中国の戦略的メッセージ発信と強引な外交:2024年アジア安全保障会議からの洞察(1)【中国問題グローバル研究所】
はじめに:2024年アジア安全保障会議
国際戦略研究所(IISS)が毎年主催するアジア安全保障会議(シャングリラ会合)は、アジア太平洋地域の安全保障上の課題と協力機会を話し合う極めて重要な場となっている。2002年に始まった同会議では世界各国の国防相や軍幹部、政治家が一堂に会し、地域・世界の安全保障に影響を与える極めて重要な問題を討議する。今年(2024年)の会議は、さまざまな国際的リーダーの多大な貢献に加え、米中間を中心とする大国間の対立の深刻化が浮き彫りとなり、特に注目すべき会議となった。
同会議は各国が安全保障上の懸念の表明や解決策の提案、そしてハイレベルな外交協議を行う場を提供するものであり、その重要性は計り知れない。今年は多様なトピックが取り上げられたが、特に注目を集めたのはウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と中国の董軍国防相というキーパーソンの参加であった。2人の演説や記者会見は、現在の世界的な安全保障ダイナミクスについて重要な洞察をもたらした。今回の会議は戦略的情勢に不可欠なものとして、政策決定に影響を及ぼし、アジア太平洋地域の安全保障体制を方向付けることになる。
2024年会議のハイライトの1つは、ウクライナのゼレンスキー大統領が行った演説である。彼は、ロシアによるウクライナ侵攻への対処に焦点を当てた、来る6月の平和サミットの概要を説明した。同サミットには106の国と組織が参加を表明しているが、中国の外相は5月31日、ロシアが招待されていないことを理由に同国の不参加を発表した。ゼレンスキー大統領は演説の中で、ウクライナ侵攻が世界の安全保障に及ぼす幅広い影響と、武力行使への対処における国際的な団結の重要性を強調した。
同大統領の演説は心を打つものであり、今回の侵攻がウクライナの主権と国民に壊滅的な影響を与えていることを聴衆に再認識させた。演説ではロシアの武力行使に国際社会が一枚岩となって対応することを求め、ウクライナでの紛争が単なる地域の問題ではなく、国際的な法と規範の順守を国際社会が堅持できるかどうかを試す極めて重要な試金石であると訴えた。これにより、続く地域安全保障についての議論の舞台が整ったが、董軍中国国防相がこれに参加することは大きな意味を持つ。ウクライナ紛争は、世界の安全保障問題が相互に関連しており、地域の紛争が国際社会の安定に広範な影響を及ぼすことを示している。
董軍国防相の演説の詳細分析
中国が安全保障に関する国際的な議論に参加する中でも、2024年アジア安全保障会議での董軍国防相の演説は重要な意味を持つものとなった。同国防相は米中の安定した軍事関係の重要性を強調し、中国は対話と協力にコミットする責任ある大国だと主張したが、その言葉を注意深く見てみると、戦略的動機と地政学的意味合いが根底にあることが分かる。
注目すべきポイントの1つが、米国との緊張が高まっているにもかかわらず、中国が自国を平和を求める国だと表現した点である。米国をアジア太平洋地域の不安定化を招く主な要因と位置付けることで、南シナ海における軍事プレゼンスの強化など、自国の強引な行動から注意をそらす狙いがある。この戦略的なナラティブは、米国による攻撃の被害者という中国のイメージを国際舞台で打ち出すと同時に、中国共産党への国内の支持を固める役割を果たす。
また、同国防相の台湾問題に対する強硬な姿勢は、領土の保全と主権に対する中国の揺るぎないコミットメントを如実に物語っている。台湾の独立に向けた動きに対する強い警告と、中国人民解放軍は介入をも辞さないという表明は、中国政府が許容できるレッドラインと、それを守るためには武力行使をいとわないという姿勢を表したものである。こうした台湾に対する攻撃的な姿勢には、国内の国家主義的な感情の喚起や、台湾政府によるさらなる挑発的な行動の抑止、台湾海峡へのいかなる干渉にも断固たる対応を取るという米国へのシグナルなど、複数の目的がある。
さらに、同様の安全保障会議を北京で開催したいという中国の意向を董国防相が示したが、この発言からは、国際的な安全保障体制を自国に有利になるよう再編したいという同国の野望が透けて見える。主催国になることで、中国は地域安全保障についての議題とナラティブの設定に自らの影響力を行使して、アジア安全保障会議のような欧米主導のフォーラムの優勢(ドミナンス)を脅かそうとしている。こうした動きは、自国の利益と価値観に合致した国際制度を新たに設け、推進することで、第二次世界大戦以降主流となってきた欧米中心の秩序にくさびを打つという、中国のより広大な戦略を反映したものである。
