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イギリスの海洋大国への再挑戦、海軍力の整備【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】


英国が、カリブ海と東南アジアに海軍基地を建設する意向を表明したのは、2018年12月のことだった。これを報じたサンデー・テレグラフ紙によれば、ブレグジットの後、海外における軍事的プレゼンスを高めることが目的だとされる。同紙のインタビューに対して、ギャビン・ウィリアムソン英国防相は、欧州連合(EU)からの離脱は、英国が再度「真のグローバルなプレーヤー」になる「第2次世界大戦後における最大の転機」だと答え、EU離脱後の英国の将来について楽観的な見解を示した。そして、その転機の中では、「軍が重要な役割を果たす」という考えを明らかにした。

年が明けた2019年1月、英国運輸省は、「海事2050(Maritime 2050)」と題する戦略レポートを発表し、英国が世界の海運業界において主導的地位を維持するために必要な政策を具体化した。このレポートでは、英国の10の戦略的野望が明らかにされているが、その中には海事先進国としての競争優位性の維持などに並んで、海事部門の安全保障基準を主導する立場の維持と自由貿易体制の促進があげられている。これらは、ウィリアムソン国防相が語ったように、軍事力も含めた海洋国家として世界の中心的な役割を担おうとする英国の強い意向に沿ったものだ。

また、タイムズ紙が7月14日付で報じたところによれば、英国は来年初め、新たに就航した空母クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃群を極東に派遣し、日米を含む同盟国との共同訓練を行う計画だという。南シナ海において一方的に現状変更を試みる中国に対抗して、「航行の自由作戦」を行っている米国に協力する形でもあるが、この海域を通過する交易の安全を確保して自由貿易体制の維持に貢献するとともに、自らの軍事プレゼンスをアピールする戦略の一環ともなっている。

しかし、英国はこれまで、スエズ以東に対する軍事的な関与に必ずしも積極的ではなかった。英国国防省(MOD)の発表によれば、2020年4月1日現在、6,050人の軍人と国防省に所属する4,480人の文民が海外で勤務している。軍人の総数145,320人の4.2%、文民総数58,260人の7.7%が、英本国以外で勤務していることになる。そのうち、英国以外の欧州で勤務する軍人は3,830人、文民は2,670人となっており、それぞれの海外勤務者の63.3%、59.6%を占めている。つまり、欧州以外で任務についている英国軍人は2,220人、文民は1,810人となり、それぞれ総数の1.5%と3.1%に過ぎない。英国の安全保障政策が欧州を中心としたものになっていたことを如実に表しているといえる。

2017年から就役が始まった空母打撃群の戦力化にも問題は残っている。6月に会計検査院(National Audit Office: NAO)が発表したレポートによれば、空母打撃群は、12機のF-35 BライトニングIIからなる1個飛行隊の訓練を完了し、適切な支援と防護を受けつつ統合戦闘任務を遂行できるという初期作戦能力を、予定通り今年末までに獲得できる見込みだ。しかし、2023年を目標とする完全作戦能力の獲得は厳しい状況にある。新たな早期警戒システム「クロウズネスト」の開発は18か月遅れ、購入契約が済んでいる48機のF-35Bのうち、7機が1年遅れの2025年に納入される予定になっている。空母打撃群への弾薬や糧食の補給を担当する補給艦は1隻しか充当することができず、新たに建造を予定していた補給艦3隻の競争入札は経費上の問題から中止された。国防省が、残りのF-35Bの調達を含めた長期的な所要経費を算定できていないことも、毎年の予算確保に対する高いリスクとして認識されている。

「海事2050」の検討過程で設定されたパネルでは、英国政府と英国の海運業界が長期的な計画を立てることの重要性や、投資家に確実性を与えることで経済成長を促進するための課題も検討された。海運の効率化に役立つデジタル技術の進歩とその活用など、技術革新に伴う新たな課題がある一方で、海洋国家の経済成長にとって安全な航行の確保が重要であることもまた確かである。

この戦略レポートでは、英国のコアバリューの1つとして、「ルールに基づくアプローチへのコミットメント」があげられているが、これにはルールに基づくグローバルなシステムに対する脅威との戦いも含まれており、その達成には軍事力が必要になることも想定されているだろう。軍事力の整備には財政面からの裏付けが必要であり、財政の充実には経済成長が欠かせない。英国が、安全保障面で欧州中心からアジア太平洋地域への関与にシフトするとすれば、どのように軍を整備していくのかは、ブレグジット後の経済面での課題と並ぶ大きな課題である。

サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。



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