邦人輸送、アフガニスタン脱出の教訓を活用した改善に期待【実業之日本フォーラム】
派遣の根拠は、自衛隊法84条の4「在外邦人等の輸送」であった。輸送の要件としては、「安全が確保できること」及び「相手国の了承を得ていること」だとされている。加藤官房長官は、「米軍が空港や周辺の安全確保に努め、航空管制も行い、正常な航空機の離着陸が行われている。タリバンによる妨害の動きも見られていない。輸送の安全は確保されたと判断できる」と語った。さらに、相手国の同意について、「タリバンがアフガニスタン全土を掌握したとされるが、同意を得るための意思疎通を図っている。また、今回は緊急措置として、人道上の必要性から、安全が確保された状況で自国民を退避させるための輸送は、仮に明確な合意がなくとも国際法上問題ない」と答弁している。
防衛省は「現地には、中央即応連隊長を指揮官とする、空輸隊、誘導輸送隊、隊員約260名で構成される『アフガニスタン・イスラム共和国邦人等輸送派遣統合任務部隊』を編成した」と発表した。さらに、岸防衛大臣は、自衛隊法94条の6に基づき一部の隊員に武器を携行させることも明らかにしている。自衛隊法では外国での騒乱など緊急事態に際して、上記のように在外邦人等の保護・輸送ができると定めており、令和2年版の防衛白書によれば、これまでにも2004年4月のイラクの邦人人質事件、2013年1月のアルジェリアの邦人拘束事件、2016年7月のバングラデシュのダッカ襲撃テロ事件に関連して邦人や遺体を輸送している。さらに、2016年7月には南スーダンの情勢悪化に際して、航空自衛隊のC130輸送機により、大使館職員4人を首都ジュバからジブチまで運んだ実績がある。
新聞報道によると、8月26日夕刻、在アフガニスタン日本大使館のアフガニスタン人職員とその家族など数百人が、日本政府の用意した十数台のバスに分乗し、空港に向かおうとした矢先に空港付近でイスラム国による自爆テロが発生し、空港にたどり着けず退避を断念したとのことであった。8月27日現在、自衛隊機による輸送実績は、日本人1名、アフガニスタン人14名のイスラマバードへの輸送のみという状況である。
日本以外のG7各国やチェコ、韓国なども自国の軍用機で自国民等の救出を行っている。日本の過去の事例では、邦人輸送の要件の制約、現地のリスクの見積もりや政府内の根回しに長時間を要するため、「友好国に便乗した方が早い」と結論付けられることが多かったようだ。しかし、輸送結果は少人数であるものの、今回の対応は迅速で、派遣しなかった場合に予想される政府への厳しい評価は回避できたのではないだろうか。むしろ、G7のメンバーでもあり、国際社会のリーダーの一国として、この緊急事態に迅速に対応できたことは、ある程度肯定的に評価されるべきであろう。従来のように、特措法を制定しなくとも2015年制定の平和協力法制の「国際平和共同対処事態」で活動できたことは大きな成果であろう。
ロイターによると「国連難民高等弁務官は、混乱が続くアフガニスタンから、年末までに最大50万人が難民となって流出する可能性がある」ことを明らかにしている。これからしばらく、アフガニスタン国内では実権を握ったタリバンによる迫害や、IS、アルカイーダ等が関係するテロの発生など国内の混乱も十分予想される状況であろう。国際社会として、人道上の見地から一人でも多くの退避希望者の輸送が望まれる状況だ。
今回のアフガニスタンからの邦人輸送について、米軍の撤退作戦の適否や急速なタリバンの侵攻への対応などは、歴史の評価に委ねることになるだろう。わが国が実施した邦人輸送作戦についても、得られた多くの教訓を今後の任務に生かすよう改善してもらいたい。
外務省や防衛省のタリバンの侵攻の状況やG7各国の動静に関する情報収集、その情報に基づく情勢判断は適時適切に実施されたのか。8月20日には「派遣しない」と明言しながら、8月23日のNSCで「派遣決定」という政府の派遣に関する意思決定に問題はなかったのか。派遣に関わる法律において「安全確保要件」が現状と乖離していないのか。これらをしっかり検証し、問題点は迅速に改善すべきであろう。今回の教訓を十分活用し、政府及び関係省庁には、台湾有事や朝鮮半島有事の際の日本周辺はもとより、危機が発生する世界のあらゆる場所から迅速かつ円滑に邦人等の輸送ができる態勢作りを期待したい。
8月30日時点で、「アフガニスタン・イスラム共和国邦人等輸送派遣統合任務部隊」の任務の終結やパキスタンからの撤退についての情報は得ていない。米軍の撤退時期も迫り、カブール周辺での治安の悪化などから任務の継続は困難になっているものと思われる。現地の統合任務部隊は、即応体制を維持しつつ待機しているものと思われるが、無事の帰国を祈りたい。
サンタフェ総研上席研究員 將司 覚
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年から現職。
提供:Etat Major des Armees/Abaca/アフロ
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