スウェーデンの地政学的な考えは非常に「現実的」【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
■スウェーデンのイメージと国防思想
スウェーデンと聞いたら、多くの人は北欧の福祉政策を思い浮かぶかもしれない。多様性の牙城と感じるかもしれないし、IKEAを真っ先にイメージするかもしれない。
しかし、スウェーデンの「リベラル」(日本と欧州ではそもそもリベラルのイメージに相違がある)なイメージとは違い、スウェーデンはその歴史的経緯からもして、地政学的な考えは非常に「現実的」である。
実は、スウェーデンと北欧の国々は、その防衛思想が似ている。スウェーデンとフィンランドはNATOに参加していなくとも、北欧諸国で事実上の相互協力体制にある。ただし、フィンランドはEUに入っているため、大陸欧州と防衛で繋がっていることもあり、最終的にスウェーデンのみが比較的厳密な中立を保っていたことになる。よって、スウェーデンは北欧の中でも随一の中立国であった。しかし、結果的にはスウェーデンの比較的厳密な中立も2009年で止め、NATOとの協力体制に組み込まれた。
北欧の防衛思想は「総力防衛」もしくは「総防衛」、「総合防衛」「全面防衛」とも訳すことができる(以下、総力防衛と呼ぶ。Totalförsvaret の英訳がTotal Defenseであり、total warを総力戦と呼ぶことから、「総力」とする)。スウェーデンの総力防衛思想について読むと、社会全体、外敵含めてスウェーデン国体を揺るがすものに対して、軍のみだけではなく各機関から社会、一国民までその全てを守ると共に、それらを結合したスウェーデン社会の力でスウェーデンを守るという考えであるため、事実上現代における総力戦思想である。
■スウェーデン総力防衛の原点
スウェーデンには歴史上、大国と呼ばれた時期もある。大国がゆえに、スウェーデン「帝国」と呼ばれるときもある。それほどに、その影響力が強かった時代があるのだ。
大国ということは、その軍事力も「帝国」と称されるほどに高いものであった。スウェーデンの人口はどちらかというと少ない方で、農業もあまり頼りになれない国が「大国」としてふるまい、領土の削減こそあったものの、結局その国体を維持できたのは「軍事力」があるからだ。
17世紀初頭、当時国王だったグスタフ2世アドルフの軍制改革(オランダ独立戦争で活躍したオラニエ公マウリッツの軍制改革に触発された)を敢行し、ヨーロッパの中でも比較的強く徹底された徴兵制を敷いて、特に三十年戦争で暴れ回ったことが有名だ。
この時から始まったスウェーデンの徴兵制を「旧制度」と呼び、1680年代に新しく敷かれた徴兵制を「新割当制度」、もしくは単に「割当制度」と読んだ。この制度の根幹は、200年後まで継続される。制度の大まかな説明としては、各地区との契約に基づいて、その地区が軍に対して一定の兵を拠出(ただし、兵士は徴兵可能の人口から他人に代わって志願をするという形を取る)、そして概ね1人の兵士に対して、4つの農場がその兵士のための給料、兵糧と装備を用意して、銃後で拠出された兵士の経済的な支援を受け持つ人たちが徴兵免除ということになる。地区や地区の状況に応じて、兵員拠出契約が結ばれるため、後方支援農場の割当数や、拠出兵数の項目に柔軟性を持たせていた。常に準備と訓練がなされていたため、他国が動員に要する数か月(傭兵部隊による新人訓練も含む、全くの素人を動員してから訓練を始めることから数か月はかかる)と比べて、スウェーデン軍は待機している兵員を呼び出すだけであるため、動員にせいぜい一週間ほどしかかからなかった。この影響もあってか、人口が少ない割には、非常に大きく、いつでも戦える程度に訓練された軍を常に維持されていることになった。
このような制度維持の結果、スウェーデン軍は「兵糧と給料に心配がない」、「士気が高い」、「統率力が高い」、「戦闘慣れ」している軍を持つことになる。このことはスウェーデン軍を非常に精強にした。他のヨーロッパの軍は、パイクなど近接の陣形戦闘用の兵器を訓練期間とコストの関係でほぼ使わなくなり、とりあえずマスケットの射撃でどうにか遠距離から敵を射撃して力をそぎ落としていくことを主とした。しかし、スウェーデン軍はあえて近接戦闘用の武器を残した。スウェーデン軍は敵のやや遠距離のマスケット射撃に怯まなく、むしろマスケットとして命中率が非常に上がる距離まで脱落しないまま行進し(他の並の大陸ヨーロッパの軍は、敵があまりはっきりと見えない距離からのマスケット射撃だけで逃亡兵が出てくる)、射撃で敵をくじいた後に、近接戦闘の武器で突撃して敵を殲滅することを得意技とした。近接戦闘と攻撃精神の優位性を軸とした考えである。
