中国がトップ5社を独占…「太陽電池モジュール市場」で日本が中国に完全敗北した理由【実業之日本フォーラム】
伊原智人(Green Earth Institute株式会社 代表取締役CEO)
1990年に通商産業省(現 経済産業省)に入省し、中小企業、マクロ経済、IT戦略、エネルギー政策等を担当。1996~1998年の米国留学中に知的財産権の重要性を認識し、2001~2003年に官民交流制度を使って、大学の技術を特許化し企業にライセンスをする、株式会社リクルート(以下、「リクルート」という。)のテクノロジーマネジメント開発室に出向。2003年に経済産業省に戻ったものの、リクルートでの仕事が刺激的であったことから、2005年にリクルートに転職。震災後の2011年7月、我が国のエネルギー政策を根本的に見直すという当時の政権の要請でリクルートを退職し、国家戦略室の企画調整官として着任し、原子力、グリーン産業等のエネルギー環境政策をまとめた「革新的エネルギー環境戦略」策定に従事。2012年12月の政権交代を機に内閣官房を辞して、新しいグリーン産業の成長を自ら実現したいと考え、Green Earth Institute株式会社に入社。2013年10月より代表取締役CEO。
聞き手
白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)
●「太陽電池モジュール市場」日本の一発逆転は困難
白井:アライド・マーケット・リサーチ社によれば、世界の太陽電池モジュール市場は2018年の約520億ドルから2026年には2200億ドルに成長し、毎年20%強の成長が見込まれています。
太陽電池モジュールは、2000年代前半にはシャープが世界シェア1位で、他にも京セラ、パナソニック、三菱電機といった企業が上位5社に入っていましたが、2010年前後に中国企業が当時急拡大していた欧州市場向けに商機を見出し、大幅な設備投資を行ったことで、現在は中国企業がグローバルトップ5社を独占することになりました。
太陽電池モジュール市場は、寡占市場で参入障壁が極めて高い化石燃料プラントや原子力発電プラントとは異なり、各社の世界シェアが2桁に満たず、毎年順位が変動する厳しい競争市場です。こうした競争環境で、太陽光発電システム全体に占める太陽電池モジュールの価格は年々低下しています。
太陽電池モジュールの事業者にとっては、規模の経済性によるコスト優位が一番の大きなポイントなのでしょうか。また、太陽電池モジュールは、他のメーカーへの入れ替えが容易であり、製品の質的な面で差別化できないコモディティ的な要素が強いのでしょうか。それとも、一度導入してしまえば、なかなか他のものに交換できないといったスイッチングコストが高いものなのでしょうか。
伊原:太陽電池モジュールは、いまや規模の経済性の事業であり、また、コモディティ的要素が強く、他のメーカーへの入れ替えは容易だと思います。ただ、中国メーカーをはじめここまで競合の商品価格が下がってくると、技術力に勝る日本の企業であっても、規模の経済性では完全に劣っているため、一発逆転は難しいでしょう。
白井:なるほど。規模の経済性を享受している中国製とドイツ製とのあいだでは、スイッチングコストがなく、入れ替えが可能なのですね。米中対立が激化すれば、その製品選択に影響を与えそうです。確かに、年間のシェアランキングをみても、入れ替わりが激しい印象があります。しかし、日本企業が再び上位争いに加わるのは難しいわけですね。
「産業のコメ」とも言われる半導体は、産業競争力の源泉と言われ、経済安全保障の中心的テーマになっています。同じように、太陽電池モジュールの中国依存が高い場合、大きな問題になるでしょうか。あるいは、中国が生産しているマスクなどの医療品と同様の戦略的なコモディティのようなものと考えるべきでしょうか。パンデミックになる前は、マスクは中国から輸入すればよいというのが常識であったのに、新型コロナウイルスの蔓延後は戦略物資という位置づけに変わりました。
伊原:太陽電池モジュールは、半導体のように経済安全保障上の戦略物資的なものというよりは、コモディティに近づいているイメージです。ただ、マスクとは違って、明日、明後日に必要ということはないでしょうから、自動車のようなものかもしれませんね。
●なぜ日本は負けてしまった?
