博物学者シーボルト自筆のオランダ語書簡が神田外語大学の「洋学文庫」の中から発見
学校法人佐野学園
博物学者シーボルト自筆のオランダ語書簡が神田外語大学の「洋学文庫」の中から発見
-- 国外追放前に弟子・賀来佐之宛に書いた唯一の書簡
神田外語大学の「洋学文庫」から、シーボルトが国外追放になる前に、50名以上いる弟子の中のひとり、「サイチ」こと、賀来佐一郎(かく・さいちろう)、佐之(すけゆき)宛に書いた書簡が見つかった。これは、1828年11月にシーボルト事件が発生し、国外追放になる直前に、賀来宛に自筆で記し送付したもの。鳴滝塾の門下生であった賀来に関しては歴史上謎が多く、今回の発見により、植物学におけるシーボルトの一番弟子とされている伊藤圭介(いとう・けいすけ)と並ぶ重要人物であることが判明。シーボルトの書簡は日本に6本現存しているが、国外追放前に日本植物研究について書かれたものとしては日本で初めて発見されたものとなる。なお、今年はシーボルト没後150年の節目の年である。かつ2016年2月17日は生誕220年。
神田外語大学にある「洋学文庫」の調査責任者である、神田外語大学・日本研究所の町田明広副所長は、鳴滝塾門下生の伊藤圭介の専門家・遠藤正治氏(圭介文書研究会元事務局長)、蘭学・日蘭交渉史の専門家で賀来佐之に詳しい鳥井裕美子氏(大分大学教育福祉科学部教授)、洋学・洋学書誌学研究の専門家・松田清氏の3名の洋学史研究者グループに、発見された書簡の内容を解明してもらうため調査を依頼した。このたびの書簡発見に伴い調査結果を論文にまとめた。
シーボルトは、弟子の医師・伊藤圭介が名古屋から長崎に持ち込んだ、約1600種の植物標本に学名と和名を付けて分類し目録を作成する作業を、伊藤圭介とその兄弟子にあたる医師・賀来佐之の協力を得て、1827年10月末から長崎県の出島で精力的に行い、半年後「日本植物目録」の草稿を完成させた。
今回の書簡の発見により、彼が信頼していた二人の弟子に対し、自身がシーボルト事件後国外追放になる前にあわてて作成を依頼していた「日本植物目録」の改訂依頼を弟子の一人である賀来佐之に宛てた催促状であることが分かった。
オランダ語で記されたこの書簡からは、シーボルトが彼に植物目録の訂正を依頼している内容が読み取れ、同時に賀来の語学力(オランダ語)が門下生の中で突出していたことから、師から厚い信頼を受けていた人物であることが分かった。
この書簡が書かれたあとシーボルト事件が発覚し、1828年12月シーボルトは出国を差し止められ、翌年2月から出島に幽閉。1830年1月に国外追放になった。賀来佐之は1828年の末頃まで長崎県に滞在し、シーボルトの日本植物目録の完成に協力した。賀来佐之はのちに島原藩医となるが、歴史上の表舞台には出現せず、一般にはほとんど知られていない。この書簡が発見されたことにより、シーボルトの日本植物研究の基礎となった「日本植物目録」完成に重要な役割を果たしたことが明らかになった。
この書簡が発見された神田外語大学では、「日本文化に関する国際的および学際的な総合研究ならびに世界の日本研究者との研究協力」を目的とする「日本研究所」を設置している。同研究所は、この目的を達成するため、洋学文庫を含む洋学資料を継続的に収集しており、今後も貴重書籍研究および成果の社会的発信に役立てていく。
◆シーボルト貴重書籍・書簡の一般公開
【期 間】 2月18日(木)~26日(金)※土日除く
【場 所】 神田外語大学・7号館1階図書館(千葉市美浜区若葉1-4-1)
【展示内容】「日本植物目録」、「シーボルトから賀来佐之にあてた書簡」
【書簡内容】
友人サイチ(賀来佐之)へ
