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動き出した対中国軍事戦略−海洋圧力戦略の実現に向けて(1)【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】


2021年3月9日に米国上院軍事委員会の公聴会に出席したインド太平洋軍司令官デービッドソン海軍大将は、「インド太平洋地域の軍事バランスは、米国と同盟国にとってより好ましくない状況となっている」と指摘、今後6年で中国が台湾に軍事侵攻する恐れがあるとの認識を示している。

同司令官は、中国の台湾への侵攻を抑止するためには、第1列島線上に統合精密攻撃ネットワークを構築すること、第2列島線上に統合防空ミサイル防衛体制を構築すること、そして所要の時期に、所要の兵力を展開できるような分散型兵力構成の必要性を主張した。そして、その内容を盛り込んだ「PDI:Pacific Defense Initiative」の予算として、2022年には 46億8千万ドル (約5,100億円)、2023年から2027年の5年間では226億9千万ドル (約2兆5千億円)を要求した。

米インド太平洋軍PDIの内容は、2019年に米国の有力研究機関「戦略予算評価センター(CSBA:Center for Strategy and Budgetary Assessment)」が提唱した、「海洋圧力戦略(MPS:Maritime Pressure Strategy)」との共通性が指摘できる。この戦略は、米軍の正式な戦略ではないが、同研究所の研究が幾度となく米軍事戦略に取り入れられており、その影響力は無視できない。ASB(Air-Sea Battle)がその好例である。海洋圧力戦略は、米軍主要基地から東シナ海や南シナ海という中国との係争地が離れていることが前提にある。中国が、米軍兵力展開までの時間差を利用して既成事実を積み上げること阻止する事を目的に、いわゆる第一列島線上に対空、対艦(地)ミサイルのネットワークを構築、中国の艦艇及び航空機が西太平洋へ展開をけん制することを第一段階としている。そして、第二段階として、緊張がさらに高まり、中国が軍を西太平洋に展開する情勢になれば、第一列島線内に展開する潜水艦を中心とする兵力(インサイド戦力)と太平洋方面から投射する兵力(アウトサイド兵力)により、西太平洋への中国艦艇及び航空機の展開を阻止し、更には第一列島線に配備した長距離巡航ミサイルによる攻撃で、中国本土の反撃能力を低下させようとするものである。CSBAはこの体制整備にかかる費用として80~130億ドルと見積っている。デービッドソン海軍大将のPDIはそれよりも高額であり、第一列島線の兵力に加え、グアムを中心とする第二列島線の防御能力向上も含んでいるためと考えられる。

第一列島線内の中国軍通常戦力を牽制するための体制整備を目的とするPDIは、これからの計画ではない。その一部はすでに開始されている。まず初めに指摘できるのは、「中距離核戦力全廃条約(INF:Intermediate-range Nuclear Forces Treaty )」の破棄である。ロシアが既に本条約違反の武器を保有している可能性が従来から指摘されており、2019年2月に米国は同条約の破棄をロシアに通告し、6か月後の8月に失効した。この条約は、射程500kmから5,500kmの核及び通常弾頭を装備した弾道ミサイル及び巡航ミサイルの保有を禁止するものであった。INF条約からの脱退は米国にとって、第一列島線に長距離巡航ミサイルを配備するための絶対条件であった。

次に指摘できるのが台湾への武器売却である。昨年10月になって米国防省は、台湾に対し総額41億7千万ドル(約4,400億円)の武器を売却することを明らかにした。売却されるとされている武器は、空対地ミサイル(SLAM-ER)135発、地対地ミサイルシステム(HIMARS)、F-16用センサーシステム(データ伝送システムを含む)、対艦(地)ミサイル(ハープーン)400発及び地上発射装置100基である。2019年には、F-16Vを66機売却することが決定しており、2年連続の大型の武器売却である。

ハープーンミサイルは海上自衛隊の護衛艦や航空機の多くにも標準装備されている。1970年代に配備が開始されたミサイルではあるが、GPSを搭載することによる射程の延伸や目標を捜索するシーカーの改善等が図られ、現在でも第一線の兵器である。SLAM-ERはハープーンの射程延伸型であり、最大射程は270kmとされている。ハープーンミサイルの弱点はその速力である。超音速対艦ミサイルが一般化しつつある現在、ハープーンの巡航速力はマッハ0.85にしか過ぎない。対電子戦能力が向上していることから、ソフトキルには強い反面、防空ミサイルやCIWS等のハードキルには脆弱とみられる。台湾海峡は最も狭い北部が約130kmであることから、SLAM-ERの射程であれば、台湾沿岸から中国本土が攻撃可能とされているが、速力がネックとなる可能性が高い。

一方で、台湾は「雄風」シリーズという国産対艦(地)、巡航ミサイルを保有している。特に雄風III対艦ミサイルは速力マッハ2.5以上、射程150km以上と高性能である。2016年には、ミサイル艇から誤射された同ミサイルが約7km飛翔、小型漁船の操舵室に命中、3人が死傷するという事故が起きている。軍規律の維持という面からは問題ではあるが、同ミサイルの能力の高さが注目された。更には、「雄風II E」巡航ミサイルは、速力は亜音速ではあるものの、射程は1,00kmを超え、米国のトマホークに匹敵する能力を持っている。米国からの武器購入は、純粋に数が増えるというだけではなく、米国の技術導入により、台湾が保有する武器の更なる高性能化も期待できる。台湾のミサイル能力は、米国海洋圧力戦略の重要なファクターとなるであろう。

日本も手をこまねいているだけでは無い。2018年12月に、2019年度から2023年度までの「中期防衛力整備計画(31中防)」が閣議決定された。その中で、従来の領域における能力の強化として、「スタンド・オフ防衛能力」を整備すると規定されている。相手方の脅威圏の外から対処可能なスタンド・オフ・ミサイル(JSM:Joint Standoff Missile 、JASSM : Joint Air-to-Surface Standoff Missile、LRASM : Long Range Anti-ship Missile)の整備を進めるとともに、島嶼防衛用高速滑空弾、新たな島嶼防衛用対艦誘導弾の研究開発を行うことが記載されている。調達予定であるスタンド・オフ・ミサイルの射程は300km近くあり、艦艇又は航空機に搭載すれば、十分に中国本土を攻撃可能である。


サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

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