同国防相の演説を詳しく見れば、アジア安全保障会議に参加することによって、中国が自国の地政学的目標を推進し、世界的な安全保障問題での自国の役割に対する各国のとらえ方を方向付けようとしていることが明らかだ。表向きは協力と対話を掲げながら、こうした会議を戦略的に利用して、自国の支配的立場を明確にするとともに既存の世界秩序に異論を唱えており、地域の安定と、すでに確立された国際関係の規範に複雑な課題を突きつけている。そのため、中国がこうした会合に参加する根本的な動機と意味合いを深く理解することが、変化し続けるアジア太平洋安全保障情勢のダイナミクスに対応していくうえで不可欠となる。
中国の外交戦略の検証
中国も参加した2024年アジア安全保障会議は、中国がアジア太平洋地域にとどまらず、自国の利益を高めていくことを目的とした外交的レトリックと戦略的メッセージをともに披露する場となった。だが、その外交戦略を批判的に検証したところ、地域安全保障とグローバルリーダーシップに対する中国のアプローチの強みと限界の両方が明らかになった。
董国防相が演説の中で強調した中国の主要な外交戦略のひとつは、対話と協力の推進を礎とした世界の安全保障の確保である。安定した米中軍事関係の重要性を強調し、誤解を防ぐためのコミュニケーションチャネルの強化を求めることで、中国は平和的な紛争解決に尽力する、理性的で責任あるアクターだという自らのイメージを打ち出した。中国が国際的な場で取ることが多いこうした外交姿勢は、多国間主義や不干渉の原則と矛盾せず、グローバルな問題に建設的に参画しているという同国のイメージ作りに資するものだ。
しかし、協力はうわべだけで、その下には既存の国際秩序に異議を唱え、地域における中国の支配的立場を明確にすることを目的とした、より強硬なアジェンダが隠れている。ブロック間の対立を助長し、アジア太平洋の緊張を高めているとして米国を非難する同国防相のレトリックからは、南シナ海における軍事化など、自国の強引な行動を議論から外そうとする中国の努力がうかがえる。こうした戦略的フレーミングは、中国の行動を正当化すると同時に、ルールに基づく秩序を重視する欧米主導のイニシアチブにくさびを打つことで、アジア安全保障会議などの集まりや制度に対する国際社会の信頼を低下させる役割を果たす。
また、台湾問題に関する中国の外交戦略からは、独立に向けたいかなる動きも阻止し、領土権を主張するために、威圧的な戦術を用いる意向であることが分かる。台湾の段階的独立の動きに対する董国防相の厳しい警告と、中国人民解放軍は介入をも辞さないという表明は、中国政府にとってのレッドラインと、台湾海峡の現状維持へのコミットメントを如実に物語っている。しかしこうしたアプローチは、台湾と、米国など台湾の同盟国との緊張を高めるおそれがあり、また長く続く中台紛争の平和的解決に向けた努力にも水を差しかねない。
さらに、同様の安全保障会議を主催するという意向の表明は、国際的な安全保障体制を自国に有利になるよう再編したいという中国の野望を表している。主催国になることで、中国は地域安全保障についての議論により大きな影響力を行使し、自国の利益と価値観に合致した新たなナラティブを広めようとしている。だがこのような動きは、中国の意図と、グローバルガバナンスにおける透明性と包摂性(インクルーシビティ)の原則への同国のコミットメントに疑念を生む。
中国の外交戦略の検証にあたっては、地域安全保障への中国のアプローチに特徴的な、協力と競争、建前と現実の複雑な相互作用を認識することが欠かせない。中国が対話と協力を推進する国であると自国をアピールする一方、その行動は自国の戦略的利益を高め、既存の秩序に異論を唱えることを目的としたより強硬なアジェンダを反映していることが少なくない。そのため、地域の緊張にうまく対応し、アジア太平洋の安定を促進するには、中国の外交戦略が持つ微妙な意味合いを理解することが不可欠である。
「中国の戦略的メッセージ発信と強引な外交:2024年アジア安全保障会議からの洞察(2)【中国問題グローバル研究所】」に続く。
写真: Ukrainian President Volodymyr Zelenskiy speaks at the Shangri-La Dialogue in Singapore
(※1)https://grici.or.jp/
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