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岐路に立つASEAN−コンセンサス方式の限界−【実業之日本フォーラム】


ASEANは1967年に、タイ、インドネシア、シンガポール、フィリピン及びマレーシアの5カ国で設立された。1984年にブルネイが加盟して以降、1995年にベトナム、1997年にラオス、ミャンマー、そして1999年にカンボジアが参加し、現在計10カ国で構成されている。2015年11月には、「政治・安全保障共同体」、「経済共同体」及び「社会・文化共同体」からなる「ASEAN共同体」の構築を宣言し、ASEANとしての一体性を強化することを目指している。

ASEAN構成国は、それぞれ単独では、世界的影響力を持ちえない小国である。しかしながら、ASEANとしてまとまることにより、世界最大の人口を誇る、経済成長力を梃とした共同体として存在感を示していた。「ASEAN Centrality」と称されるASEANを中心とした各種枠組み、東アジア首脳会議(EAS)、ASEAN+3(日中韓)やARF(ASEAN Regional Forum)は主要国が参加する会議であり、ASEANが「議題を形作ることができるパワー(Agenda Shaping Power)」であることを世界的に示すものであった。しかしながら、最近ASEANの存在感が徐々に希薄になりつつある。

その理由の第一はASEANとしての意思決定の不確実性である。ASEANは、民主主義、人権、法の支配、紛争の平和的解決、内政不干渉等を諸原則とする集まりであり、その意思決定の基本は、協議をつうじた全会一致(コンセンサス)方式である。このため、EU(欧州連合:European Union)のように、通貨統合、共通の外交・安全保障政策といった国家主権の一部をゆだねるような組織と一線を画している。この背景には、ASEANの多様性が指摘できる。人口では、最も多いインドネシアが約2.7億人に対し、最も少ない国は、ブルネイの44万人である。一人当たりのGDPは最も高いシンガポールが約6万ドルと、約4万ドルの日本をはるかに凌駕しているのに対し、ミャンマーは1,400ドルにしか過ぎない。さらには、民族、宗教も国境を越えて入り混じっている。

多様性を持つ国家の集まりが求心力を維持するためには、コンセンサス方式、内政不干渉を前提とするほうが、容易に意思決定ができるということは理解できる。そして、このこのコンセンサス方式こそが、緩い小国の集まりであるASEANが国際社会における発言力確保を担保しているとASEAN研究で指摘されている。しかしながら、ASEANのAgenda Shaping Powerは、問題を指摘する力は持ち得ても、解決する力は限定的と言わざるを得ない。その例にASEAN加盟国でありながら、軍事クーデターによって成立したタイ及びミャンマー軍事政権への対応がある。軍事クーデターは、ASEANの原則である民主主義、人権、法の支配を揺るがす事態であったにも拘わらず、ミャンマーのクーデターに対し、4月の首脳会議で合意した特使の派遣すら実現していない。このことは、ASEANのコンセンサス方式の限界を示すものと言える。

次に指摘できるのは、頼みであった地域の経済発展に影が生じていることである。新型コロナウィルス感染拡大を受け、OECDは2020年のASEAN全体のGDP成長率を−2.8%とした。2021年9月、アジア開発銀行(ADB)は、東南アジアの2021年前期の経済成長率の見通しを0.4ポイント下方修正し、+4.0%とした。そして、ワクチン接種率の程度及びパンデミックコントロールの優劣が経済回復に大きな影響を与えていると評価している。ASEAN諸国におけるワクチン接種率にはばらつきがあり、本年9月7日現在、二回接種を終えた人の割合はシンガポール77%、マレーシア50%に対し、タイは15%、インドネシア14%、フィリピン11%、ベトナム4%となっている。特に、ASEANの盟主ともいえるインドネシアでは、新型コロナの多大な影響を受け経済が低迷しており、依然として低いワクチン接種率から、ASEAN全体の経済回復は、いまだ道半ばと言えよう。