この動員制度、特に兵站の万全なサポートという状況は、カール十二世の「大北方戦争」のときに存分に発揮された。結果として、ロシア帝国の兵力を何度も跳ね返すことに成功する。大北方戦争の末に、陣頭指揮を常に行っていたカール十二世が戦死したこともあり、その時点でスウェーデンが大国として北方に君臨することが可能でなくなったのだが、北ヨーロッパ沿岸部の非常に戦略的な位置にあり、どの大国も北海航路の安全性を確保したいと思うが、誰もスウェーデンに深入りしたいと考えなくなった。スウェーデンの中立性はスイス同様、その地理的な要因と軍事的に侮れないということからくることがわかる。この他にも、社会全体を戦争のために動員するという思想が割当制度で見られるため、スウェーデンは「総力戦」を行う・行えることがここ数百年の伝統ということになる。
■現代のスウェーデン国防思想
スウェーデンは中道右派政権の下、2010年に徴兵制を事実上停止したが、左派政権が復活した後、2017年に徴兵制を再稼働。しかも、元々男しか対象にしなかったのを、男女平等に徴兵するという形にした。主にロシアの脅威を受けて、とみられる(なお、総力防衛計画については、2015年の新防衛関連法案で「再稼働」されたという認識であるため、総力防衛計画の立案と検証を経てから徴兵制の再開という手順となっている)。実際、スウェーデンの総力防衛研究所のレポートでも、基本的にはロシア関連に比重をおいてある。
スウェーデンの総力防衛の定義で、総力には「経済」も含めてあるため、経済的な要素を守ることも、経済的な要素を使用して「物理」的に国を守るということも想定していることになっている(主に、社会インフラに混乱が生じないようにするという準備と見られる)。実際、2020年総力防衛演習を行う際、中央銀行も各金融機関と共にこの演習に参加することになっている。大体の人が思い浮かべる「総力戦」に備えているようにしか見えないのは、筆者だけであろうか。
2019年に、兵役逃れに対する実刑判決が下ったこともあり、スウェーデン自身も非常に真剣でかつ「リアルポリティック」を見つめていることが分かる。なお、面白いことに、その真剣さを示すものとして、今のスウェーデンの国防体制の根幹となっている「総力防衛法」に見られる。総力防衛体制構築のために、国民ではないスウェーデン在住民間人の事実上の徴用徴発条項(住居などを徴発してバリケードにする、庭に塹壕を掘る、町の「防衛体制構築」に必要な「徴用」などが想定されている模様)がさらっと書いてあるため、戦時体制に移行(これも、スピーディーに行える)したときのスウェーデンの「本気度」が分かる。
余談ではあるが、総力防衛という思想は、基本的には北欧(デンマーク含む)諸国の基本的な防衛思想になっているほかに、シンガポールの防衛思想も「Total Defense(全面防衛)」という形で借りられていることから、その影響力が多大であることが見られる。そして、周りもスウェーデンにとって害のない国がほとんどで、それら数か国を跨いだ、スウェーデンとは物理的につながっていないロシアの最新動向を以て、総力防衛を再開させるということを決心したスウェーデンは、「現実的」なのか「神経質」なのかと考えてしまう。
地経学アナリスト 宮城宏豪
幼少期から主にイギリスを中心として海外滞在をした後、英国での工学修士課程半ばで帰国。日本では経済学部へ転じ、卒業論文はアフリカのローデシア(現ジンバブエ)の軍事支出と経済発展の関係性について分析。大学卒業後は国内大手信託銀行に入社。実業之日本社に転職後、経営企画と編集(マンガを含む)を担当している。これまで積み上げてきた知識をもとに、日々国内外のオープンソース情報を読み解き、実業之日本社やフィスコなどが共同で開催している「フィスコ世界金融経済シナリオ分析会議」では、地経学アナリストとしても活躍している。
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