ワコム Research Memo(5):2025年3月期までは今後の成長加速を支える「事業構造変革期間」
1. 基本的な方向性
ワコム<6727>は、4ヶ年の中期経営方針「Wacom Chapter 3」(2022年3月期~2025年3月期)に沿った取り組みを推進してきた。「ライフロング・インク」のビジョン※を継承し、改めて「5つの戦略軸」を設定する。そして、実行に当たって「6つの主要技術開発軸」を定め、具体的な価値提供と持続的な成長につなげる方針である。特に既存技術と親和性の高いAI、XR、セキュリティの3分野を選択し、新コア技術と新しいビジネスモデルで新しい価値提供を実現していくところが戦略の目玉となっている。また、コーポレート・ガバナンス改革等を通じた経営の質の向上、同社独自のアプローチによる社会・コミュニティへの関わりにも取り組む方針であり、これらの基本的な方向性(ストーリーライン)に見直しはない。
※「お客様と社会に対して、ワコムの技術に基づく『人間にとって意味のある体験』を長い長い時間軸で、ご提供し続けていきます」というもの。
2. アップデートに至った経緯と主な取り組み
経済環境の悪化に伴う急激な消費者センチメントの低下などにより、「ブランド製品事業」(中低価格帯モデル)が想定以上に落ち込んだことに加え、商品ポートフォリオや販路マネジメントの強化など同社自身の体制にも改善すべき余地があると、同社は考えている。その認識に立ち、今後2年間(2024年3月期~2025年3月期)を次の「Wacom Chapter 4」における事業成長につなげるための「事業構造変革期間」と位置付け、粗利改善や成長基盤の構築に注力する方針を打ち立てた(2023年5月公表)。足元業績の後退により当初の成長イメージについては時間的な遅れが生じるものの、「Wacom Chapter 4」に突入する2026年3月期以降において2ケタの営業利益率を達成し、維持する事業運営を目指すシナリオとなっている。今後2年間の取り組みについては以下のとおりである。
(1) 商品ポートフォリオの刷新と粗利改善(「ブランド製品事業」)
ハイエンドゾーンのみならず、エントリーゾーンを含んだトータルラインで商品力を強化する。また、ハードウェア商品として新規カテゴリ商品を加えると同時に、リモート化対応や著作権保護などサービスソリューションの組み合わせによる付加価値向上(差別化)にも取り組む。原価上昇に対しては、戦略的な価格政策を実施するとともに、新製品については商品力を適切に反映した価格戦略を展開する。VE(Value Engineering)による原価構造改善にも取り組み、これらを通じて粗利改善につなげる考えだ。
(2) 集中領域での事業構築(「ブランド製品事業」)
デジタルコンテンツ市場の継続的成長を前提として、「ブランド製品事業」による教育市場へのアクセスについては、これまでの教育全般からクリエイティブ教育へリソースを集中する。具体的には、専門学校、高等教育、スタジオ固有の教育システム等の専門教育に加え、クリエイター教育の入り口となるK12(高校卒業までの12年間)のアート教育にもソリューションを提供していく。体制面でも、B2Bチーム強化の一環として、クリエイティブBUとビジネスソリューションBUを統合し、組織一体となって取り組む方針である。
また、創作ワークフロー(工程)が、より仮想化/リモート化していくことを前提として、新しいワークフローにおいてもワコムデバイスのポジションを確立し、プロのクリエイター市場でのポジション維持/拡大を図っていく。例えば、リモート環境の中でも、ローカル環境と変わらないパフォーマンスと機能を提供するほか、仮想化/リアルタイム化された新しいワークフローにおいて、新たな付加価値の提供を目指す。
(3) 販路マネジメントの強化(「ブランド製品事業」)
ソリューション型価値提供への移行に向けて、顧客(ユーザー)との深く直接的な関係性を構築していくB2Bチャネル及びe-store(自社オンライン販売ストア)の強化を図る。特に、既述したクリエイティブ教育分野の市場開拓や新しい創作ワークフローの構築に向けてB2Bチャネル強化は不可欠であり、B2B比率についても引き上げる計画である※。e-storeについては、ユーザータッチポイントの増加や地域ごとのカスタマイズに取り組むほか、著作権保護サービスの提供等を実装する考えだ。販路マネジメントの強化を通じて、戦略的な価格設定や流通コストの最適化も可能となるため、粗利改善にもつなげていく。
※2023年3月期のB2B比率は25%程度、e-store比率は10%程度となっている。同社では2024年3月期の目標としてB2B比率30%程度、e-store比率15%程度とそれぞれ引き上げる計画であり、その後も順次目標を設定し高めていく計画のようだ。
(4) 在庫マネジメントの改善(「全社共通」)
2022年12月末在庫残高(約300億円)から、2024年3月末までに約100億円の在庫削減を目指す(すでに2023年3月末時点で仕入れの抑制等により76億円を削減済み。ただし、評価減等を除いた直接キャッシュフローに影響する削減額は50億円強と推定される)。そのための具体策として、現行品のプロモーションをきめ細かく運営し、新製品のタイミングも最適化しながら削減を図るほか、在庫過多の商品及び部材について調達の絞り込みを継続的に実施する。さらに、発注時の数量管理のゲートをよりきめ細かく設定し、過発注を回避するモニタリングを強化する。
(5) 顧客と用途拡大(「テクノロジーソリューション事業」)
業界での事実上標準化を強化推進し、ペン搭載の顧客ポートフォリオの最大化を目指す。また、ペンの新しい用途を拡大するために独自のハードウェア(本体/ペン)とアプリケーション/サービスを組み合わせ、ペンに関する総合体験(E2E※プラットフォームビジネス)を開発提供し、新しい顧客群の拡大につなげていく。
※End to Endの略。部品や技術モジュール提供だけでなく、完成品に近い形で、一連のペン体験を用途に合わせて提供する意味
(6) 一般教育分野での事業開拓(「テクノロジーソリューション事業」)
OEM顧客の商品群を通じて、一般教育向けのソリューションを展開する(教育向けではクリエイティブ教育に集中する「ブランド製品事業」とハイブリッドで展開)。また、ハードウェアのみならず、サービスソフトウェアとの組み合わせで、学びをサポートする体験を提供していく(2023年4月から協業パートナーのZ会が同社のデジタルインク技術を活用した新たなサービスを導入している)。
(7) 資本政策/株主還元(「全社共通」)
キャッシュアロケーションについては、将来の企業価値の創出に向けた成長投資・戦略投資を優先的に配分するとともに、余剰資金については積極的に株主へ還元する方針(詳細については後述)である。一方、その原資については、財務健全性の確保を前提としながらも、レバレッジ(有利子負債)活用による資本効率も追求していく。なお、財務健全性が確保できる財務レバレッジの程度については負債資本倍率(D/Eレシオ)で0.3倍~0.5倍程度を目安としている(現在は約0.2倍)。
(執筆:フィスコ客員アナリスト 柴田郁夫)
<SI>
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