ASEANがかつてのような輝きを取り戻せるかどうかは、経済回復に加え、QUADを中心に進められている「自由で開かれたインド太平洋」にどのように向き合うかで変わってくるであろう。9月24日、ワシントンで顔を合わせた日米印豪首脳は、「自由で開かれたルールに基づく秩序を推進する」という共同声明を採択した。共同声明には「東シナ海、南シナ海を含む海洋秩序への挑戦に対処する」という言葉が盛り込まれており、中国を名指ししてはいないものの、「中国牽制」の枠組みであることは明白である。さらに、9月15日に公表された米英豪の防衛装備品に係る協力である「AUKUS」は、QUADを軍事的に補強する役割を果たすものである。

かかる観点から、2019年6月に明らかにされた「ASEAN OUTLOOK ON THE INDO-PACIFIC:AOIP」を見ると、玉虫色との印象はぬぐえない。ASEANの「自由で開かれたインド太平洋」への取り組みは、新たなスキームを提供するものではなく、既存のASEANを中心とした各種メカニズムを活用し、多くの国々の参加を求めることにより、インド太平洋の平和と安全を確保することを目指している。AOIPには、米中が先端技術等において鋭く対立し、インド太平洋が米中覇権争いの最前線にあるという見方は皆無である。ASEANの域外貿易最大相手国は中国であり、更には、カンボジア、ラオス及びミャンマーのように中国と政治的結び付きが強い国も存在する。このような中で、ASEANとして米中どちらにつくかという選択を行うことは難しいことは理解できる。しかしながら、ASEANがこのまま玉虫色の方針を続ける限り、ASEANの地盤沈下は避けられないであろう。

今後、米中は先端技術だけではなく、社会インフラ整備、デジタル経済やサイバー関連の世界標準作り、そして気候変動の分野で、対立と協調という複雑な関係を構築していくと考えらえれる。そのような中、ASEANが一体性を失い、それぞれが個々に対応していった場合、その発言力には限界があり、存在すら無視されかねない。ASEANは、一体性を堅持しつつ、ASEANとしての利益を追求する集団に脱皮する必要がある。そのためには、全ての議題にコンセンサス方式を適用せず、議題によってはマジョリティを優先するという意思決定方式を採用する必要がある。その際、ASEANとしての決定に従わない国を、組織として排除するのではなく、メンバー内における態度保留国として扱う事である。多くの問題で態度保留国となり、ASEANからの離脱を表明する国が出てくる可能性も否定できないが、ASEANとして一体性を持って意思決定を行うためのコストと割り切る必要がある。

ASEANが一体性を維持することは、日本の安全保障上も重要な意味を持つ。南シナ海の領有権を巡っては、「二国間の話し合い」を主張する中国と、「多国間の枠組み」を主張するASEANとの間で対立していた。2018年11月のASEAN中国首脳会議で、実効性の欠ける「行動宣言(Declaration Of Conduct:DOC)」から、拘束力のある「行動規定(Code Of Conduct:COC)」に3年以内に格上げすることが合意された。COCの交渉状況は公表されていないが、中国がCOC制定に同意した背景には、ASEANが一体となって交渉の場を提供し、中国としてこれを無視することはできないと判断したためであろう。

日本はASEANと40年以上にわたって協力関係を築いており、アメリカと異なるルートでの働きかけが可能である。ミャンマーの軍事クーデターの際、期待したほどの成果を上げることはできなかったが、少なくとも交渉ルートを持つ意味は大きい。また、日本はインドネシアと「2+2」の枠組みを構築している。高速鉄道建設では煮え湯を飲まされた国ではあるが、人口規模や産業ではASEANの盟主であり、ASEAN諸国に対する影響力は無視できない。日本が、今後ともインドネシアに対する支援を拡大、充実させ、両国間の関係を強化することは、ASEANがインドネシアを中心として一体性を維持し、国際社会における影響力を確保することにつながる。ASEANの一体性を確保するための日本役割は決して小さくない。

「インド太平洋地域」の中核地域に存在する南シナ海において、中国の独善的行動を規制するという観点から、ASEANの存在意義は大きい。一方で、あらゆる分野で米中対立が激化している環境下で、全ての問題に「コンセンサス方式」意思決定をすることは、もはや困難と言えよう。ASEANの一体性を確保する方法が「コンセンサス方式」の維持であるという呪縛から離れ、新たな方法を模索する時期に来ていると言えよう。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

写真:ロイター/アフロ


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