4. 遺伝子治療(網膜色素変性)
窪田製薬ホールディングス<4596>は2016年4月に英国マンチェスター大学と、網膜色素変性を含む網膜変性疾患の治療を対象とするオプトジェネティクス(光遺伝学治療)の開発権、並びに全世界での販売権を得る独占契約を締結した。オプトジェネティクスとは網膜の光感受性がない細胞に、光によって活性化されるタンパク質を発現させることで、光感受性機能を網膜に再生させる遺伝子療法となる。今回は網膜色素変性の治療法として、患者の網膜中にウイルスベクターを用いて光感受性が高いヒトロドプシンを注射投与することで、視機能の再生を図る技術の確立を目指している。
網膜色素変性は遺伝性の網膜疾患で、4,000人に1人が罹患する稀少疾患であり、患者数は世界で約150万人※1、日本では2万人強(難病指定)※2と推計されている。光の明暗を認識する杆体細胞が遺伝子変異により損傷されることで、初期症状として夜盲症や視野狭窄、視力低下などを呈し、時間経過とともに色を認識する錐体細胞の損傷による色覚異常や中心視力が低下、最終的には失明に至る。幼少期より視力低下が進行するケースでは、40歳までに失明する可能性がある。また、網膜色素変性の発症原因となる遺伝子変異の種類は100種類以上あり、現段階で有効な治療法は確立されていないアンメット・メディカルニーズの強い疾患となる。
※1 Vaidya P, Vaidya A(2015) Retinitis Pigmentosa: Disease Encumbrance in the Eurozone. Int J Ophthalmol Clin Res 2:030
※2 日本眼科学会によれば、国内では10万人に18.7人の患者数がいると推計されている。
同社ではオプトジェネティクスの開発を進めることで、社会的失明(矯正視力0.1未満)とみなされている患者の視機能回復を目指している。マンチェスター大学におけるマウスを使った実験によれば、オプトジェネティクスで治療したマウスが、スクリーンに投影された襲いかかろうとするフクロウの映像に対して、正常なマウスとほぼ同じ距離の回避行動的反応を示すなど、網膜が持つ視機能のうち光受容の機能が回復したであろうことが確認されている。
遺伝子治療の開発では、目的の細胞(光感受性を持たない細胞)までヒトロドプシンを送り届けるためのウイルスベクターのほか、プロモーターやカプシドの最適化を図ることが重要となる。このため、同社は遺伝子デリバリー技術で数多くの開発実績を持つシリオン(ドイツ)と2018年1月に共同開発契約(2年間)を締結したほか、プロモーターではサーキュラリス(米国)とも共同開発を進め、その他アカデミアなどとも協業しながらオプトジェネティクスの開発を進めている。開発スケジュールとしては、2018年にヒトロドプシン、プロモーター、カプシド等の最適化に向けた取り組みを開始しており、2019年に最適化作業を完了し、2020年にCMCプロセスの確立と非臨床試験を開始、2021年の臨床試験入りを目指している。
現在、オプトジェネティクスの開発では複数のベンチャー企業やアステラス製薬<4503>等が臨床試験を行っているが、同社の開発する技術は遺伝子変異の種類に依存しないこと、また、ヒト由来のロドプシンを使っているため他のタンパク質よりも高い光感度が得られることが期待されるほか、炎症反応も最小限に抑えられると考えられ、薬理効果や技術的な競合優位性は高いと見られる。同技術の開発に成功すれば、失われた視機能が回復する画期的な技術として世界的に注目を浴びるものと予想される。
なお、眼疾患領域の遺伝子治療薬では2017年12月にSpark Therapeutics Inc.(米国)の「ラクスターナ」※が遺伝性網膜疾患(稀少疾患)向けに米国で初めて販売承認され、両目で85万米ドルの高薬価で販売されたことが話題となった。国内では2019年3月に参天製薬<4536>が遺伝性疾患に関する遺伝子治療薬の研究開発を開始したことを発表するなど、眼科領域においても注目度が上がってきているだけに、今後の同社での開発の進展が期待される。
※アデノ随伴ウイルスベクターを用いた遺伝子治療で、両アレル性RPE65変異を伴う網膜ジストロフィー患者の治療に適応される。2018年1月にノバルティス
NASAと宇宙飛行士向け眼疾患診断装置の共同開発を開始する
5. NASAとの共同開発契約
2019年3月18日付で同社はNASAの関連機関であるTranslational Research Institute for Space Health(以下、TRISH)※と小型OCTの開発受託契約を締結したこと、及びCEOの窪田氏がNASAより有人火星探査を含むディープスペースミッションのPrincipal Investigator(研究代表者)に任命されたことを発表した。これにより、同社は有人火星探査に携行可能な超小型眼科診断装置の開発を今後、NASAと共同で進めていくことになる。開発費用はTRISHを通じてNASAより全額助成される。
※TRISHは、NASAとの共同契約を通じた提携により、NASAのディープスペースミッションにおける、宇宙飛行士の精神的、身体的健康を保護、維持するための革新的な技術に資金供与を行うコンソーシアム。
今回の契約の背景には、長期的な宇宙飛行を経験した宇宙飛行士の約63%が、視力障害や失明の恐れがある神経眼症候群を患っているという研究報告※を契機に、宇宙飛行中にリアルタイムで網膜の状態を計測することへの需要の高まりが挙げられる。現在、国際宇宙ステーションで使われている市販のOCTは据え置き型で、耐放射線性が無いため、宇宙飛行時での使用には適さないという課題があり、携帯型診断機器の開発が求められていた。同社がPBOSの開発を行っていることから、2018年末にNASAから開発の打診があったと言う。同社は今後3年程度かけて耐放射線性のある超小型OCTを開発していくことになる。
※かすみ目や眼球後部平坦症、視神経炎症等の眼疾患症状が報告されている。
同契約が業績に与える影響については、今後、TRISHからの開発助成金が事業収益として計上されると想定されるが、ほぼ同額分が研究開発費用に充当されるため、利益への影響は軽微と考えられる。ただ、NASAとの共同開発契約を発表したことで同社の認知度が向上するだけでなく、宇宙飛行向け超小型OCTの開発に成功すれば、同社の技術開発力に対する評価も高まり、今後世界での販売展開を目指している「PBOS」にとって絶大なプロモーション効果になると考えられる。
(執筆:フィスコ客員アナリスト 佐藤 譲)
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