立派な教え子たち、とりわけ貴殿にももう会えなくなるのは悲しい限りです。貴殿がまもなく出発すると聞きましたので、この手紙を送ります。植物目録はノート14冊分を受け取りましたが、どうか努めて目録を完成させるようにして下さい。他のノートはどこにあるのでしょうか。私がすべての文字(漢字・仮名)を理解できるようにした解説はどこにありますか。遣いの者に委細を話して、彼に渡して下さい。また、イ・ケイスケ(伊藤圭介)の植物学辞彙の改訂稿を私の手に渡るよう、確かな人に送って下さい。約束した薬とバタヴィアの植物は誰か友人に託しますので、貴殿は間違いなく受け取れるはずです。
これまで大変お世話になり、誠にありがたく感謝致します。(貴殿のことは)決して忘れませんのでご安心下さい。幸いにも祖国を再び見ることができたら、すぐに、そして命のある限り、立派で忠実な教え子たちのことを思い、オランダの地から、学問に対する彼らの情熱を促進するようにします。
永遠に貴殿の誠実なる師
1828年 フォン・シーボルト
深い友情からのお願いです。私の仕事を終える前に出発しないように。
(参考)
●フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796~1866)
江戸時代後期1823(文政6)年、長崎オランダ商館の医師として来日。
多くの蘭学者を育てたほか、日常品や浮世絵、植物など民俗学的資料を収集した。
オランダ帰国時の所持品の中から国外への持ち出しが禁止されていた日本地図が見つかり、再渡航禁止(国外追放)の処分を受けた(シーボルト事件)。帰国後は日本資料収集家としてヨーロッパ日本学の推進者となった。
●伊藤圭介(1803~1901)
尾張藩・名古屋の町医の家に生誕。日本の植物分類学の発展に貢献し、「おしべ」、「めしべ」、「花粉」という言葉を作り、スズランの学名にも本人の名前が使われている。日本で最初の理学博士の称号を受ける。
●鳴滝塾
1824(文政7)年にシーボルトが長崎の鳴滝に開いた私塾。この塾では、オランダ語を教えるとともに、医学、植物学を講じ、診療も行った。
●博物学
動物、植物、鉱物の種類・性質・分布などの記載とその整理分類をする学問。動物学、植物学、鉱物学などの総称。
●洋学
江戸時代後期を中心にして、西欧の語学研究、外国語の習得を通して学ばれた自然科学・社会科学・人文科学など、西洋の学術研究の総称。
●書誌学
書籍を研究の対象とする学問。書籍の成立・発展、印刷・製本・材質・携帯、および図書分類などの一般的な研究と、ある書籍について個別に行う研究がある。
【洋学史研究グループプロフィール】
●遠藤 正治(えんどうしょうじ)
1962年 名古屋大学理学部物理学科卒
元 愛知大学非常勤講師
[著書(共著も含む)]
『本草学と洋学 小野蘭山学統の研究』(2004年第2回徳川賞受賞)、『小野嵐山』、『杏雨書屋所蔵宇田川榕菴植物学資料研究』
●鳥井 裕美子(とりい ゆみこ)
神奈川県生
上智大学大学院文学研究科史学専攻 博士課程単位取得満期退学
大分大学教育福祉科学部教授
[著書(共著も含む)]
『大槻玄沢の研究』、『講談社オランダ語辞典』、『開国と近代化』、『九州の蘭学-越境と交流-』、『前野良沢-生涯一日のごとく-』
●松田 清(まつだ きよし)
1974年 名古屋大学大学院文学研究科 修士課程退学
2007年 京都大学博士
京都大学名誉教授
[著書(共著も含む)]
『洋学の書誌的研究』(2000年第19回新村出賞受賞)、『講談社オランダ語辞典』、『山本読書室資料仮目録』、『杏雨書屋所蔵宇田川榕菴植物学資料研究』
●町田 明広(まちだ あきひろ)
佛教大学文学研究科博士後期課程修了
日本近現代史(明治維新史・対外認識論)研究を行い、島津久光を中心とした幕末薩摩藩の政治動向に関して学界を牽引。
[著書]
『幕末文久期の国家政略と薩摩藩-島津久光と皇政回復』、『島津久光=幕末政治の焦点』、『攘夷の幕末史』、『グローバル幕末史』
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