。「パリ協定」においては、各締約国が国情に応じて温室効果ガスの排出量の削減・抑制目標を設定しますが、これとは別に、世界全体の温度目標というのも定められています。具体的には、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃未満に抑えるとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」というものです。また、「世界全体の目標」と「各国の取り組み」の2つがうまくバランスをとれるように、5年に一度、両者の比較をする、というプロセスも盛り込まれています。
“全員参加型”の枠組みができたというのは非常に意義があることです。ただ、それは体制の基礎が出来たにすぎないので、次はそれを運用するためのルールを作らなければいけません。各国には、「目標を策定し、進捗状況を報告し、レビューをする」というプロセスが義務づけられているのですが、具体的にどうやってレビューを進めるかなど、細かい手続きを決める必要があります。こうした中で、2016年12月の「COP22」では、今後2年かけて運用のための具体的なルール作りをおこなっていく、ということが決まったわけです。
◆「COP22」に水をさした、トランプ氏の大統領当選
Q. 2016年に実施された「COP22」の様子について、詳しくお聞かせください。
もともと「パリ協定」は、2020年以降の枠組みとして作られたものなので、当初、発効は2019年くらいになるとみられていました。ところが実際には、非常に早く批准が進んで、「COP22」直前の11月4日に発効することになりました。こういった意味で、「COP22」の冒頭は大変“お祭りムード”でした。つまり、「パリ協定」が予想をはるかに上回るスピードで発効したことで、各国が大いに盛り上がったというわけです。トランプ氏のアメリカ大統領当選はこうしたお祭りムードに水をさすことになりました。
アメリカは世界で2番目にCO2排出量が多い国であり、「パリ協定」における世界全体の目標を達成する上では、欠かすことのできない存在です。しかしながら、新大統領に当選したトランプ氏は、選挙期間中に、地球温暖化に対して極めて懐疑的なポジションを表明しています。CO2削減のためにオバマ政権が提示した「クリーンパワープラン」を取り下げる、国内の化石燃料の生産を増やす、「パリ協定」は脱退する、国連に対する拠出金も支払わないなどの発言もみられており、国際的な温暖化への取り組みに対しては明らかな冷や水効果となりかねません。
当選後のニューヨーク・タイムズのインタビューなどでは、オープンマインドで考えているという発言をするなど、選挙期間中に比べると、ややトーンダウンしたところもありますが、閣僚指名人事において、気候変動に対して懐疑的な立場であるオクラホマ州の司法長官を環境保護局の長官に指名したところなどをみると、今後、アメリカの温暖化対策は大きく後退するであろうという見方が有力です。
◆ トランプ氏の大統領当選が、世界の温暖化対策におよぼす影響とは?
Q. トランプ政権になってから、アメリカが「パリ協定」から脱退する可能性はありますか?
アメリカはすでにオバマ政権時代に「パリ協定」の批准を済ませています。「パリ協定」から抜けるためには、アメリカは最低でも4年の期間を要することになります。もし4年も待てないという場合は、「パリ協定」の親条約である「気候変動枠組条約」そのものから抜けるという選択肢もあり、この場合は1年で脱退が可能です。しかし、「気候変動枠組条約」の批准をしたのは、トランプ氏と同じ共和党政権時代のことですので、トランプ政権もそこまではやらないのではないかと思います。
こうなると、可能性が高いのは「気候変動枠組条約」には残り、「パリ協定」にも名前を連ねてはいるが、オバマ政権が出した温室効果ガス排出量の削減・抑制目標に対しては、事実上、無視をする、という方向です。トランプ政権は国内経済第一という考えを持っているため、エネルギーコストを引き上げて、アメリカの経済に余計な負担をかけるようなことは、ほぼ間違いなくやらないでしょう。
そして、トランプ氏が国内経済のみを優先して動くとなると、各国とアメリカとの国際競争におけるコスト差がどんどん広がってしまい、生産拠点がアメリカに移転してしまう可能性も生じてしまいます。「パリ協定」では、その特性上、各締約国が徐々に目標を引き上げていくことが期待されているのですが、このような状況下では、アメリカとの国際競争を考慮して、目標引き上げにブレーキがかかってしまう国も出てきかねません。
◆ アメリカの動向をふまえて、今日本がやるべきこととは?