白井:20年前は太陽電池モジュールのシェアのほとんどを、日本企業が独占していたというご指摘ですが、なぜ日本企業は勝つことができず、世界にチャレンジできなかったのでしょうか。
伊原:2009年に産業革新機構(現・産業革新投資機構)ができる直前、「機構のあり方」について意見を求められましたが、そのときに出た議論は、太陽電池モジュール業界での失敗を繰り返さないということでした。
その際の仮説は、勝ち残った中国やドイツの企業は太陽光発電の専業メーカーであったということが成功要因であり、日本は総合電機メーカーであるから負けたということでした。中国の会社やドイツのQセルズの投資額は、日本のそれと比べて圧倒的に大きかったということが重要です。大きな投資というリスクをとっても、それを上回るリターンが見込めるから中国やドイツ企業は投資したわけですが、本来的には日本の各社にも同じ計算はできたはずです。
しかしながら、日本の太陽電池モジュール事業は、京セラ、シャープ、三菱など、総合電機の一部門であるため、会社全体の予算の中からどの程度をどの部門に割り当てるかという、部門間との比較になってしまい、特定の分野のみに何百億円を投じるという判断ができなかったのだと思います。
生産規模の小ささが、原材料であるシリコンの調達などといったコスト競争力に跳ね返り、結果的に負けたという構図でした。総合電機の経営陣が「いまは太陽電池に投資するときであり、他の部門をゼロにしてでも1000億円を投じるべきだ」と決めることができれば、結果は違ったかもしれません。
翻ってみると半導体も似ています。昔の東芝、富士通、NEⅭは、米国と半導体協定を結んでいたぐらい強かったのですが、競争に負けていきました。当時は、いずれも専業メーカーではなかったのです。
産業革新機構の一つの狙いは、専業メーカーがつくれない分野で「国がこれだけまず金を張るから、ここに集まれ。それで一強を作ろう」という仕掛けだったと思います。その片鱗がルネサスやジャパンディスプレイでしょうが、これらが成功か失敗かはいろいろな議論があると思います。しかし、過去の事例を見る限り、日本の国家としてのサポートする体制が十分じゃなかったというのは事実ですし、それを改善するひとつの手が産業革新機構だったと思います。
●日本全体のポートフォリオを持つべき
白井:本来は国がきちんとサポートすべきというご主張ですね。それに加えて、専業メーカーではなくグループのポートフォリオの一部だったから意思決定が曖昧で、覇権を取ることができなかった。本来は、経営者がリーダーシップを発揮して、太陽光電池事業に巨額の投資をすればよかったということですね。投資意思決定メカニズム、リーダーシップなどが大きな問題です。太陽電池事業だけを切り出して、事業のリスク・リターンをシンプルにすることで、ある程度解決が可能ということでしょうか。
伊原:はい。ただ同時に、どの事業が成長して、どの事業が失敗するかは、事前にはわかりませんし、ある事業部門が万が一失敗しても、他の部門でサポートするというポートフォリオを組む重要性は理解しないといけません。また、雇用の流動性という問題が出てくるかもしれませんが、できるだけ専業の会社を増やしていき、日本全体でポートフォリオを持つという考えもあります。
しかし、総合電機メーカーは彼らの中の論理だけで意思決定していました。日本の企業は、これの事業は切るべきだとか、ここを強くするためにどこかと一緒になろうという戦略的なことを、自ら判断するのが苦手に見えます。ライバル企業と一緒にという話は特に難しいと思いますので、あえて産業革新機構をつくる意味があったのだと思います。
白井:国全体でポートフォリオが組まれていて、リスクが分散されているというのは、金融市場的にも効率的ですね。
日本の効率化が推進しなかった理由は、日本の資本市場の改革が遅れていた、あるいは資本市場からのプレッシャーが小さかったからというのも理由かもしれません。また、経営者も合理的な判断ができなかったというのも隠れた要因なのでしょうか。
伊原:そもそも、日本は、市場から経営者にプレッシャーがかかっていないような気がします。経営者の判断が間違っていても、すぐには露呈せず、シェアがだんだん落ちていくという形で意思決定の失敗が明らかになっていきます。専門家であればあるほど、大きな変革を見誤って、対応できないということが起こり得ます。そしていったん、変化し始めてしまうと、専門家が予測できないスピードで変わっていくのです。
こんなエピソードがあります。通産省にいた時代、1995年から電子政策課でITに取り組みました。ちょうどインターネットと携帯電話が少しずつ普及しつつあった頃です。当時の課長が、これからこの2つがどうなるかを専門家に聞こうということになり、そのころ通信の世界ではトップクラスだった、NTTの技術のトップに来ていただきました。
いまでも覚えていますが、「インターネットのセキュリティは全然甘い。個人が遊びに使うのはいいけれど、ビジネスの世界ではなかなか使われない。また、携帯電話は、自動車電話のような特殊な環境は別として、日本人はああいう音質の悪いのはなかなか使わない」というお話でした。しかし、留学に行って戻ってきてみたら、日本も含め、世界は一変していました。
通信の世界も変革の時期でした。1991年、1992年にそれぞれNTT子会社としてNTTドコモとNTTファシリティーズができたのですが、NTTの中での評価は、ドコモは左遷、ファシリティーズは安定している人が行くところという感じだったそうです。そして、結果的にドコモには外部の人がどんどん入ってくることになりました。その後、NTTの分割の議論があり、東西は競争をさせると言い、政治を巻き込んだ大議論をやっていたのですが、2000年になってみると、もう誰も東西の競争を気にしておらず、かつては人気のなかったはずのドコモとどう対抗するかという議論になりました。
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・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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