Q. こうした中で、日本はどのような対応をしていくべきでしょうか?
トランプ政権のもと、今後アメリカが、「パリ協定」のルールブック作りにどの程度関与するのかは、正直未知数ですが、アメリカを疎外するようなことは決してすべきではありません。アメリカも、トランプ政権あるいは共和党政権が永遠に続くわけではなく、いずれ民主党政権に戻る可能性もあるでしょう。その際に、アメリカがしっかり居場所を確保できるようなルール作りをする必要があるというわけです。つまり、アメリカが積極的な働きかけをしなかったとしても、日本を含めたその他の国が、先を見据えてルール作りをリードしていくことが重要だと言えます。
また、自国が持っている優れたエネルギー環境技術を途上国に広げていくことも重要です。日本のビジネスチャンスを活かしつつ、技術の海外展開をしっかり考えるべきだと思います。また、イノベーションという点では特に、アメリカと協力する可能性は引き続き模索すべきだと言えます。共和党は伝統的にエネルギー研究開発を重視しているため、共通歩調をとれる要素はまだ残されていると思います。
そして、もちろん自国のエネルギー政策もしっかりと進めていくことが重要なのは、言うまでもありません。トランプ政権がどのような選択をしたとしても、日本は「パリ協定」を尊重すべきであり、温暖化対策においても最大限努力することが求められます。
◆ 日本のエネルギー政策において重要な「エネルギーミックス」という考え方
Q. 具体的には、どのようなエネルギー政策が求められているのでしょうか?
現在日本では、「温室効果ガスの排出量を2030年度に13年度比26%削減する」という目標を掲げています。そして、この目標の裏付けになっているのが、原子力、火力、再生可能エネルギーなどを組み合わせた「エネルギーミックス」という考え方です。特に、目標の実現においては、原子力の再稼働が重要なポイントになります。予定通りに原子力の再稼動や、運転期間の延長が進まなければ、前述の26%という削減目標は非常に難しくなってくるわけです。かといって、再生可能エネルギーなどを上積みすることで目標を達成しようとすると、今度は日本のエネルギーコストが上がってしまいます。この場合は、日本経済や産業競争力において、間違いなく悪影響が出てきます。
日本のように国内資源に乏しい国は、いろいろなエネルギー源の強みと弱みを組み合わせていくしかありません。こうした中では、発電コストが低い原子力発電というのも、非常に大事な役割を果たしています。総合的な視点で「ベストミックス」を考えるということが重要と言えるでしょう。ですので、もし原子力発電所の再稼働や運転期間の延長が実現できない場合は、そもそもの26%という目標自体を見直す必要も出てくるでしょう。
トランプ政権が誕生したことによって、日本は今までのようにアメリカの動向をうかがうのではなく、より主体的に国際社会をリードすることが求められるでしょう。アメリカが地球温暖化対策において消極的な動向をみせたとしても、日本は欧州などとの協力関係を強化しながら、「パリ協定」のもとで積極的な役割を果たしていくべきだと思います。
<専門家プロフィール>
有馬純(ありまじゅん) 東京大学公共政策大学院教授
1982年東京大学経済学部卒業。1982年通商産業省(現経済産業省)入省。経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部参事官、国際エネルギー機関(IEA)国別審査課長、資源エネルギー庁国際課長、同参事官等を経て、2008~2011年大臣官房審議官地球環境問題担当。2011~2015年日本貿易振興機構(JETRO)ロンドン事務所長兼地球環境問題特別調査員。
2015年8月より現職。主な著作物に『精神論抜きの地球温暖化対策――パリ協定とその後』(エネルギーフォーラム、2016年10月)、『地球温暖化交渉の真実―国益をかけた経済戦争―』(中央公論新社、2015年9月)など。
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